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電力自由化カウントダウン! ――開放される7兆円市場

本命はガス会社!?どの企業にも挑戦権
 どの企業でも家庭に電力を販売できるようになる電力小売りの完全自由化が1年後に迫った。コンビニエンスストアや小規模事務所も含めた8420万件が電力異業種のターゲットだ。だが“新規参入者”の旗印だけで巨大な需要を取り込めない。商品・サービスと電力とのセット販売、業界の垣根を越えた企業同士の連携が市場開拓のカギだ。連携が化学反応を起こして新たなビジネスも生み出すと、開放される7兆5000億円以上に市場規模が膨らむ。

 電力異業種の中でも“本命”と目されてきた大阪ガスが経済産業省・資源エネルギー庁に新電力(PPS)の登録を済ませた。大ガスは自前の発電所を持ち、つくった電力をPPS最大手のエネットに販売している。自身がPPSとなった大ガスは直接、電力を販売できるようになる。
 自由化後の市場でもっとも有力な電力異業種がガス会社だ。自由化の先輩である英国ではブリティッシュガスが同国の電力市場で大手の一角を占める。ガスと電力のセット販売は家庭にも受け入れやすく、日本でもガス会社が電力会社のライバルとなりそうだ。
 大ガスの登録でPPSは596社(3月25日現在)となった。2014年5月に200社を超えると急速に増え、600社近くに達した。最近では上新電機、東京急行電鉄、リコーキヤノンの販売会社、前田建設工業子会社など、電力とのかかわりが薄い大企業の登録も目立つ。登録手続きは「書類を提出するだけ」と言われるぐらい簡単で、だれでも電力事業者になれる。ただし、販売実績があるPPSは50社程度にとどまる。

 【価格競争困難】
 自由化後でも実際に電力販売を始めるPPSが増えるとは予想しづらい。プライスウォーターハウスクーパース(東京都中央区)が14年夏に消費者1100人を調査したところ、現行の電力料金よりも5%安い程度だと契約先の変更を検討する割合は10%にとどまった。10%安いと37%に上昇しており、2ケタ以上の価格差がないと既存の電力会社から顧客を奪うのは難しい。
 現在、PPSの業務用電力は3―5%の割引が相場。現状ではPPSが調達できる電力は少なく、まして安い電力の確保は困難。低価格を武器に家庭市場に参入しづらい。

 【セット販売】
 そこで考えられるのが商品・サービスと電力とのセット販売だ。特に家庭と接点を持つPPSほどセット販売の可能性がある。PPSに登録済みの大和ハウス工業の大野直竹社長は「住宅を購入した顧客への小売りを検討している」と前向きに話す。住宅の販売後でも電力販売で接点を維持できればリフォーム需要も取り込める。すでに同社は賃貸住宅に電力を販売する会社を設立済みだ。ソフトバンク子会社のSBパワーは企業にICTサービスと一緒に電力を販売している。同じモデルは家庭にも通用しそうだ。
 電力会社やPPSは他社との提携もありえる。異業種からの攻勢にさらされる立場となる東京電力は携帯通信事業者との提携を模索する。海外では電力を販売する通信事業者は少ない。むしろ電力会社と組んで電力とのセット販売を通信料金の割引メニューにしており、通信事業者は本業に徹している。航空会社、スーパーマーケットも電力会社と提携し、電力使用に応じてマイレージや買い物に使えるポイントを付与してお互いの顧客を囲い込んでいる。日本はポイントカードが普及しており、同様のサービスを展開しやすい。クレジットカード、宅配、通信販売など家庭と接点ある企業ならPPSにならなくても提携という形で電力ビジネスにかかわれる。そう考えると、市場の裾野は広がる。

 【自治体も参入】
 電力自由化を地域活性化につなげようとする自治体も出てきた。群馬県中之条町、大阪府泉佐野市、福岡県みやま市は相次いでPPSを設立した。2月には山形県が都道府県としては初めて「山形県新電力」を設立する方針を固め、15年度予算案に2500万円を計上した。いずれの自治体も地域に豊富な再生可能エネルギーでつくった電力を“自治体PPS”が購入し、地域で販売する。地域の公共施設、企業、住民は自治体PPSから割安な電力を購入できる。
 自治体PPSの設立を検討する秋田県鹿角市は年2億円の電力販売を見込む。市は新たな税収を確保でき、住民サービスに回せる予算が生まれる。地域の再生エネが地域の利益につながる好循環が期待できる。
 自治体PPSのお手本がドイツにある。自治体が出資する「シュタットベルケ」と呼ばれる会社が地域の水道、ガス、電力の販売を一手に担う。各地にシュタットベルケがあり、大手電力会社の対抗勢力になっている。
 
 【「需給調整」ビジネス/蓄電池で安定保つ】
 電力事業を支える新しいビジネスも生まれている。その代表がデマンドレスポンス(需給応答、DR)やアンシラリーサービスだ。DRは電力事業者に代わって電力需給を調整する。アンシラリーサービスは周波数や電圧を整えて電力の品質を保つ。いずれも欧米ではビジネスとして成立している。日本ではPPS向けDRサービスが有望だ。
 PPSは電力の供給と需要量を常に一致させる必要がある。供給量が不足するとペナルティーとして電力会社から割高な電力を購入して埋め合わせをしないといけない。需給バランスの死守がPPS経営の生命線であり、そこにビジネスチャンスがある。
 PPSの電力供給が足りなくなりそう時、DRサービス事業者がPPSの契約先に節電を呼びかける。需給調整に成功できればDRサービス事業者はPPSから報奨金を受け取る。米国では売上高が1億ドルを超えるDRサービス事業者が存在する。
 日立製作所東芝、シュナイダーエレクトリック(東京都港区)などがDRの実証事業に取り組む。すでに電力ベンチャーのエナリスはPPSが契約する事業所への蓄電池の販売を始めた。電力が不足するとエナリスが遠隔地から制御して蓄電池から放電し、PPSに代わって不足分を埋め合わせる。蓄電池は高価だが、エナリスは東芝から1万台を一括調達してコストを抑えた。
 
 【新分野へ布石】
 蓄電池ベンチャーのエリーパワー(東京都品川区)の吉田博一社長も「新ビジネスに向けても布石を打っている」と話す。エナリスと同様、遠隔から蓄電池の充電や放電を制御できるソフトウエアを開発中だ。15年度中にエリーパワーの蓄電池の累計設置は2万台となる。家庭やビルで普段から使われている2万台の蓄電池を需給調整に使うため、新たな投資を抑えられる。蓄電池を足がかりに新分野への参入をうかがう。
 現状では電力異業種が販売できる電力が少なく、電力小売りの完全自由化後、どの程度のスピードで新しい電力ビジネスが進行するのか見通しづらい。しかし電力と商品・サービスのセット販売、他社との連携、DRのような新ビジネスの創出、蓄電池の需要喚起など波及効果は大きく、どの企業も新市場への挑戦権がある。
日刊工業新聞2015年3月26日深層断面
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
取材先の方で電力料金が安くなると思っている人が少ないです。私も安くなるとは思いません。では、価格以外で何を基準に電力会社を選ぶのか、気になります

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