このまま日本はドイツに標準化で負けてしまうのか!?国際電気標準会議で主導権
「抽象的過ぎて我々の脅威になるかは分からない」と冷静な声に野間口氏は何を思う、、
ドイツが国家戦略とする第4次産業革命構想「インダストリー4・0(I4・0)」の国際標準化で新たな動きをみせた。ドイツ技術者協会(VDI)など主要産業団体が4月にI4・0標準化の枠組みに関する報告書を公表。ドイツは現在、国際電気標準会議(IEC)で標準化の議論を主導しており、今後は同報告書を基に規格づくりが進む見込み。漠然とした記述も多いが、いまだ方針の定まらない日本と比べ大きく先行している。
VDIや電気・電子及び情報技術協会(VDE)、ドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI)が独語でまとめた報告書のタイトルは「参照構造モデル インダストリー4・0」だ。標準化の前提となるビジネスや設備の階層などの枠組みを示した。報告書を読んだ日本の関係者は「抽象的過ぎて我々の脅威になるかは分からない」と冷静な見方だ。
ただ、IECでI4・0標準化を検討する戦略検討グループ(SG8)では、次回会合を6月にも開催し、ドイツがそこで同報告書を提示する見通しだ。日本としても対策が急務なのは確かだ。
そこで危機感を抱いた電機業界などの有志が非公式で近く集まり、同報告書の調査研究を始める予定だ。ドイツの狙いや背景などを突きとめて、今後の会合で日本勢に不利にならないよう準備する方針だ。
一方、同じIECでも米国が主導する別の特別作業グループ「Factory of the Future」も動いている。6月に“未来の工場”の標準化の方向性を定める白書をまとめる予定。米国がドイツの動きをけん制したい思惑があるようだ。同グループの会合には米国の産業機器メーカーのイートンや独シーメンス、日立製作所、三菱電機など国内外の有力企業が参加している。
すでに白書の原案は出来上がっている。もっともその内容は“現在”の各国・各社の市場・技術動向に終始していると一部で指摘され、将来の方向性を示しているわけではなさそうだ。日本の関係者からも「大きな問題にはならない」と安堵(あんど)の声が上がっている。
独米が標準化で火花を散らすのは、あらゆるモノがインターネットを介してつながる世界において、インターフェースの規格統一が最優先の課題だからだ。同じ製造業大国としてどうあるべきか―。日本の姿勢が強く問われている。
(日刊工業新聞2015年05月08日2面)
<関連記事>
日本の中で標準化の重要性を最も強く発信してきたのが、三菱電機の野間口有相談役。昨年開催された国際電気標準会議(IEC)東京大会の組織委員会委員長を務めた時のインタビューと、過去の提言をお届けする。
―国際標準化に対する産業界の理解は深まっていますか。
「今回のIEC東京大会誘致にあたって、『産業界が厳しい環境にあるので資金確保に苦労するだろう』というのが大勢の見方だった。組織委員会委員長としてなりふり構わずお願いに回る覚悟をしていたが、(事務方中心に)大手企業だけでなく中堅・中小企業に説明して回った結果、その必要はなかった。非常に早い段階で資金のめどが付いた。産業界が標準化の重要性を認識して素直に賛同してくれたおかげだ」
―ただ、経済産業省の有識者会議などで企業経営者の意識改革が課題に挙げられました。ご自身は三菱電機の社長・会長時代に標準化活動をどのように見ていましたか。
「単に個々の製品をヒットさせて短期的な売り上げ拡大を目指すよりも、会社が長期にわたってマーケットの期待に応えられる体質づくりに努めた。私の時代が良くても、退いた後で元に戻ってしまってはダメだ。知的財産や標準化は会社のビジネスを世界に息長く提案していくための重要な取り組みだ。国際標準を軸にして世界で伸ばしていこうとしていた、FA(工場自動化)や交通分野などのビジネスを大いに応援した」
―国に今後求める役割は。
「標準を提案したいけれども、進め方に戸惑っている企業がまだ多い。日本規格協会(JSA)をはじめ相談窓口は増えているものの、敷居が高く感じたり、日頃の経営に追われて大変だったりする。首都圏だけでなく、各地域ごとにきめ細かなサポートができる体制整備が必要だ。また、欧米から地政学的に離れていて、日本で国際標準規格への適合を認証する仕組みが十分整っていない。国もその重要性を認識してはいるが、産業界との対話を深めて日本国内の認証環境を充実させる努力が求められる」
―標準規格は一般消費者にも身近な存在になってきています。
「国際標準化に関わるセミナーやシンポジウムを開くと、企業の製造責任者や営業責任者だけでなく、地方自治体や消費者も含めて多くの参加がある。一般庶民にとって、ちゃんと安全が確保された製品だという安全・安心の証明だ。標準はサプライヤーにとってはパスポートで、一般消費者にとっては安心できる基盤だ」
(聞き手=鈴木岳志)
(日刊工業新聞2014年10月30日2面)
<2013年12月に掲載した『広角』より>
