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【日本の科学技術力#03】最強磁石、後継者を探せ!

ネオジム磁石、EV・ロボの実用化に貢献も基本特許切れる
【日本の科学技術力#03】最強磁石、後継者を探せ!

ネオジム磁石を持つ佐川氏

ネオジム磁石は史上最強の永久磁石だ。NDFEB(京都市西京区)の佐川眞人社長が1982年に発明して以来、30年以上首位の座を守る。モーターの効率を飛躍的に高め、電気自動車(EV)やロボットなどの実用化につながった。特に車載モーター用の高性能磁石は日本企業が独占してきた。だが基本特許が切れており、“ポストネオジム磁石”の開発が喫緊の課題となる。 

 現在、世界の電気エネルギーの55%はモーターが消費している。モーターの性能は磁石に依存しており、磁力が向上するとモーターの出力向上や小型化、高効率化につながる。磁石は地球規模のエネルギー問題に貢献する研究テーマといえる。

 希土類磁石は機械装置の駆動系を一変した。東京工業大学の鈴森康一教授は「80年以前のロボットはすべて油圧駆動。希土類磁石の登場でモーター駆動に置き換わった」と振り返る。

 ネオジム磁石はHDDの読み出し装置など情報化の波を支え、EVやハイブリッド車(HV)を実現し、温暖化対策にも寄与した。この発明のきっかけは78年にまでさかのぼる。

「ならば原子間距離を広げれば良い」常識破る


 当時、佐川社長は富士通研究所で特殊スイッチの開発を担当し、サマリウムコバルト(SmCo)磁石の研究を任されていた。ある希土類磁石のシンポジウムで、希土類と鉄の組み合わせがなぜ磁石にならないか、簡単な考察が紹介された。内容は鉄原子の距離が近すぎて磁性が不安定になるという解釈だ。

 佐川社長は「ならば原子間距離を広げれば良い。炭素やホウ素を添加してみよう」と発想した。このアイデアが大当たりした。

 鉄は資源量が豊富で原価を抑えられるため、希土類鉄系磁石の研究は熱心に取り組まれた。SmCo磁石のコバルトを鉄で置き換える実験が繰り返されたが、鉄の割合を増やすと磁力が急減した。

 佐川社長は「当時は鉄系は磁石にならないというのが常識だった」という。そこで希土類と鉄にホウ素や炭素を組み合わせ、材料を探した。希土類にネオジムを選んだところ、性能が向上し、磁石になる可能性が見えてきた。

研究継続へ転職を決意


 ただ当時の富士通研ではネオジム磁石の研究継続が難しかった。特殊スイッチ用のSmCo磁石の開発が終わるとテーマが変更された。「電子機器メーカーでは通説を覆すような新しい磁石の開発は難しかった。上司は系列会社に打診してくれたが、話がまとまらなかった」と振り返る。

 そこで82年に住友特殊金属(現日立金属)に転職した。新天地でネオジム磁石を完成させ、入社3年目には量産が始まった。住友特殊金属が社外にライセンス提供を認めたため、電子部品や車載モーター、風力発電機などネオジム磁石の用途が広がった。2000年には世界の年間生産量が1万トンを超え、現在は10万トンに迫ろうとしている。

(ネオジム磁石<左>とフェライト磁石=物材機構提供)

脱レアアースへ国を挙げて推進


 目下の研究課題は希土類(レアアース)の削減だ。11年のレアアースショックでは、中国の実質的な禁輸措置などにより、ジスプロシウムの価格が約100倍まで高騰した。

 ジスプロシウムはネオジム磁石に耐熱性を持たせるために添加する。180度Cで利用される車載モーター用の磁石では、ジスプロシウムが10%を占めていた。

 政府は国を挙げて脱レアアース戦略を推進。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発事業で佐川社長らとジスプロシウムを使わない耐熱性磁石の開発を進めている。一般に磁石は結晶を微細化すると磁力が向上する。そこでジェットミルなどで材料を微粉化し、焼き固めて磁石とする。

 愛知製鋼はHDDR法という水素の吸着脱離反応を利用したプロセスを開発。磁性の方向をそろえたまま、結晶の微細化に成功した。ともにネオジム磁石の製造プロセスの改良で1・5倍の磁性と耐熱性を目指す。

どうなる“ポストネオジム”


 最大の課題はポストネオジム磁石だ。ネオジム磁石の基本特許はすでに切れ、周辺技術の特許で市場を守っている。30年間、新材料が研究されてきたが、ことごとくネオジム磁石にはね返されてきた。現在、有望視されているのは1―12系と呼ばれる希土類磁石と鉄ニッケル系の磁石だ。

 1―12系は希土類元素1に対し、鉄を12混ぜる。物質・材料研究機構が発見し、世界に研究が広がった。物材機構元素戦略磁性材料研究拠点の広沢哲代表研究者は、「鉄の多い組成が研究トレンドになった」という。

 NEDOの開発事業では、トヨタ自動車と静岡理工科大学の小林久理真教授が、サマリウムと鉄にジルコニウムとコバルト、チタンを混ぜて安定した結晶を作ることに成功した。

 鉄ニッケル系は隕石(いんせき)の結晶構造を利用する。隕石は数十億年かけて無重力の真空中で結晶が成長する。これを工業的に再現する。

 デンソーは窒化脱窒化法という製造法を開発。東北大学の牧野彰宏教授らは、アモルファスから微細結晶を作る方法を開発し、数十億年を300時間に短縮した。NEDOの佐光武文プロジェクトマネージャーは「隕石磁石が実現すれば希土類の供給リスクから解放される」と期待する。
(文=小寺貴之)

※随時掲載
日刊工業新聞2016年9月20日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
「新材料は本流の研究者ではなく、企業の異端児が見つけてきた」と日本ボンド磁性材料協会の大森賢次専務理事は説明します。本流と離れたことをやっている研究者が見つけてパッと広がる。こんな発見と普及が繰り返されてきたそうです。新磁石は狙って作れるものではなく、閃きや発見の寄与が大きいそうです。量産化や製造プロセスの技術は成熟していて、大きな障壁にはならないのかもしれません。そうすると政府系の大型プロジェクトよりも、技術者がこそこそと興味本位でやっている研究に期待してしまいます。学術界や産業の余裕がポストネオジム磁石の発見を左右します。佐川社長の「貧乏に慣れたらお終い。誰もやってないことに挑戦しないと」という言葉が磁石研究を象徴しているのだと思います。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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