東芝連合にSKを入れた理由は、打倒サムスンの一点のみ
「周辺技術の開発を一緒に進めるだけでも、メリットはある」
NAND型フラッシュメモリー市場で打倒・韓国サムスン電子を目指す構図が鮮明になってきた。東芝の半導体メモリー子会社「東芝メモリ」(TMC)の売却先は、韓国SKハイニックスが参加する日米韓連合に決定。米インテル、米マイクロン・テクノロジーも新技術の投入で追撃を狙う。ただTMCはSKとの協業のあり方や米ウエスタンデジタル(WD)との和解といった課題を抱える。TMCはメモリー市場で勝ち抜く最良の戦略を描く必要がある。
「サムスンは一番の競合。意識せねばならない」。13日にメモリーの主力拠点である四日市工場(三重県四日市市)で会見した、TMC社長の東芝の成毛康雄副社長は、追撃の意志を鮮明にした。売却先である米ベインキャピタルを中心に経営の後ろ盾を得て「三次元(3D)構造NAND型フラッシュメモリー」の積極的な増産投資に踏み切る。
現在建設中で2018年夏に稼働開始予定の第6製造棟では、最新鋭の96層3D構造NANDを量産する予定。決定していた1950億円に加え、1100億円を追加投資する計画だ。これも含めて17年度のメモリー事業の投資額見通しは計3800億円だが「判断ベースではさらに積み増す可能性がある」(成毛副社長)。18年度以降も、年3000数百億円規模の投資を続ける方針だ。
さらに18年には岩手県北上市で、新工場の建設を始める。四日市工場の隣接地の買収に着手したことや、第7製造棟の構想も明かした。
成毛副社長は「岩手は事業継続計画(BCP)の面もあり、増産対応に活用する」と説明。第7棟は「かなり長い時間軸で考える。四日市が開発拠点でありマザー工場であるとの位置づけは変わらない」という。
「SKとサムスンがNAND事業で組むのではないか」―。業界では以前からそんなうわさがささやかれていた。これまでNAND市場では不動の首位サムスンに対し、東芝・WD連合、インテルとマイクロン連合、SKハイニックスが対峙(たいじ)する構図だった。
業界下位で単独での戦いは厳しいと見られていたSKが、どこと組むかが一つの焦点だった。サムスン陣営がSKを取り込めば、日米勢の競争環境はより厳しくなる。業界関係者は「東芝連合にSKを入れた理由は、打倒サムスンの一点のみ」と分析する。
ただし現時点でSKとNAND事業で協業するのは難しい。元来の協業相手でWDの子会社、米サンディスク(SD)との合弁契約に抵触するからだ。
成毛副社長も「NANDはSD中心に考える。120―130層の次世代3D構造NANDについても、SDと開発を進める」と、WDとSKの連携範囲をすみ分ける考えだ。
ではSKの連合入りでTMCはメリットを享受できるのか。元東芝副社長でデバイス&システム・プラットフォーム開発センターの齋藤昇三会長は「周辺技術の開発を一緒に進めるだけでも、メリットはある」とする。例えば製造装置や部材の共同開発でコストを削減できるほか、将来のユーザーが増えるため装置メーカーの開発優先度が高まることが期待できる。
SKとはすでに連携している次世代メモリーのMRAMや、次世代製造技術の「ナノインプリント」以外の分野で協業関係を深める方向を探っていくことになる。SKが今後、NAND事業への関与を強めたいと動く可能性は否定できないが、「SKとの関係はWDとの関係をどう整理するか次第だ」(関係者)。
打倒サムスンを狙うのはTMCだけではない。インテルとマイクロンは、NANDメモリーの共同開発などで10年以上前から協業を開始。3D構造NAND製造プロセスを共有し、両社とも年内に64層品の投入を表明している。
さらにDRAMとNANDの良さを併せ持ち、性能を格段に高めた不揮発性メモリー「3Dクロスポイントメモリー」を共同開発。米の合弁工場では、インテルが18年にかけて従来の2次元NANDから同メモリーを使った「オプテインメモリー」への移行を進める計画だ。
対するサムスンは17年の設備投資額が過去最大の3兆円ともされ、巨額投資でさらに2位以下を突き放しにかかる。TMC・WD連合が売却交渉のゴタゴタで失速する中、「ますますNANDに重点をかけてくるのではないか」(業界関係者)と、王者の地位を圧倒的にする構えだ。
13日の会見で成毛副社長は「サンディスクとの協業関係を続けたい」と繰り返し強調した。切り札は第6棟の投資だ。共同投資ができなければ、WDは96層品を調達できない。先端品を投入できなければ、市場での存在価値は下がってしまう。
英調査会社IHSマークイットの南川明主席アナリストは「WDはNANDの供給がないとソリッド・ステート・ドライブ(SSD)が作れず困る。一方、TMCは今後の成長分野であるサーバー市場に強いWDと組むメリットがある」と指摘。「両社の結びつきは深く、元通り連携すべきだ」と主張する。
成毛副社長は「基本的な部分で合意して共同投資を進めるのがスムーズな姿」とし、すでに第6棟の追加投資分でSDに共同投資を持ちかけているとした。成毛副社長は「会話のチャンネルは開いている。何らかの形で歩み寄れると思う」と期待を寄せる。
ただし、日米韓連合の関係者は「WDとはやらない、という選択肢もある」と打ち明ける。現時点でWDからのアクションは「何もない」(関係者)。TMC側もWDの態度がさらに硬化した場合に備えて、“仲直り”との両にらみで次の手も用意しているもようだ。
実際、増産投資や製品開発は、生産と開発両方を手がけるTMC単独で進められる。ベインの杉本勇次日本代表も「SDとの合弁事業はある種、資金援助的な役割だったと理解している」とし「合弁事業がなくなった場合は、その分を支援する」と含みを持たせた。