顧客志向のモノづくりやサービスを提供する上で、国際標準を策定することが極めて重要になる。例えば太陽電池。日本の太陽電池は信頼性が高いものの、業界全体で製品寿命の適切な評価方法が確立されていない。一部の海外メーカーはその意識が希薄で、野放しにしておくと、産業として健全な成長の阻害要因になる。
顧客が納得するデータや仕組みを構築することは、購入者の意思決定に役立つ。現在、日本が主導している太陽電池の長期信頼性評価は「後追いの標準化」になってしまったが、より良い製品の普及を促すためには、大変意義のある取り組みである。
米国はマイクロソフトやグーグルなど自由競争で勝ち残った企業がデファクト(事実上)標準を握ることを重視する社会。一方で欧州は国際標準化機構(ISO)や国際電気標準会議(IEC)などが策定するデジュール(公的)標準を重視する。三菱電機の競合相手でもあるドイツ・シーメンスなどは、デジュールを経営戦略の中枢に組み込むことが自然にできている。
わが国は2006年に国際標準総合戦略を策定し、10年には七つの戦略分野を決め相当に理解が進んできた。スマートグリッド(次世代電力網)などで積極的な提案を始めているが、オールジャパンだけで物事を動かそうとしてもうまくいかない。日本が主導しながら各国政府や標準化機関などと連携することが求められる。
企業も標準化に対し、受け身の姿勢では技術のフロンティアが拡大しているイノベーション競争には生き残れない。これまでは他者が作った土俵であっても、モノづくり力などで勝負できるという過信があったのかもしれない。「まじめなモノづくり」が正当に評価され、しかも簡単に模倣されないようにするためには、知財や標準面でのオープン・クローズ戦略が重要な時代となっている。
これからは、研究開発や生産などと同時に、最初からこの製品がどうしたら国際標準になるかを最初から考えたグローバル展開が欠かせない。必ずしも量的な拡大がなくても顧客の信頼は得られる。それが回りまわって企業ブランドの向上や、ついには規模にもつながる。三菱電機はFA機器で高い国内シェアを持つが、地道にこれらの活動に取り組んだことでグローバルにも存在感を増している。
また、実際に標準化の作業に携わる人材や認証機関の育成も大きな課題だ。日本は世界主要国の中でも官民に最も一体感があるのではないか。私は日本工業標準調査会(JISC)の会長を務めているが、国際会議では経済産業省からのサポートもあり、良い形が出来ていると思う。
14年11月には東京でIECの国際会議が開催される。国内外から約1500人が集まり、標準化に携わる若い人たちにもまたとない機会。私もJISC会長として大会を成功させるべく全力を尽くしたい。10年後には日本から国際的にも活躍し、企業経営においても活躍する人材が数多く輩出されているだろう。
野間口有(のまくち・たもつ)1965年(昭40)京大院理学研究科修士修了、同年三菱電機入社。02年社長、06年会長。09年産業技術総合研究所理事長。13年三菱電機相談役。鹿児島県出身、74歳。
VDIや電気・電子及び情報技術協会(VDE)、ドイツ電気・電子工業連盟(ZVEI)が独語でまとめた報告書のタイトルは「参照構造モデル インダストリー4・0」だ。標準化の前提となるビジネスや設備の階層などの枠組みを示した。報告書を読んだ日本の関係者は「抽象的過ぎて我々の脅威になるかは分からない」と冷静な見方だ。
ただ、IECでI4・0標準化を検討する戦略検討グループ(SG8)では、次回会合を6月にも開催し、ドイツがそこで同報告書を提示する見通しだ。日本としても対策が急務なのは確かだ。
そこで危機感を抱いた電機業界などの有志が非公式で近く集まり、同報告書の調査研究を始める予定だ。ドイツの狙いや背景などを突きとめて、今後の会合で日本勢に不利にならないよう準備する方針だ。
一方、同じIECでも米国が主導する別の特別作業グループ「Factory of the Future」も動いている。6月に“未来の工場”の標準化の方向性を定める白書をまとめる予定。米国がドイツの動きをけん制したい思惑があるようだ。同グループの会合には米国の産業機器メーカーのイートンや独シーメンス、日立製作所、三菱電機など国内外の有力企業が参加している。
すでに白書の原案は出来上がっている。もっともその内容は“現在”の各国・各社の市場・技術動向に終始していると一部で指摘され、将来の方向性を示しているわけではなさそうだ。日本の関係者からも「大きな問題にはならない」と安堵(あんど)の声が上がっている。
独米が標準化で火花を散らすのは、あらゆるモノがインターネットを介してつながる世界において、インターフェースの規格統一が最優先の課題だからだ。同じ製造業大国としてどうあるべきか―。日本の姿勢が強く問われている。
(日刊工業新聞2015年05月08日2面)
<関連記事>
日本の中で標準化の重要性を最も強く発信してきたのが、三菱電機の野間口有相談役。昨年開催された国際電気標準会議(IEC)東京大会の組織委員会委員長を務めた時のインタビューと、過去の提言をお届けする。
―国際標準化に対する産業界の理解は深まっていますか。
