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「起業のチカラ・セレクション Vol.3」   喜洋洋×藤田晋

「LINEには誰も追いつけない。気持ちを入れて運営しているから」(藤田)「ネットワーク型の語学学習にチャンス」(喜)
 「起業のチカラ・セレクション Vol.3」(最終回)。若手起業家は中国生まれで相互添削型の語学学習SNSを運営する喜洋洋さん。そしてお相手は、今やIT企業の代表的な経営者、サイバーエージェントの藤田晋社長。以前から著書を読み込むなど藤田さんに憧れていたという喜さん。最初はやや緊張気味だったが、組織作りなど当時、課題に直面していたことを積極的に聞いていたのが印象的。藤田さんの実体験から発せられる言葉はとても参考になります。

 語学学習はアジア企業にチャンスあり

 喜「当社のサイトではいま、80カ国語以上の言語が学ばれています。外国語で書いた文章をネーティブスピーカーに無料で添削してもらう。代わりに、自分の母国語で書かれた文章を添削する。いわば相互添削型のSNSです。留学生と母国語を教え合う『ランゲージ・エクスチェンジ』から着想しました。これは安価で効率的に学べますが、相手を見つけるのが難しいうえ、時間が合わないと続かない。当サイトなら世界中から相手を探し、いつでも学べます」

 藤田「なるほど。ただ、英語が圧倒的に人気なのでは。『交換』が成り立ちますか?」

 喜「そうですね。それは課題の一つで、有料サービスを拡充することでバランスを改善しようとしています。例えば、有料会員になれば、優先的に添削してもらえるといったことです。『ネーティブスピーカーに早く、安く添削してもらいたい』という、簡易翻訳のニーズも取り込めると思います。世界的なウェブサービスは米国発が多いですが、語学学習は学習意欲が高く、市場規模が大きいアジアにチャンスがある。日本だけでなく世界中で使われるサービスを目指しています」

藤田「語学学習という分野はすごくいいですよね。ネットで語学を学ぶことが普及しつつあり、好機です」

 喜「さまざまな語学学習サービスが生まれていますが、テキストや問題集の内容をウェブ上に移した、いわばコンテンツ型が主流です。当社のサービスは、世界中のユーザーの力を使うネットワーク型。こういったサービスは少ないので、そこにもチャンスがあると思っています」

 藤田「ただランゲージ・エクスチェンジの考え方を広めるのに時間がかかるのでは。普及して収益化するまでの辛い時期を耐えきれないと思います。よく話を聞いたらおもしろい、というのはなかなか伝わらない。僕なら、わかりやすい有料サービスを手がけながら広めます。例えば、『学びたい人がお金を払って使う。教えてお金を稼ぐ』というのはわかりやすいですよね。それを、いかにスマートに伝えるか。概念から広めようとしなくていいのではないかな」

 喜「スマート、というのは大事な要素ですか」

 藤田「このサービスのように、グローバルに展開するものは、スタイリッシュである必要があると思います。あと、『あ、これ使っちゃうね』というようなユーザーインターフェースも頑張らないと。『これは買うわ』『使うわ』と思わせること。そして使っていたら、『ついつい見てしまう』となるように」

 喜「おっしゃる通りで、デザインは改善する必要があると思っています」

 藤田「ベースはあると思うので。頑張ってください」

 最初にこれは!という人を口説く

 喜「サービス開始は07年ですが、エンジニアが定着しなかったので、自分でプログラミングを一から学び、一人で運用してきました。今年4月に数人を採用し、新たな展開を始めたところです。これから『最初の10人』の社員を集めるときに、気をつけることはありますか」

 藤田「最初に入る人が肝心。普通の社員を採用するのは難しいと思います。これは、という人を見つけて、役職などポジションを対価にして口説くしかないですよね。レベルが高く、人望がある人が入ると、他の社員も入りやすくなります。うちも最初は、大げさに話していましたよ」

