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セイコー・シチズン・カシオ首脳に聞く、今年の時計市場はどうなる?

三者三様の戦略、一歩抜け出すのはどこか
 時計業界にとって、2017年は多くの課題を乗り越える1年になりそうだ。16年には円高の進行や訪日外国人(インバウンド)需要の減少などが大きく響いた。足元では円安に動いているものの、トランプ米国新政権の動向や欧州の選挙など世界情勢は先行き不透明で消費にさらに影響を与えかねない。このような状況下で時計メーカー各社はどのような戦略を打つのか。各社の首脳に展望・戦略を聞いた。

セイコーホールディングス・中村吉伸社長


「高価格・女性向けを積極展開」
セイコーホールディングス・中村吉伸社長

 ―17年の市場環境をどうみますか。
 「海外の政治情勢など不透明感が強い。ただ円高が修正されつつあり、株価も上がってきている。急激なV字回復はないにせよ、穏やかな回復に向かうのではないか」

 ―16年は円高やインバウンド需要の変調などが響きました。
 「最も想定外だったのは外販ムーブメント(駆動装置)の落ち込みだ。中国経済に活気がなく流通在庫がたまったことや、新興国の通貨安でムーブメントが売れなくなったことなどが要因。ただ完成品ウオッチの販売は14年度との比較では伸びているし、現地通貨ベースでは多くの市場で前年度より売り上げを伸ばしている」

 ―どのような手を打っていきますか。
 「高価格帯を伸ばしていくことに変わりはない。『グランドセイコー(GS)』『アストロン』『プレザージュ』『プロスペックス』のグローバル4ブランドに磨きをかける。働く女性をテーマにGSでは女性向けも積極的に展開したい。広告宣伝費は削れば利益は出るがそれをやると振り出しに戻る。増やすことはあっても減らすことはない。一方で引き続きコスト構造の見直しは行う」

 ―海外での施策は。
 「『セイコーブティック』は東南アジアに注力していたが、最近は欧米でも力を入れている。ブティック100店舗を目指しているが単に数字が目標とならないよう消費者に訴求するところに出す。商品には自信があるので消費者に機会と場所を提供していきたい」

シチズン時計・戸倉敏夫社長


「マルチブランド、全面に」
シチズン時計・戸倉敏夫社長

 ―時計業界には厳しい課題が山積しています。
 「要因は(昨年の)円高の進行とインバウンド需要の減少、ムーブメント販売の低迷の三つが大きい。米国では大統領選挙による経済の不透明感とファッションブランドの時計在庫が減らなかったことで、時計やムーブメントの販売が伸びなかった。一方で欧州は好調だった。ブランド価値を高める活動を継続してきたのが効いている。トラディショナルな時計に回帰する動きがある」

 ―世界情勢は不透明感が増しています。
 「政治が経済に及ぼす影響が大きくなっている。17年は欧州で選挙を控えるし、トランプ米国新政権の政策も先が読めない。時計メーカーとして何をやり、耐性をどうやってつけていくか。徹底的なコストダウンとブランド価値向上に取り組み続ける」

 ―マルチブランド戦略の実行状況は。
 「16年にスイスのフレデリック・コンスタントを買収し、完璧ではないが低・中・高価格帯のポートフォリオはカバーできた。さらに生産体制や流通網も含めシチズングループのシナジーという観点でマルチブランドをみていく必要がある」

 ―具体的な強化策は。
 「17年は『シチズンフラッグシップストア東京』を銀座にオープンする。シチズンはこれだけのブランドを持っているから消費者の多様性に対応できるということを強く打ち出す。米国では1年かけて直販店をマルチブランドの販売拠点に変える。18年頃からは米国以外でも転換を図っていきたい」

カシオ計算機・増田裕一取締役専務執行役員


「アナログ時計を進化」
カシオ計算機・増田裕一取締役専務執行役員

 ―環境変化をどうみていますか。
 「インバウンド需要の減少などが響いた。しかし海外では『G―ショック』が好調だった。東南アジアのマーケティングを始めた地域で伸びた。インバウンド需要はバブルだったととらえている。市場全体が成熟した時代に前年度比で数十%伸びるということは通常ない」

 ―スマートフォンと時刻がリンクする腕時計の売れ行きはどうですか。
 「『エディフィス』の最新版などを出したが思ったより広告に投資ができなかった。16年は全体の業績が悪く、またG―ショックの方に力を入れていたためだ。売れ行きは期待値までは行ってない。検討中だが17年度は広告投資を伸ばしたい」

 ―今後の時計市場をどう予測しますか。
 「16年だけの問題ではないが時計市場の節目が来ている感じがする。全地球測位システム(GPS)が出て以降、話題性がないので刺激を与えたい。スマートウオッチなど多様化しているがアナログ時計の十分な市場サイズは残るはず。実際当社はデジタルに力を入れ続けているが市場のマジョリティーはアナログのままだ」

 ―どのような商品を出していきますか。
 「スマートフォンを介さずにインターネットにつながるアナログ時計だ。時計の究極は世界中のどこでも触らずに時刻などが自動で合う機能。サマータイムにも対応できる。時計はブランドやデザインといった感性的価値が大きい。そこはアナログ仕様で崩さずにやっていきたい」
【記者の目/事業基盤の強化、不可欠】
 業況の厳しさが注目を集めた16年だったが、各社とも次の手を打ち始めている。ただ価格帯や商品ポートフォリオ、機能など3社のターゲットは異なる。経済が上向いた場合には時計業界全体も伸びると見込まれるが、その中で一歩抜け出すのはどの会社か。一方でコストの削減など円高や消費の落ち込みに耐えられる事業基盤を築くことも不可欠だ。不透明・不確実な状況下で経営の総合力が試される。
(聞き手=田中明夫)
日刊工業新聞2017年2月7日
六笠友和
六笠友和 Mukasa Tomokazu 編集局経済部 編集委員
かつて時計3社の担当記者でした。当初、最もモノづくりのイメージがないのがカシオでした。ところが担当を終えるころには最もモノづくりに熱心な会社ではないかと思っていました。工場の活動を広報しようという意欲も高かったように思います。グループ会社の山形カシオでは、時計向けではなかったように思いますが、金型の設計と金型部品の製造をほぼ自動化するシステムを独自構築し、コスト削減に努力していました。 時計は斜陽産業と言われた時代があり、そこから見事復活しました。シチズンの戸倉社長は先読みが難しい今だからこそ「徹底的なコストダウンとブランド価値向上に取り組み続ける」と仰っています。復活の経験があるだけに、コスト削減といった地道な企業努力の大切さに言及されたのかもしれません。 ところで、記事は腕時計(ウォッチ)中心の話です。置き時計・掛け時計(クロック)を、アップルが作ったらどんなのができるのでしょう。

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