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メディアアーティスト・落合陽一、「介護市場を開放したい」

コストかけず底辺から開拓、技術“ツギハギ”上手に使う
メディアアーティスト・落合陽一、「介護市場を開放したい」

「介護への技術導入が遅れたのは、経済性の問題」と落合氏

 介護分野で、特別なハードウエアを使わずに既存技術を“ツギハギ”した新しい挑戦が始まっている。高価な技術を使った作業支援ロボットやロボット車いすとは逆に、ロボット導入にお金をかけにくい市場のピラミッドの底辺から開拓を目指す。同研究を率いるのはメディアアーティストとしても著名な筑波大学の落合陽一助教(学長補佐)だ。気鋭の若手科学者の目線から、新しいアプローチを探る。

 厚生労働省の資料によると、2025年には介護人材の需要と供給のギャップは約38万人の不足となる。人材不足を背景に、介護の現場では作業支援ロボットやロボット車いす、コミュニケーションロボットなど多様な先進技術の導入が期待されている。

 身体の不自由な人を抱きかかえて入浴するには腕力がいるし、車いすで移動する時には絶えず周囲に注意が必要。コミュニケーションで高齢者の気持ちを明るくし、生活を活発化することなど、技術の活躍する場は多い。

 技術導入への期待が大きいのは、介護現場の課題の多さの裏返しだ。製造業は人の手作業から機械化が進んだが、介護の現場の多くは今も人手に頼る。その一つの理由は介護が一人ひとりに合わせてサービスする機械化しにくい仕事だからだ。

 もう一つの理由は経済合理性の問題。介護の現場では働く人の低賃金や、施設の経営状態が厳しいことが社会問題になっている。一方、現在開発が進む介護向けのロボット技術は高価なものが多く、技術導入が可能なのは資金力のある大型施設に限られてしまう可能性もある。

 そこで筑波大の落合研究室では、既存の電動車いすに介助者の目の代わりとしてリコーの全天球カメラ『シータ』を組み合わせた「Telewheelchair(テレウィールチェアー)」の研究を進めている。特別ではないハードウエアの組み合わせを、ソフトウエアで結合して機能を追加したのが特徴だ。映像を転送して遠隔操作したり、障害物を検知して自動で停止する。

 既存のハードウエアの活用で初期段階の開発・生産コストを大幅に引き下げ、介護現場でも新技術導入にコストをかけにくい場所に使ってもらうのが狙いだ。落合助教は「介護市場を開放したい」という。

 落合助教はメディアアーティストとして、最先端の科学技術を使った提案を行ってきた。例えば、半透明のシャボン膜に超音波を当てて膜を細かく振動させ、光を乱反射させたスクリーン「コロイドディスプレイ」は、新しい質感を表現する。新しい視点で価値を生み出すことはアートも科学技術も共通している。テレウィールチェアーは、介護への新しい視点だ。

 また、ソフトによる機能の追加というテレウィールチェアーの仕組みは、コストダウン以外の可能性も広げそうだ。同じハードウエアでも、人によって異なる機能を付与できれば、もっと個人に寄り添った乗り物になる。車いすという枠を超えて、魅力的なパーソナルモビリティーにできるかもしれない。
テレウィールチェアーは、背もたれ上部に全天球カメラが取り付けられている

インタビュー「ボトムの一番お金にならないところで」


 ―現在の進捗は。
 「介護施設で実証実験を行った。屋内や屋外での移動、食事の配膳など普通の生活の場で、実際に動かし、今解決できることを探した。高度な作業ができなくとも、介助者の負担を軽減できるのではないかと考えた。介護への技術導入が遅れたのは、経済性の問題だ。既存技術で経済合理性が働くと示せれば、市場を開放できる」

 ―新市場に参入する場合、これまでにない技術を開発する戦略が一般的です。
 「私自身も普段は、最先端の技術を使った提案で市場のピラミッドの頂点を狙うが、今回は逆だ。ボトムの一番お金にならないところで、複数の企業の既存技術をツギハギで動かす。ちょっとした解決を幅広く提供し、アーリーアダプターの獲得を狙う。ボトムから開ける風穴は、頂点から開けるより大きい」

 ―利益を追求する企業は、ボトムから参入しにくいのでは。
 「利幅が薄い段階だからこそ1社が独占せず、協力して、一緒に効果などを確かめられる。市場を開放するところまで複数の企業が協力し、次に利益の出る中間層や上位層では、もっといい製品を出して戦えばいい」

 ―テレウィールチェアへの機能追加などで、若手・中堅社員の有志団体「One JAPAN」とコラボレーションする狙いは。
 「企業間のコラボ自体は、通常と同じ。ただ、若手が主体になると、フットワークが軽く、プロセスを柔軟に選べるところがいい」
                 

【One JAPANとは…】
One JAPANはパナソニックや富士ゼロックス、NTTグループなど、大企業の若手・中堅社員による各社の有志が集まり、2016年9月に発足した。現在約45社が参加し、若手・中堅社員の非業務の団体としては国内で有数の規模となる。企業の枠を超えた共創などに取り組む。
(文=梶原洵子)
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
 人が装着するタイプのロボットは、日本企業がリードしている。サイバーダインのロボット技術「HAL(ハル)」は、国内外の医療や建設などさまざまな場所で使われている。一方、同じく装着型ロボットを展開するアトウン(奈良市)は、「介護向けは行っていない」(同社)と、介護市場には難しさもあるようだ。  東京国際空港ターミナルなど4社は共同で、羽田空港で人工知能(AI)や情報通信技術などを使ったサービスの実証実験を始めた。この中で、ウィル(横浜市鶴見区)とパナソニックが共同開発中のロボット車いす「WHILL NEXT」は、スマートフォンで目的地を指示すると、自動で搭乗ゲートや店舗まで迷わず移動。周囲の障害物を検出して衝突しそうな時は自動停止する。家族やグループで複数台による隊列走行も可能だ。一方、ウィルシリーズには普及価格帯の製品もあり、より幅広い利用に向けた取り組みも始まっている。  また、国内で実施された介護分野へのコミュニケーションロボットの大規模な実証実験では、被介護者の約30%に運動・移動や社会生活といった活動項目で改善効果が確認されている。 (日刊工業新聞第一産業部・梶原洵子)

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