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トヨタと経団連会長が語る日本版・産業革命「ソサエティー5.0」

「協調領域を拡大、『産学官金』で成功事例を」
トヨタと経団連会長が語る日本版・産業革命「ソサエティー5.0」

榊原経団連会長(左)と内山田トヨタ会長

 内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員でトヨタ自動車会長の内山田竹志氏に聞く。
 ―「ソサエティー5・0」の実現に向けて産学官連携の重要性を強調しています。産業界の役割をどのように考えていますか。
 「まず産業界が自社における研究開発の進め方を変えて協調領域を拡大すべきだ。そのためには戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)のように社会的な課題に対する出口(事業化)をはっきりさせたテーマ設定が必要だ」

 「官民対話において企業から大学・研究開発法人への投資を今後10年で3倍に増やす政府方針が掲げられたが、民間資金を増やしていくには、投資に見合った研究リターンを得られることが重要だ」

 ―トヨタ自動車がかかわる「協調」領域拡大の具体的な取り組みは。
 「SIPで取り組んでいる『革新的燃焼技術』の開発では、国内4カ所にオープンラボ拠点が作られ、37の大学、3研究機関から研究室単位で60を超える研究室のアカデミアが先端設備を共有し、エンジンの燃焼効率50%向上を目指して産学連携で研究開発を推進している」

 「SIPの『自動走行システム』では、地図メーカーと自動車メーカーが本来競争領域であった3次元地図の分野で協調して自動走行に必要となる『3Dダイナミックマップ』を開発している。地図とそれを活用した新産業創出にもつながるはずだ」

 ―個人情報などデータの利活用が課題になります。
 「コネクティッドカーではクルマから得られるさまざまなデータを使うことによって、お客さまに新たなサービスを提供できる。情報提供の対価として、個人が享受する利便性と情報保護の解釈の折り合いが大切」

 「情報の利活用による新たな価値創造の具体的な事例を示し、実感してもらいながら議論を重ねるのが良いだろう」

 ―日本の産業界を支える中堅・中小企業も「ソサエティー5・0」の恩恵を受けますか。
 「加工費だけの競争では新興国に仕事が流出してしまう。『産学官金』と言っており、金融の役割も重要。各地域の大学が研究人材を補強し、県の補助金やファンドで先行開発を支えねばならない。試作品開発などに参画することで中小企業のレベルが上がり、地域全体が強くなる」

 ―政府への期待は。
 「ドイツは国家レベルで推進体制を一本化しているが、日本は実行フェーズで各省庁の縦割りが顕在化する。省庁の壁を越え、産学官連携がスムーズに運ぶ法整備、規制緩和をお願いしたい。いずれにせよ国民に広く知っていただき、成功事例をみせることが必要だ」

【記者の目・既成概念破り、変わる勇気必要】
 自動車各社が威信をかけて開発し、独自の進化を遂げてきたエンジン。そんなクルマの心臓部に「協調」を持ち込んだSIPの「革新的燃焼技術」は、国際競争の激化を背景にした産業構造の転換を象徴する。ソサエティー5・0の実現には産学官それぞれが既成概念を破り、変わる勇気を持つ必要がある。
(文=鈴木真央)

榊原経団連会長「成長戦略の中核に」


 ―経団連は日本版第4次産業革命をソサエティー5・0と称し、21世紀型経済成長をけん引するビッグプロジェクトと位置づけています。どんな未来を描いていますか。
 「ソサエティー5・0は経済発展と社会課題の解決の両立を目指す日本発のコンセプト。IoT(モノのインターネット)やビッグデータ(大量データ)、人工知能(AI)、ロボットといった革新技術を活用し、産業の生産性を高めるとともに日本を超スマート社会に変革する挑戦である」

 ―ドイツの「インダストリー4・0」など諸外国の戦略との違いは。なぜ「5・0」なのですか。
 「ソサエティー5・0の特徴は、広く経済社会全体を捉え、産業の生産性向上だけでなく、生活の利便性の向上や少子高齢化、環境・エネルギー問題など社会課題の解決を視野に入れた取り組み。欧米のコンセプトに比べスコープが広い。『5・0』か『4・0』かは技術進歩をどんな視点で捉えるかの違い」

 「産業の発展段階で捉える『インダストリー4・0』に対し『ソサエティー5・0』は快適な暮らしの実現に向けた社会の発展段階との位置付けだ。狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に次ぐ『第5』の超スマート社会であるから『5・0』と称する」

 ―実現に向け産業界の「胎動」を感じますか。
 「強く感じる。先月開催された経団連の夏季フォーラムでは各社の取り組みや産学官連携の成果について紹介がなされた。国内企業に閉じない連携や破壊的イノベーションに果敢に挑むことでビジネスチャンスを獲得できるといった議論も深められた」

 ―経営者からは、オープンイノベーションの重要性や協調領域の戦略的拡大を指摘する声が相次ぎました。
 「同感だ。産学官連携を活性化する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)や革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)などの取り組みは継続と拡大を求めたい。いずれもソサエティー5・0の実現に寄与する政府研究開発プログラムであり、優れた成果が表れている」

 ―政府への期待は。
 「まずはソサエティー5・0を、政府が目指す国内総生産(GDP)600兆円実現に向けた成長戦略の中核に位置付けるべきだ。経団連が4月にまとめた提言では、ソサエティー5・0の実現には省庁、法制度、技術、人材、社会受容の『五つの壁』を指摘した。政府はそれら壁の突破に向けた環境整備を求めたい」

【記者の目・規制改革踏み込めるか】
 榊原会長が指摘する「五つの壁」。まず乗り越えなければならないのは省庁の壁だ。ソサエティー5・0が包含するテーマは多岐にわたるため、検討の場もそれだけ多くなる。政府全体の司令塔となる官民会議が設置され近く初会合が開かれるが、分野横断的な施策や規制改革に踏み込めるかがカギとなる。
(聞き手=神崎明子)

ファシリテーター・永里善彦氏の見方


 「ソサエティー5.0」は、「インダストリー4.0」で先行するドイツや「インダストリアル・インタネット」の米国に比較して、コンセプトが先行し実態は緒に就いたばかりである。即ち、課題先進国の日本には克服すべき課題が多々あり、課題を克服することによりイノベーションを起こし新しい産業を創出する。解決策としてのモノ/技術/サービスを世界に展開し世界に貢献すると。

 しかし解決策の提示は簡単ではない。どうやってイノベーションを起こすのか。本シリーズで経済界トップへのインタビューを通じ、経団連が率先してソサエティー5.0を実現しようとする意気込みが伝わる。イノベーションを起こす手段としては、オープンイノベーションによる共同研究で協調領域を広げ、そのソリューションを引き出す。知のプロフェッショナルである大学を巻き込んだ組織対組織の産学官金の真剣な共同研究が求められる。
日刊工業新聞2016年8月10日/11日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
2001年に策定された「第2期科学技術基本計画」以降、国の研究開発投資を「GDP比1%確保」という目標が掲げられているものの、現在は0・8%弱。主要国が研究開発投資を増額している状況を考慮すれば心許ない。現在、民間が大学に投資する研究開発費は大学の研究開発費全体の2・5%。これはドイツの14%と比べて非常に低く、改善の余地がある。民間の資金や大学の知の「橋渡し役」となる「特定国立研究開発法人」の役割も期待される。理化学研究所、産業技術総合研究所、物質・材料研究機構の3機関が指定されたが、3機関自身も変わっていなかければ「絵に描いた餅」に終わる。

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