日立の陽子線がん治療装置は世界を席巻するか
欧IBA、米バリアンと競争熾烈。シェア首位へ、海外の販売整備
日立製作所は陽子線治療装置の海外展開を加速する。中国で現地企業と提携したほか、欧州の営業体制をテコ入れした。ともに市場に入り込めていなかった欧州、中国で訴求力を高め、両地域で初受注に結びつける。世界で陽子線治療施設の新設が相次ぐ中、販売体制を整備し、年5―6件の受注に結びつける。新規案件で4割のシェア獲得を目指す。
中国原子力大手の中国広核集団(CGN)と陽子線治療装置の販売で業務提携した。中国はがん患者数が急増しており、高度な治療装置への関心は高い。提携で現地の医療機関への販売力を高めるとともに、法規制や各種手続きなどへの対応もしやすくなる。装置の据え付けなどでも協力を視野に入れる。
欧州では米国の営業トップだった人材を英国駐在にして、営業チームを組織した。欧州は同装置世界最大手のベルギーIBAの牙城。販売体制をテコ入れし、市場を切り崩す。
陽子線治療装置は現在、世界約60施設で稼働しており、毎年10―20施設の新規計画がある。日立は2006年にがん治療で著名な米MDアンダーソンがんセンター(テキサス州)に装置を導入・稼働して以来、米国で受注を積み重ねている。15年度は国内外で6件の受注を獲得し、16年度は香港、シンガポールからも受注した。
渡部真也執行役常務ヘルスケアビジネスユニットCEOは「引き合いは他の地域にも広がっている。17年度以降も今の受注ペースを継続したい」としている。
「“呼吸で動くがん”の治療が最大の弱点だった」。日立製作所研究開発グループの平本和夫技師長は陽子線がん治療システムが抱えていた課題をこう吐露する。同システムは、がん細胞に陽子線を照射して死滅させる。肝臓や膵臓(すいぞう)など呼吸によって大きく動く臓器のがんを治療する場合、正常部位への陽子線照射が避けられなかった。
日立と北海道大学は弱点を克服するため産学でタッグを組んだ。日立は陽子線を標的に集中させるスポットスキャニング照射技術を、北大は移動するがんの位置を追跡する技術をそれぞれ保有していた。両技術を融合した新システムの共同開発は2010年に国家プロジェクト「最先端研究開発支援プログラム」に採択され、4年の歳月をかけて実用化した。
当初から技術融合の青写真は容易に描けた。がん周辺の正常部位に金マーカーを置いてX線で動きを常時確認する。金マーカーを目印に陽子ビームを患部にだけ集中照射する。だが、がんの動きと照射タイミングを同期させることが困難を極めた。
がんの動きは手に取るように分かるため、日立はシステムの“肝”である加速器の改良に着手。「加速器をフレキシブルに運転する」(平本技師長)ことで、標的が治療範囲に入る動きに照射ピークを合わせる新たな制御技術を確立した。
研究開発チームは出張やテレビ会議を繰り返し、治療効果を高める新機能も模索。北大の白土博樹教授は「照射範囲を30センチ×40センチメートルに広げる」ことを目標に掲げた。
ここで開発メンバーに一つの疑問符が浮かんだ。「なぜ範囲を従来の2倍以上に広げるのか」。答えはその範囲の対角線上に背骨が収まることにあった。
これにより背骨に転移したがんの治療回数を減らせる。日立製作所ヘルスケア社の中村文人ヘルスケア事業本部粒子線治療推進本部長は「最初から本当に必要なニーズを挙げてもらったことで、開発を効率的に進められた」と振り返る。
北大は14年から同システムの運用を開始し、年間約200人を治療する。白土北大教授を中心に同システムを国際標準化する取り組みも着々と進められている。これまで治療機器分野は欧米企業にリードされてきたが、世界初・日本発の同システムは世界を席巻する可能性を秘めている。
(肩書きは当時のもの)
中国原子力大手の中国広核集団(CGN)と陽子線治療装置の販売で業務提携した。中国はがん患者数が急増しており、高度な治療装置への関心は高い。提携で現地の医療機関への販売力を高めるとともに、法規制や各種手続きなどへの対応もしやすくなる。装置の据え付けなどでも協力を視野に入れる。
欧州では米国の営業トップだった人材を英国駐在にして、営業チームを組織した。欧州は同装置世界最大手のベルギーIBAの牙城。販売体制をテコ入れし、市場を切り崩す。
陽子線治療装置は現在、世界約60施設で稼働しており、毎年10―20施設の新規計画がある。日立は2006年にがん治療で著名な米MDアンダーソンがんセンター(テキサス州)に装置を導入・稼働して以来、米国で受注を積み重ねている。15年度は国内外で6件の受注を獲得し、16年度は香港、シンガポールからも受注した。
渡部真也執行役常務ヘルスケアビジネスユニットCEOは「引き合いは他の地域にも広がっている。17年度以降も今の受注ペースを継続したい」としている。
2017年1月10日
4年の歳月をかけ実用化
「“呼吸で動くがん”の治療が最大の弱点だった」。日立製作所研究開発グループの平本和夫技師長は陽子線がん治療システムが抱えていた課題をこう吐露する。同システムは、がん細胞に陽子線を照射して死滅させる。肝臓や膵臓(すいぞう)など呼吸によって大きく動く臓器のがんを治療する場合、正常部位への陽子線照射が避けられなかった。
日立と北海道大学は弱点を克服するため産学でタッグを組んだ。日立は陽子線を標的に集中させるスポットスキャニング照射技術を、北大は移動するがんの位置を追跡する技術をそれぞれ保有していた。両技術を融合した新システムの共同開発は2010年に国家プロジェクト「最先端研究開発支援プログラム」に採択され、4年の歳月をかけて実用化した。
当初から技術融合の青写真は容易に描けた。がん周辺の正常部位に金マーカーを置いてX線で動きを常時確認する。金マーカーを目印に陽子ビームを患部にだけ集中照射する。だが、がんの動きと照射タイミングを同期させることが困難を極めた。
がんの動きは手に取るように分かるため、日立はシステムの“肝”である加速器の改良に着手。「加速器をフレキシブルに運転する」(平本技師長)ことで、標的が治療範囲に入る動きに照射ピークを合わせる新たな制御技術を確立した。
研究開発チームは出張やテレビ会議を繰り返し、治療効果を高める新機能も模索。北大の白土博樹教授は「照射範囲を30センチ×40センチメートルに広げる」ことを目標に掲げた。
ここで開発メンバーに一つの疑問符が浮かんだ。「なぜ範囲を従来の2倍以上に広げるのか」。答えはその範囲の対角線上に背骨が収まることにあった。
これにより背骨に転移したがんの治療回数を減らせる。日立製作所ヘルスケア社の中村文人ヘルスケア事業本部粒子線治療推進本部長は「最初から本当に必要なニーズを挙げてもらったことで、開発を効率的に進められた」と振り返る。
北大は14年から同システムの運用を開始し、年間約200人を治療する。白土北大教授を中心に同システムを国際標準化する取り組みも着々と進められている。これまで治療機器分野は欧米企業にリードされてきたが、世界初・日本発の同システムは世界を席巻する可能性を秘めている。
(肩書きは当時のもの)
2015年3月25日