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脱“材料売り”へ。チーフオフィサーは元キヤノン、シャープ、IBM…。

三菱ケミカル、重厚長大からのビジネスモデル転換狙う
脱“材料売り”へ。チーフオフィサーは元キヤノン、シャープ、IBM…。

ラリー・マイクスナーCIO兼執行役常務

 三菱ケミカルホールディングス(HD)で、外部から招いた人材がIoT(モノのインターネット)時代の事業構造転換に挑む。同社は4月に新組織を設置し、元シャープ米国法人社長など異業種から人材を相次ぎ迎え入れている。IoTや人工知能(AI)が起こす産業構造の大変革に鈍感と言われる日本の産業界で、先手を打つのが狙いだ。

 「うちのヘルスケアビジネスを育ててくれませんか」。三菱ケミカルHDの越智仁社長は今春、採用面接で元キヤノンの森崇氏をこう口説いた。結果、6月に執行役員として入社し、情報通信技術(ICT)やAIなどを活用した新規事業の創出にあたる。

 面接はもともとチーフ・マーケティング・オフィサー(CMO)を探すためだったが、越智社長が森氏の持つキヤノン時代に培った産学連携の豊富な経験などを高く評価した。

 採用面接当初の目的だったCMO兼執行役員には、政府系ファンドの産業革新機構やノバルティスファーマで勤務経験を持つ市川奈緒子氏を7月に採用した。

 三菱ケミカルHDは4月に越智社長肝いりで「先端技術・事業開発室」を設置。その使命はIoTやAI、ビッグデータ技術を活用し新ビジネスモデル創出や社内業務の効率化などを推進すること。

 統括責任者でチーフ・イノベーション・オフィサー(CIO)兼執行役常務には元シャープ米国法人社長のラリー・マイクスナー氏、IoT・AI担当のチーフ・デジタル・オフィサー(CDO)兼執行役員に元日本IBM執行役員の岩野和生氏を招聘(しょうへい)。森執行役員、市川CMOも同室に所属する。

 岩野執行役員は「今が手を打つタイミングだ。独BASFなどみんなが気づき始めている。どうやっていいかはまだ分からないが。その道を見いだせれば、その産業のルールメーカーになれる」と強調する。この時機を逸すれば、10年後、20年後の成長が危ういということだ。

 外部から乗り込んだ4人は、総合化学メーカーのビジネスモデルをどう変えていくのか。一つのキーワードは「サービス」だ。

 同社が注力するヘルスケア分野におけるICT活用の健康医療サービスなどは想定しやすいが、素材や機能商品など主力の化学分野で事業構造転換を果たせなければ成功とはいえない。

 マイクスナー執行役常務は「化学メーカーは材料を顧客へ売っており、その顧客がその材料をいろいろなことに使っている。加えて、我々はたくさんの情報を持っている。

 もしその情報が顧客にとって有用なら、情報も販売できる」と話す。単なる材料売りのビジネスモデルからの転換が一つの方向だ。

 一方で、足元では先端技術・事業開発室という“新参者”の存在価値を社内に認めてもらう必要がある。スタートの17年度は各事業部の現在の課題の解決に重点を置いている。

 同室と各事業部が短期集中で会議を重ね、デジタル技術の動向や現場の問題意識などをすり合わせて方向性をまとめる。短中長期のプロジェクトに分けた上で、まず直近の課題解決に力を注ぐ方針だ。

インタビュー・ラリー・マイクスナーCIO


 ―CIOの主な役割は何ですか。
 「今までのプロセスで発明できないイノベーションを実現していくことだ。従来の三菱ケミカルHDのアプローチと違うイノベーションのやり方を通して、ビジネスの成長を創り出す」

 ―三菱ケミカルHDのデジタル利活用の現状に対する評価は。
 「デジタル戦略は化学産業全体として遅れている。化学メーカーはIT会社などと比べると先進的ではない。ただ、競合他社もみなスタートラインにいるのだから、我々にはレースで先頭に立つチャンスがある」

 ―どんな方針で取り組んでいきますか。
 「化学のステップ・バイ・ステップのイノベーションは大切だが、我々の役割ではない。外部から別の破壊的なイノベーションを持ってきて、新しいビジネスを創る。10―15年後に事業ポートフォリオを変える。高い利益を得るビジネスを加えたい。我々のチームでイノベーション文化を変えたい」

 ―既存の幹部や社員との意見の対立はないですか。
 「違いがあるからこそ面白い。大半の人たちは違うアプローチを見たいと思っている。当然壁にぶつかる時もある。ただ、衝突は文化を変える唯一の方法だ」

 ―ベンチャー企業との連携も重要です。
 「日本企業も化学企業もベンチャーとの連携は得意ではない。当社は両方当てはまる。世界的で急速なアイデアの流れに意識を持たないと、(会社を)変化させるのは難しい」
                   

(文=鈴木岳志)
日刊工業新聞2017年8月24日
鈴木岳志
鈴木岳志 Suzuki Takeshi 編集局第一産業部 編集委員
 岩野執行役員は「事業部が今抱えている課題に対して、我々が水先案内人となって筋のいい方向へ進める」という。イノベーション文化を変えるための最初の一歩だ。IoTなどデジタル技術が導く三菱ケミカルHDの未来。ただそれは独BASFや米ダウ・デュポン連合などのような巨大化した姿ではない。マイクスナー執行役常務は「規模の勝負ではなく、クリエイティビティーと国際的な存在感をより築くことで打ち負かさなければならない」と断言する。重厚長大の化学産業から新たなビジネスモデルの創造を目指す“実験”と言える。

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