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科学技術の発展で教科書から消える名前が増える!?

<研究不正・パラダイム転換へ#07>AIで画像修整を検出
 研究不正を探す技術は日々進化している。大きく貢献したのが画像処理関連の人工知能(AI)技術だ。論文の画像データから不自然な修整箇所を特定するAIは、中古車オークションサイトで写真の修整検出に転用できるなど、研究不正を対象に開発した技術は民生用途にも応用できる。不正防止技術への投資は、行き詰まった不正対策のパラダイムを変えるかもしれない。

 「科学技術が発展するほど過去の不正が見つかりやすい。今後、(不正発覚で)教科書から消える名前は増えるだろう」とエルピクセル(東京都文京区)の朽名夏麿(くつな・なつまろ)最高技術責任者(CTO)は説明する。

 同社は論文画像の修整や画像の使い回しを検出するAI技術を事業化した。伸縮などの幾何変形なら、ほぼ100%検出可能。機械学習を利用するため、データがたまるほど検出精度が上がる。

 論文における改ざんや捏造(ねつぞう)のテクニックは時代とともに変遷してきた。画像編集ソフトが登場する前は、写真のコピーと印刷を繰り返して画質を劣化させ、別の実験結果として公表していた。数千人が参加する新薬開発の大規模臨床試験は、再検証するコストが巨額になるため追試が難しく、不適切なデータ操作があってもわからなかった。だがすべてのデータが記録され、開示されるようになってからは、不自然な操作をAIで検出できるようになった。

 グラフは形やデータから計測値を推定し、エラーバーや有意差判定が正しく計算されたか検証できる。文章の盗用は検索AIを転用できる。朽名CTOは、「論文を投稿すると自動でテキストの一致率と一致箇所が返る。論文雑誌にとって文章の転用は取り締まる対象ではない。可視化して自発的に直してもらうためのツールとなる」と説明する。

 さらに論文の不正防止と民生用途が両立することも分かった。エルピクセルは画像修整検出AIの体験版をネット上で公開したところ、中古車の画像や免許証の顔写真がAIによって解析されたという。中古車は傷隠し、免許証は顔の修整を判定できるか試されていた。そこで同社はECサイトの不正チェックにAIを売り込んだところ、採用された。

 研究室で実験作業の外部発注が進んでいることも不正削減に貢献している。実験が失敗すると「発注者の仮説が悪い」「受託業者の腕が悪い」といったトラブルになりやすい。

 受託業者は信頼性を担保するため、作業記録と管理を徹底する。計測機器メーカーも記録機能を搭載し、付加価値として売り込む。研究室で長期雇用が難しくなったことが、分業と履歴管理(トレーサビリティー)を後押しした格好だ。トレーサビリティーが広がれば、研究者でデータを共有するオープンサイエンスにも貢献できる。

 課題は技術格差の確保だ。不正検出AIが広く出回れば、不正を行う側もAIに検出されないか確認しながらデータを作り込める。確信犯とのいたちごっこにならないよう利用制限や利用記録の管理が必要だ。
                  
日刊工業新聞2017年4月11日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
不正対策の中で最も期待できると思ったのが不正検知技術の開発です。学術界だけでなく企業や官公庁にも不正はあり、社会が不正に厳しくなっているため、コンプライアンスコストは膨らむはずです。画像修正検出技術のように多用途に展開できれば、恩恵は学術界の外にも広がります。一般研究者と各研究組織の責任者との間の技術格差を維持し続けなければならないので、不正防止技術の開発は国の支援を受けられるかもしれません。実質的に確信犯とのイタチごっこはなくならないので、セキュリティーソフトと同じビジネスモデルを描ける可能性があると思います。

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