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日本の定食文化を海外で成功させた大戸屋の「こだわり」

<情報工場 「読学」のススメ#43>『サービスイノベーションの海外展開』(伊丹 敬之/高橋 克徳/西野 和美/藤原 雅俊/岸本 太一 著)>
**店内調理で「できたての家庭の味」にこだわる大戸屋
 「大戸屋ごはん処」(以下、大戸屋)という定食屋チェーンがある。北海道から沖縄まで全国348店舗(2017年3月31日現在)を展開しているので、知っている人は多いだろう。

 個人的な話をすれば、30年ほど前の学生時代、近所にあった。大学の最寄駅の近くに店があり、当時の私はキャンパスまで徒歩圏内の安アパートで一人暮らしをしていたのだ。

 当時から大戸屋は値段の安さで知られていた。その頃はまったく自炊をしていなかったので、近所に安い定食屋があるならば、通いつめそうなものだ。しかし、ほとんど食べた記憶がない。おそらく一度か二度利用したが、料理が私の口には合わなかったのだろう。正直なところ、当時はそれほど「美味しい」という評判も聞かなかった。学生街に立地していたので、他にも安い店がたくさんあった。

 その後大学を卒業し、5年後に結婚して引っ越してきた街に、大戸屋が出店していた。なんだか外観のイメージが違う。夫婦で入ってみたところ、内装も小ぎれいでおしゃれだ。食事も美味しい。だが安さはそのまま。以来、しばらくは週一以上のペースで通っていた。

 なんでも、1992年に3号店の吉祥寺店が火災に見舞われ、全面改装を余儀なくされたのだそうだ。それを機に「女性が入れる定食屋」をめざした店づくりに変えたらしい。

 今の大戸屋の店内の雰囲気は明るく、家庭的だ。押しつけっぽさもなく、ちょうどよい温かみなのだ。その「家庭的」という特徴は、料理にもある。創業二代目の三森久実さんは大戸屋を「家庭食の代行業」と定義し、チェーン店でありながら「店内調理」にこだわっている。そのおかげで、セントラルキッチン(集中調理施設)を導入した他社チェーンとは異なる、つくりたての家庭の味を提供できているのだ。

 大戸屋は、そのシステムやメニューをそのままに、海外にまで事業を拡大している。タイ、台湾、インドネシアなどアジアを中心に93店舗(2017年3月31日現在)を展開。
 『サービスイノベーションの海外展開』(東洋経済新報社)に海外事業の成功事例の一つとして取り上げられているのだが、それほどの店舗数を海外に展開しているとは、思いもよらなかった。

   

 なお『サービスイノベーションの海外展開』の主著者は、国際大学学長を務める、一橋大学の伊丹敬之名誉教授。前東京理科大学大学院イノベーション研究科長で、イノベーション研究では日本で第一人者の経営学者だ。同書では大戸屋のほか、良品計画、セコム、公文式の事例をもとに、サービス産業のイノベーションが海外進出する際の成功ポイントを探っている。

「共感」の広がりがサービス産業の海外進出に重要な要素


 サービス産業が海外で成功するには「こだわり」がもっとも大切なのではないか。そう思うのは、同書の4事例ではいずれも企業としての強い「こだわり」を貫徹する姿勢が見られたからだ。大戸屋の場合「店内調理による手間をかけた家庭料理の提供」が最大の「こだわり」だった。

 だが、チェーン店での「店内調理」が海外でどれだけ困難か、容易に想像できるだろう。セントラルキッチンならば、現地で人を雇うにしても限られた人数ですむ。集中して教育したり、フォローしながら仕事をしてもらうことも可能だ。しかし店内調理となると、出店を増やせば増やすだけ人材と教育が必要になる。良い人材が雇えるとは限らず、教育を十分施せる保証もない。しかも現地で雇われた調理担当者は、慣れない日本食を作らなければならないのだ。

 大戸屋では妥協することなく、国内で使われている分厚いマニュアルを翻訳して使用するなどして、真摯に粘り強く、現地で雇用した店員を教育した。マニュアルには同社の基本コンセプトもわかりやすく書いてある。そのあたりの根本的なところから理解させるよう努力したという。

 さらに困難だったのが食材の物流だ。大戸屋は海外進出にあたり「日本と同じメニューと味」にこだわった。そのため味つけに重要な調味料などは採算度外視で日本から輸入することにした。しかし葉物野菜や米は現地調達せざるを得ない。

 大戸屋では、食材の劣化を防ぐために国内では「多頻度小ロット配送」の体制をとっていた。つまり、素材に近い食材が新鮮なまま、足りず余らせずのちょうどいい量だけ届くようにしていたのだ。現地調達の野菜や米でそれができるかどうかは、店内調理で「できたて」の家庭料理を提供するための死活問題だった。

 ところが最初に出店したタイでは、そのようなコストと人手がかかる配送体制をとってくれる業者は、なかなか見つからなかった。かといって大戸屋に「こだわり」を捨て妥協するつもりは毛頭なかった。

 結局、粘り強い交渉を行い、どうにかコンセプトを実現できる配送体制を確立できた。

 『サービスイノベーションの海外展開』では、このような企業の「こだわり」を「コンセプトのパワー」と呼び、それを構成する要素の一つとして「コンセプトの普遍性」を挙げている。コンセプトなら何でもいいわけではなく、国や文化を超えた「普遍性」がなければならない、ということだ。

 大戸屋のコンセプトである「できたての美味しさ」や「家庭的な雰囲気」には、十分に国境を超えた普遍性があるのではないか。同書の他の事例でいうと、良品計画では「シンプルなセンスの良い生活」、公文式では「自ら学ぶ力を育てる」といった普遍性のあるコンセプトが掲げられている。

 そして、そのコンセプトを実現させるエンジンとなるのが「共感」だ。大戸屋は現地で雇った人や業者に「共感」してもらおうと粘り強く交渉を繰り返した。結局は人間力や人と人との触れ合い、コミュニケーションこそが、海外事業成功の鍵になるということなのだろう。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)


『サービスイノベーションの海外展開』
-日本企業の成功事例とその要因分析
伊丹 敬之/高橋 克徳/西野 和美/藤原 雅俊/岸本 太一 著
東洋経済新報社
242p 3.600円(税別)
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冨岡 桂子
冨岡 桂子 Tomioka Keiko 情報工場
製造業に比べてサービス産業の海外進出は遅れているようにも思うが、最近はラーメンや讃岐うどんといった国内で人気の外食チェーンが積極的に進出を図っているようだ。ところでサービス産業では、海外進出をしている企業の方がしていない企業より生産性が高いというデータがあるという。日本とまったく異なる文化やマーケットで勝ち抜く過程で効率性が洗練されるのだろうか。将来的には、それらの企業が海外で身につけた効率性を、国内の他の企業が取り入れるのもいいかもしれない。

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