オバマの広島スピーチは“Yes, we can”だった

文=蔭山洋介(スピーチライター)広島スピーチを分析する意味

 オバマ米大統領は、5月27日に広島の平和記念講演を訪問し、原爆慰霊碑に献花し、黙とうを捧げ、歴史に残る重要なスピーチを行いました。

 スピーチの内容についての評価は、「核なき世界」に向けた決意表明としてすばらしいものであったという肯定的な意見が多勢を占めるように思いますが、謝罪の言葉が含まれていなかったことについて不満であるという意見や、具体的に「核なき世界」をどう実現していくのかについて不明であるという点を批判する意見も見受けられます。

 肯定的な意見と否定的な意見を対比して、どちらか正しいのかという議論は私にはできませんが、あくまで書き手として、オバマのスピーチはどのような意図を持って書かれたのかは分析することができます。

 そこで、オバマの広島スピーチの分析を通して、意図を読み取り、今後どのような政治的展開があり得るのかを予測してみたいと思います。

スピーチは誰が書いたか?


 まず、前提として抑えておかなければならないのは、各国首脳のスピーチは、ほとんどの場合、自分一人で書くことはないということです。通常、専属のスピーチライターが関係各位にヒアリングを行い調整を進めながら書き上げ、幾度か大統領と打ち合わせを経て完成させます。今回のスピーチも、大統領副補佐官でスピーチライターのジョン・ローズが担当しています。

 ローズは、外交政策にも通じており、イランの核問題に関する包括的共同作業計画の顧問であり、2011年エジプトで起きたアラブの春についてのアドバイスも行ったとされます。

 スピーチライターというと、どうしても原稿を書くだけのイメージが先行するわけですが、政策に秀でた人物が首相の側近としてアドバイスを行いながら、スピーチライティングも行うというのは一般的に行われています。スピーチライターというのは、アドバイザーでもあるわけです。

 そんな国際政治に通じたローズを中心とするスピーチライターチームが、オバマと共に書き上げたのが、今回の原稿に当たります。そんな人物が書いているのですから、当然、今後の国際政治や米国の国内世論に慎重を期した内容になっています。

主語を “We” で貫くと冒頭で宣言


 スピーチライターをやっていて、非常に悩む機会が多いのは、言いたいことや言えないことが山のようにある中で、どうすれば個条書きのようにならずに、一つのストーリーとして成立させることができるかということです。スピーチライティングに慣れていないライターが書いたスピーチ原稿は概ね散文的で、個条書きに近いものになりがちです。

 しかし、今回の広島スピーチは非常に多くの言わなければいけないことを織り交ぜながら、ストーリーとして破綻していません。これは見事と言わざるを得ません。

 スピーチのストーリーの主軸は、“We”という主語にあります。これは、2008年の大統領選挙の時にオバマが使った “Yes, we can” というスローガンの “We” の同じ使われ方です。当時は、共和党も民主党も、黒人も白人もヒスパニックも黄色人種もみんな、という意味で “We”を使いましたが、今回も全く同じです。

 まず冒頭。「71年前の晴れた朝、空から死が降ってきて世界が一変しました。(中略)そして、人類が自分自身を破壊する手段を手に入れたことを示したのです」。

 冒頭は、普通、共通前提を構築するために事実確認を行います。ですから、普通に書くのであれば、「71年前、米国軍が日本に原爆を落としました」となるはずです。しかし、今回の冒頭の文章の主語はなんと「死」です。

 こう表現することで、米国という主語を使うことなく、共通前提を構築しています。そして次に、「人類が自分自身を破壊」という表現もまた、主語が「人類」となっていて、「米国や核保有国が、世界を破壊」という表現にしていません。

 このように冒頭から、主語を米国として語りませんよ。“We”でいきますよと宣言しているのです。

 その後38回も“We”という単語を使っています。こういう主語の使い方ですから、米国が日本に謝罪するという構図は、原稿としてそもそも成立し得ない構造になっています。原稿の根本的な構造を読めば、“米国”として謝る気は、原稿作成のかなり初期の段階からなかったものと思われます。

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明 豊

明 豊
05月29日
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当日、自宅に帰ってじっくりスピーチ映像で見た。不覚にも涙が出そうになった。米国大統領以前に、そこにはバラク・オバマ個人の言葉を感じたからだ。
主語は「We」だった。でももう一つの主語はやっぱりオバマだった。

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