台風も“チャンス”する沖縄のイノベーション
高温多湿、塩害・・亜熱帯の気候を生かす
亜熱帯気候の沖縄。年間を通して高い気温や湿度は独特の風土を生み、793万人(2015年度)の観光客を呼び込む魅力の源となっている。一方で高温多湿や台風が多く襲来する環境は、不快さやリスクの要因でもある。しかし、この環境を克服し課題解決する方法の開発、研究も行われている。海外に目を向ければ、同じ課題を抱えた市場が広がる。沖縄の温暖な気候で技術革新や販路開拓の卵を“ふ化”させる事例が目立ってきた。
沖縄本島北部のリゾート地である恩納村。海を見下ろす高台に1棟の建物がある。そこは自然エネルギーによる独立電源を持ち、排熱や水分を循環利用して室内を快適に保つ。併設の電気自動車(EV)は持ち運びできるバッテリーで駆動する。この未来の住宅のような建物は沖縄科学技術大学院大学の実験施設だ。
この施設では同大学とミサワホーム総合研究所(東京都杉並区)、ピューズ(同千代田区)が共同研究する。狙いは沖縄や東南アジアなど「蒸暑地域」を想定した生活実証。快適性と持続可能エネルギーの両立を目指す。
(沖縄科技大「サステナブルリビング実験棟=沖縄県恩納村)
電源は電力会社の系統から独立し、建物裏の風車(出力2キロワット)と屋根の太陽光発電パネル(同7キロワット)で発電。定置式と交換式のリチウムイオン二次電池にため、住宅とEVで使い分ける。発電パネルと屋根の間には50ミリメートルの空間がある。屋根の上部で熱を集めるためだ。この熱で室内を除湿したデシカント空調の除湿材を乾燥させる。さらに除湿した水は雨水と一緒に地下に貯水、建物周辺に散水し温度を下げるという無駄のなさだ。
室内は除湿と壁面の非結露型放射式冷房で快適な温度を保つ。断熱効果を高めて冷気を逃さず、直射日光を遮ることで温度上昇を避ける。扇風機、掃除機など家電は直流仕様で、直交変換による損失を省く。
共同研究は18年まで。将来の市場としてアジアのほか中東、アフリカも視野に入れる。ミサワホーム総合研究所は日本で販売するまで「10年かかる」という。一方、海外は「プロジェクトベースなら、もっと早まる可能性もある」と期待する。
気候と土壌を東南アジア展開に活用するのは、光建設(沖縄県糸満市)と沖創工(那覇市)、アルコ(津市)の3社。独立電源による無電化地域向け汚水処理システムを、糸満市の「ひめゆりの塔」敷地内で実証中だ。
核になるのは汚水の2次処理に土壌を使う点。土壌に定着している微生物による分解機能を浄化に生かす。浄化槽メーカーであるアルコの技術だ。国内では天然土壌を使うが、輸出が難しいため現地調達の土壌をベースに人工土壌を検討する。その土や気候が東南アジアに近いことから、沖縄でモデル事例を構築する。
海外で販売するとともに沖縄県内でも「沖縄ソフィールリフォーム」とし、観光地にある公衆トイレの更新需要を取り込む狙いだ。
チャレナジー(東京都墨田区)は沖縄県南部の南城市で台風による風力発電に挑戦する。8月上旬に装置が完成。清水敦史最高経営責任者(CEO)は「日本は風力大国になれる潜在性を生かしきれていない」と約1年をかけて実用化に向けたフィールド試験に取り組む考え。
実証装置は「垂直軸型マグナス風力発電機」。プロペラを使わず、風速や風向にかかわらず発電できる。理論上、台風時でも安定運転できる。プロペラ式風車は強風や台風では、破損や暴走事故を防ぐためプロペラを止めるのが一般的だ。
垂直方向に立つ主軸周囲の長さ3メートルの円柱が特徴的だが、これらが帆のように風を受けて回るのではない。円柱自体がモーターで自転、回転体に風が当たると働く「マグナス力」で主軸を回す。「野球のカーブボールが曲がる原理と同じ」(清水CEO)という。