SKの連合入りで新たな協業の枠組みができた。しかし密接な関係を築いているWDとの協業解消は、戦略に大きな影響を与えるのも事実。WDに“ラブコール”は届くのか。
(文=政年佐貴恵)
「サムスンは一番の競合。意識せねばならない」。13日にメモリーの主力拠点である四日市工場(三重県四日市市)で会見した、TMC社長の東芝の成毛康雄副社長は、追撃の意志を鮮明にした。売却先である米ベインキャピタルを中心に経営の後ろ盾を得て「三次元(3D)構造NAND型フラッシュメモリー」の積極的な増産投資に踏み切る。
現在建設中で2018年夏に稼働開始予定の第6製造棟では、最新鋭の96層3D構造NANDを量産する予定。決定していた1950億円に加え、1100億円を追加投資する計画だ。これも含めて17年度のメモリー事業の投資額見通しは計3800億円だが「判断ベースではさらに積み増す可能性がある」(成毛副社長)。18年度以降も、年3000数百億円規模の投資を続ける方針だ。
さらに18年には岩手県北上市で、新工場の建設を始める。四日市工場の隣接地の買収に着手したことや、第7製造棟の構想も明かした。
成毛副社長は「岩手は事業継続計画(BCP)の面もあり、増産対応に活用する」と説明。第7棟は「かなり長い時間軸で考える。四日市が開発拠点でありマザー工場であるとの位置づけは変わらない」という。
「SKとサムスンがNAND事業で組むのではないか」―。業界では以前からそんなうわさがささやかれていた。これまでNAND市場では不動の首位サムスンに対し、東芝・WD連合、インテルとマイクロン連合、SKハイニックスが対峙(たいじ)する構図だった。
業界下位で単独での戦いは厳しいと見られていたSKが、どこと組むかが一つの焦点だった。サムスン陣営がSKを取り込めば、日米勢の競争環境はより厳しくなる。業界関係者は「東芝連合にSKを入れた理由は、打倒サムスンの一点のみ」と分析する。
ただし現時点でSKとNAND事業で協業するのは難しい。元来の協業相手でWDの子会社、米サンディスク(SD)との合弁契約に抵触するからだ。
成毛副社長も「NANDはSD中心に考える。120―130層の次世代3D構造NANDについても、SDと開発を進める」と、WDとSKの連携範囲をすみ分ける考えだ。
ではSKの連合入りでTMCはメリットを享受できるのか。元東芝副社長でデバイス&システム・プラットフォーム開発センターの齋藤昇三会長は「周辺技術の開発を一緒に進めるだけでも、メリットはある」とする。例えば製造装置や部材の共同開発でコストを削減できるほか、将来のユーザーが増えるため装置メーカーの開発優先度が高まることが期待できる。
SKとはすでに連携している次世代メモリーのMRAMや、次世代製造技術の「ナノインプリント」以外の分野で協業関係を深める方向を探っていくことになる。SKが今後、NAND事業への関与を強めたいと動く可能性は否定できないが、「SKとの関係はWDとの関係をどう整理するか次第だ」(関係者)。
打倒サムスンを狙うのはTMCだけではない。インテルとマイクロンは、NANDメモリーの共同開発などで10年以上前から協業を開始。3D構造NAND製造プロセスを共有し、両社とも年内に64層品の投入を表明している。
さらにDRAMとNANDの良さを併せ持ち、性能を格段に高めた不揮発性メモリー「3Dクロスポイントメモリー」を共同開発。米の合弁工場では、インテルが18年にかけて従来の2次元NANDから同メモリーを使った「オプテインメモリー」への移行を進める計画だ。
対するサムスンは17年の設備投資額が過去最大の3兆円ともされ、巨額投資でさらに2位以下を突き放しにかかる。TMC・WD連合が売却交渉のゴタゴタで失速する中、「ますますNANDに重点をかけてくるのではないか」(業界関係者)と、王者の地位を圧倒的にする構えだ。
13日の会見で成毛副社長は「サンディスクとの協業関係を続けたい」と繰り返し強調した。切り札は第6棟の投資だ。共同投資ができなければ、WDは96層品を調達できない。先端品を投入できなければ、市場での存在価値は下がってしまう。
英調査会社IHSマークイットの南川明主席アナリストは「WDはNANDの供給がないとソリッド・ステート・ドライブ(SSD)が作れず困る。一方、TMCは今後の成長分野であるサーバー市場に強いWDと組むメリットがある」と指摘。「両社の結びつきは深く、元通り連携すべきだ」と主張する。
成毛副社長は「基本的な部分で合意して共同投資を進めるのがスムーズな姿」とし、すでに第6棟の追加投資分でSDに共同投資を持ちかけているとした。成毛副社長は「会話のチャンネルは開いている。何らかの形で歩み寄れると思う」と期待を寄せる。
ただし、日米韓連合の関係者は「WDとはやらない、という選択肢もある」と打ち明ける。現時点でWDからのアクションは「何もない」(関係者)。TMC側もWDの態度がさらに硬化した場合に備えて、“仲直り”との両にらみで次の手も用意しているもようだ。
実際、増産投資や製品開発は、生産と開発両方を手がけるTMC単独で進められる。ベインの杉本勇次日本代表も「SDとの合弁事業はある種、資金援助的な役割だったと理解している」とし「合弁事業がなくなった場合は、その分を支援する」と含みを持たせた。
SKの連合入りで新たな協業の枠組みができた。しかし密接な関係を築いているWDとの協業解消は、戦略に大きな影響を与えるのも事実。WDに“ラブコール”は届くのか。
(文=政年佐貴恵)
日刊工業新聞2017年10月16日