「今回のIEC東京大会誘致にあたって、『産業界が厳しい環境にあるので資金確保に苦労するだろう』というのが大勢の見方だった。組織委員会委員長としてなりふり構わずお願いに回る覚悟をしていたが、(事務方中心に)大手企業だけでなく中堅・中小企業に説明して回った結果、その必要はなかった。非常に早い段階で資金のめどが付いた。産業界が標準化の重要性を認識して素直に賛同してくれたおかげだ」
―ただ、経済産業省の有識者会議などで企業経営者の意識改革が課題に挙げられました。ご自身は三菱電機の社長・会長時代に標準化活動をどのように見ていましたか。
「単に個々の製品をヒットさせて短期的な売り上げ拡大を目指すよりも、会社が長期にわたってマーケットの期待に応えられる体質づくりに努めた。私の時代が良くても、退いた後で元に戻ってしまってはダメだ。知的財産や標準化は会社のビジネスを世界に息長く提案していくための重要な取り組みだ。国際標準を軸にして世界で伸ばしていこうとしていた、FA(工場自動化)や交通分野などのビジネスを大いに応援した」
―国に今後求める役割は。
「標準を提案したいけれども、進め方に戸惑っている企業がまだ多い。日本規格協会(JSA)をはじめ相談窓口は増えているものの、敷居が高く感じたり、日頃の経営に追われて大変だったりする。首都圏だけでなく、各地域ごとにきめ細かなサポートができる体制整備が必要だ。また、欧米から地政学的に離れていて、日本で国際標準規格への適合を認証する仕組みが十分整っていない。国もその重要性を認識してはいるが、産業界との対話を深めて日本国内の認証環境を充実させる努力が求められる」
―標準規格は一般消費者にも身近な存在になってきています。
「国際標準化に関わるセミナーやシンポジウムを開くと、企業の製造責任者や営業責任者だけでなく、地方自治体や消費者も含めて多くの参加がある。一般庶民にとって、ちゃんと安全が確保された製品だという安全・安心の証明だ。標準はサプライヤーにとってはパスポートで、一般消費者にとっては安心できる基盤だ」
(聞き手=鈴木岳志)
(日刊工業新聞2014年10月30日2面)
<2013年12月に掲載した『広角』より>
顧客志向のモノづくりやサービスを提供する上で、国際標準を策定することが極めて重要になる。例えば太陽電池。日本の太陽電池は信頼性が高いものの、業界全体で製品寿命の適切な評価方法が確立されていない。一部の海外メーカーはその意識が希薄で、野放しにしておくと、産業として健全な成長の阻害要因になる。
顧客が納得するデータや仕組みを構築することは、購入者の意思決定に役立つ。現在、日本が主導している太陽電池の長期信頼性評価は「後追いの標準化」になってしまったが、より良い製品の普及を促すためには、大変意義のある取り組みである。
米国はマイクロソフトやグーグルなど自由競争で勝ち残った企業がデファクト(事実上)標準を握ることを重視する社会。一方で欧州は国際標準化機構(ISO)や国際電気標準会議(IEC)などが策定するデジュール(公的)標準を重視する。三菱電機の競合相手でもあるドイツ・シーメンスなどは、デジュールを経営戦略の中枢に組み込むことが自然にできている。
わが国は2006年に国際標準総合戦略を策定し、10年には七つの戦略分野を決め相当に理解が進んできた。スマートグリッド(次世代電力網)などで積極的な提案を始めているが、オールジャパンだけで物事を動かそうとしてもうまくいかない。日本が主導しながら各国政府や標準化機関などと連携することが求められる。
企業も標準化に対し、受け身の姿勢では技術のフロンティアが拡大しているイノベーション競争には生き残れない。これまでは他者が作った土俵であっても、モノづくり力などで勝負できるという過信があったのかもしれない。「まじめなモノづくり」が正当に評価され、しかも簡単に模倣されないようにするためには、知財や標準面でのオープン・クローズ戦略が重要な時代となっている。
これからは、研究開発や生産などと同時に、最初からこの製品がどうしたら国際標準になるかを最初から考えたグローバル展開が欠かせない。必ずしも量的な拡大がなくても顧客の信頼は得られる。それが回りまわって企業ブランドの向上や、ついには規模にもつながる。三菱電機はFA機器で高い国内シェアを持つが、地道にこれらの活動に取り組んだことでグローバルにも存在感を増している。
また、実際に標準化の作業に携わる人材や認証機関の育成も大きな課題だ。日本は世界主要国の中でも官民に最も一体感があるのではないか。私は日本工業標準調査会(JISC)の会長を務めているが、国際会議では経済産業省からのサポートもあり、良い形が出来ていると思う。
14年11月には東京でIECの国際会議が開催される。国内外から約1500人が集まり、標準化に携わる若い人たちにもまたとない機会。私もJISC会長として大会を成功させるべく全力を尽くしたい。10年後には日本から国際的にも活躍し、企業経営においても活躍する人材が数多く輩出されているだろう。
野間口有(のまくち・たもつ)1965年(昭40)京大院理学研究科修士修了、同年三菱電機入社。02年社長、06年会長。09年産業技術総合研究所理事長。13年三菱電機相談役。鹿児島県出身、74歳。
日刊工業新聞2013年12月04日 1面