実証では台風時の発電だけでなく、日常の微風や乱流での効果を含めて検証する。大手重工メーカーも研究したとされるが実用に至っていない。そこにベンチャーが挑む。
一方で台風襲来時、風を避けて被害を抑えるのが「可倒式風力発電」。文字通り倒せる風車でワイヤで引っ張って直立させたり寝かせたりできる。予報に応じて事前に倒して風をやり過ごし事故を防ぐ。沖縄電力が4離島で7機を営業運転している。
沖縄電力グループのプログレッシブエナジー(沖縄県中城村)は、フランス・ベルニエ製装置を日本仕様に合わせて設計した。建築基準への適合や軽量化などを施した。倒したまま施工や保守が可能。大型クレーンなどの機器を調達しにくい離島の作業条件を考慮し、島しょ県の知恵を生かしている。
出力245キロワットと大きな電力需要には応えにくいが、太平洋の島々などサイクロン被害を受けやすい地域の電源として海外展開に期待をかける。
台風の被害は風による直接的なものだけではない。巻き上げられた海水による塩害もあり、コンクリートが劣化する原因の一つとなっている。そこで技建(同南城市)は、塩害抑止や高耐久性が特徴の高強度コンクリートを開発した。リュウクス(同うるま市)が一貫生産する混和材「CfFA1種」を生かして実現した。
(高強度コンクリートの打設見本。細かなデザインが可能)
CfFAはゼロテクノ(大分市)が大分大学と開発したフライアッシュ(飛灰)製品。混和すると内部の微細な隙間が埋まり、密度が高まる。その結果、劣化の要因である塩分や水分が侵入しにくくなる。リュウクスでは沖縄を拠点に、アジアへの展開も狙っている。
沖縄県は全域が亜熱帯気候に属する。気象庁の統計では年間平均気温(那覇、1981―2010年)は23・1度C、湿度は74%。冬期も最低気温は平均14度C台で、10度C以下になることは少ない。
台風発生数の平年値(81―10年、以下同)は年間25・6。そのうち沖縄地方への接近数は7・4だ。本土は5・5だが、46都道府県での集計と比べると沖縄県の多さが理解できる。さらに威力が衰えずに接近して上陸するため被害も大きい。
(文=那覇支局長・三苫能徳)
沖縄本島北部のリゾート地である恩納村。海を見下ろす高台に1棟の建物がある。そこは自然エネルギーによる独立電源を持ち、排熱や水分を循環利用して室内を快適に保つ。併設の電気自動車(EV)は持ち運びできるバッテリーで駆動する。この未来の住宅のような建物は沖縄科学技術大学院大学の実験施設だ。
「蒸暑地域」を想定した生活
この施設では同大学とミサワホーム総合研究所(東京都杉並区)、ピューズ(同千代田区)が共同研究する。狙いは沖縄や東南アジアなど「蒸暑地域」を想定した生活実証。快適性と持続可能エネルギーの両立を目指す。
(沖縄科技大「サステナブルリビング実験棟=沖縄県恩納村)
電源は電力会社の系統から独立し、建物裏の風車(出力2キロワット)と屋根の太陽光発電パネル(同7キロワット)で発電。定置式と交換式のリチウムイオン二次電池にため、住宅とEVで使い分ける。発電パネルと屋根の間には50ミリメートルの空間がある。屋根の上部で熱を集めるためだ。この熱で室内を除湿したデシカント空調の除湿材を乾燥させる。さらに除湿した水は雨水と一緒に地下に貯水、建物周辺に散水し温度を下げるという無駄のなさだ。
室内は除湿と壁面の非結露型放射式冷房で快適な温度を保つ。断熱効果を高めて冷気を逃さず、直射日光を遮ることで温度上昇を避ける。扇風機、掃除機など家電は直流仕様で、直交変換による損失を省く。
共同研究は18年まで。将来の市場としてアジアのほか中東、アフリカも視野に入れる。ミサワホーム総合研究所は日本で販売するまで「10年かかる」という。一方、海外は「プロジェクトベースなら、もっと早まる可能性もある」と期待する。
「ひめゆりの塔」で実証中の汚水浄化