 喜「スムーズに仲間を集められたほうだと思いますか」

 藤田「そうですね。同期入社の仲間と創業しましたが、最初に上下関係をはっきりさせたのが大きかったです。人数が少ないころから、社長と呼べ!と言っていました。それは結構大事だと思います。でも実績がなかなか出ないと、なぜ従わなきゃならないんだ?となる。最初は肩を張っていましたよ。みんなで飲みに行っても、自分だけ先に帰ったり。あまりなれ合わないように気をつけていました。会社が大きくなると逆になる。距離感を感じられないようにフランクに接するようになりました」

 喜「実体が伴っていかないといけないですね」

 藤田「結果が出続けないと、社員のモチベーションが下がったり、信頼を得られなくなったりしてしまう。その時間との競争みたいなところがあります。最初は苦しいでしょうが何とかするしかない。起業家の辛いところですね。4月に本を出しましたが、内容はかなり暗いです。でも、あれが現実ですよ」

 喜「サイバーエージェントには、次々とヒット作を生み出す組織文化があると思います。継続的に発展する組織を作るためには何が必要ですか」

 藤田「有望な分野を見つけて、社内から人を送り出しているだけです。だから、いい人材を採るほかにないですね。そこは創業以来、相当力を入れてきました。日本特有の現象ですが、楽天もヤフーもGMOもうちも、ネット企業が多角化していますよね。ネットサービスは言語の壁にぶつかりやすく、海外進出が難しい。同様に海外企業の日本参入も、簡単そうに見えても難しい。そういう市場で成長するために、新しいことをやるしかない。米グーグルのように技術がベースになっていると、世界展開した方が効率的ですが」


 創業者の執着心こそが、ベンチャーの強み

 喜「一方で、米フェースブックや米アマゾンなど、海外企業が参入して日本で普及したサービスもあります。日本市場で一位になっても、安心できませんね」

 藤田「ある分野で一位になれば、気を抜かない限り、まずひっくり返せないでしょう。ネット業界は頭ひとつ抜けたら、そのまま十馬身引き離される世界。例えば、メッセンジャーサービスでは、LINEには誰も追いつけないでしょう。気持ちを入れて運営しているので」

 喜「気持ち?ですか、、」

 藤田「経営者が気持ちを入れて運営をしているかどうか。ネットはそれがユーザーにじかに伝わります。だから、ネットサービスは創業者が社長であり続けるのが一番良いと思いますね。後発なら、既存のものを圧倒的に上回るものを出すか、まだ世の中にないものを出すか。どちらしかないですね」

 喜「知り合いのベンチャー企業が、運営しているサービスに藤田社長自身が登録していた、と驚いていました」

 藤田「見てるんだね(笑)。そうやって、僕が登録しているのを見ている。それがベンチャー企業のすばらしいところじゃないですか。それほど自分のサービスに執着していることが、強みですよ。いち担当者だったら多分見ないでしょう」

 喜「そうですね!」

 藤田「僕もついさっき、サービスの細かい部分について文句を言っていたところです。自分でも、なぜこんなにムキになって、怒っているのかわからない(笑)。でも、ずっとムキになってやっているんだから、おもしろいんですよね」

 <プロフィール)
 喜 洋洋(き・ようよう)
 Lang-8(ランゲート)社長。中国で生まれ、4歳から日本で育つ。2007年京大工電気電子工卒、起業。上海への留学経験からヒントを得た語学学習サービスを運営する。テーマは「世界一、ネーティブからのフィードバックが得られやすい語学学習サービス」。31歳。

 藤田 晋(ふじた・すすむ)
 サイバーエージェント社長 。青山学院大経営卒、1997年インテリジェンス入社。98年サイバーエージェントを設立。2000年、当時史上最年少の26歳で東証マザーズに上場。現在はスマートフォン事業に注力。著書に『起業家』など。「21世紀を代表する会社を創る」がビジョン。麻雀と釣りが趣味。福井県出身、42歳。
日刊工業新聞2013年04月29日最終面に加筆・修正
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
この対談の時ではなかったが、藤田さんが話してくれた言葉でとても印象に残っているのは、「生活のサイクルに入っているサービスでないと長続きしない」ということ。新聞・メディア事業に携わる身として、いつも考えさせられている。

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