気候と土壌を東南アジア展開に活用するのは、光建設(沖縄県糸満市)と沖創工(那覇市)、アルコ(津市)の3社。独立電源による無電化地域向け汚水処理システムを、糸満市の「ひめゆりの塔」敷地内で実証中だ。
核になるのは汚水の2次処理に土壌を使う点。土壌に定着している微生物による分解機能を浄化に生かす。浄化槽メーカーであるアルコの技術だ。国内では天然土壌を使うが、輸出が難しいため現地調達の土壌をベースに人工土壌を検討する。その土や気候が東南アジアに近いことから、沖縄でモデル事例を構築する。
海外で販売するとともに沖縄県内でも「沖縄ソフィールリフォーム」とし、観光地にある公衆トイレの更新需要を取り込む狙いだ。
チャレナジー(東京都墨田区)は沖縄県南部の南城市で台風による風力発電に挑戦する。8月上旬に装置が完成。清水敦史最高経営責任者(CEO)は「日本は風力大国になれる潜在性を生かしきれていない」と約1年をかけて実用化に向けたフィールド試験に取り組む考え。
実証装置は「垂直軸型マグナス風力発電機」。プロペラを使わず、風速や風向にかかわらず発電できる。理論上、台風時でも安定運転できる。プロペラ式風車は強風や台風では、破損や暴走事故を防ぐためプロペラを止めるのが一般的だ。
垂直方向に立つ主軸周囲の長さ3メートルの円柱が特徴的だが、これらが帆のように風を受けて回るのではない。円柱自体がモーターで自転、回転体に風が当たると働く「マグナス力」で主軸を回す。「野球のカーブボールが曲がる原理と同じ」(清水CEO)という。
実証では台風時の発電だけでなく、日常の微風や乱流での効果を含めて検証する。大手重工メーカーも研究したとされるが実用に至っていない。そこにベンチャーが挑む。
可倒式の風力発電、海外展開も
一方で台風襲来時、風を避けて被害を抑えるのが「可倒式風力発電」。文字通り倒せる風車でワイヤで引っ張って直立させたり寝かせたりできる。予報に応じて事前に倒して風をやり過ごし事故を防ぐ。沖縄電力が4離島で7機を営業運転している。
沖縄電力グループのプログレッシブエナジー(沖縄県中城村)は、フランス・ベルニエ製装置を日本仕様に合わせて設計した。建築基準への適合や軽量化などを施した。倒したまま施工や保守が可能。大型クレーンなどの機器を調達しにくい離島の作業条件を考慮し、島しょ県の知恵を生かしている。
出力245キロワットと大きな電力需要には応えにくいが、太平洋の島々などサイクロン被害を受けやすい地域の電源として海外展開に期待をかける。
台風の被害は風による直接的なものだけではない。巻き上げられた海水による塩害もあり、コンクリートが劣化する原因の一つとなっている。そこで技建(同南城市)は、塩害抑止や高耐久性が特徴の高強度コンクリートを開発した。リュウクス(同うるま市)が一貫生産する混和材「CfFA1種」を生かして実現した。
(高強度コンクリートの打設見本。細かなデザインが可能)
CfFAはゼロテクノ(大分市)が大分大学と開発したフライアッシュ(飛灰)製品。混和すると内部の微細な隙間が埋まり、密度が高まる。その結果、劣化の要因である塩分や水分が侵入しにくくなる。リュウクスでは沖縄を拠点に、アジアへの展開も狙っている。
【気候解説 沖縄の年間平均気温は23.1度C】
沖縄県は全域が亜熱帯気候に属する。気象庁の統計では年間平均気温(那覇、1981―2010年)は23・1度C、湿度は74%。冬期も最低気温は平均14度C台で、10度C以下になることは少ない。
台風発生数の平年値(81―10年、以下同)は年間25・6。そのうち沖縄地方への接近数は7・4だ。本土は5・5だが、46都道府県での集計と比べると沖縄県の多さが理解できる。さらに威力が衰えずに接近して上陸するため被害も大きい。
(文=那覇支局長・三苫能徳)
日刊工業新聞2016年8月16日「深層断面」