トランプ氏を大統領候補に正式指名。対クリントン氏、決戦の行方とTPP問題
11月の米大統領選挙に向け、米共和党は19日の全国大会で、ドナルド・トランプ氏(70)とインディアナ州知事のマイク・ペンス氏(57)を正副大統領候補に指名した。民主党は来週、ヒラリー・クリントン前米国務長官(68)を大統領候補に指名する。現時点ではクリントン氏優勢だが、両候補とも日米など12カ国が大筋合意した環太平洋連携協定(TPP)に反対している。日本企業にとっては最終盤まで安心できない展開になっている。
直近の世論調査(14日時点の米RCP)によると、クリントン氏の支持率が44・0%、トランプ氏が40・9%で、クリントン氏が3・1ポイントリードしている。米国総人口の2割弱を占めるヒスパニックが、リベラルなクリントン氏支持に回っていることがわずかな差に表れている。
しかし、クリントン氏が米国民に好かれているわけではない。みずほ総合研究所の調べによると、両候補はともに過去に大統領選挙で負けた候補と比べても、好感度は低い。クリントン氏は夫も含め、長年、政界の座に居座り続けていることや大企業が多いウォール街との緊密な関係が嫌気されている。好きではないが、破廉恥な発言を繰り返すトランプ氏よりは「まとも」(みずほ総合研究所の安井明彦欧米調査部長)という理由で選ばれている。
日本企業にとっては、大統領選の争点の一つ、TPPの行方が最大の関心事だ。トランプ氏は6月末のペンシルベニア州の演説で「TPP離脱」を宣言。クリントン氏も明確に反対を表明している。
クリントン氏については「本音ではTPPに触れたくないだろう」(丸紅の今村卓ワシントン事務所長)との見方もある。今村所長が6月のノースカロライナ州の演説を直接聞いたところ、「アンフェアな貿易協定は受け入れない」と述べた後、最後に「TPPも含めて」と付け添えるように発言していたという。その前の中間層への減税などの主張と比べ「貿易の部分は明らかにトーンが下がった」(今村氏)。
内心は別かもしれないが、表向きは反対しているため、仮にクリントン氏が勝っても、市場はTPP発効の遅れを予想し、「日本株は売られる」(BNPパリバ証券の中空麻奈投資調査本部長)と見る向きもある。日本企業にとっては、政治経験豊富で安定感のあるクリントン氏に勝ってほしいところだが、クリントン氏になったとしても波乱含みだ。
●双日総合研究所チーフエコノミスト・吉崎達彦氏
「7対3でクリントン氏が勝つ」
―どちらの候補が勝つと予想しますか。
「7対3でクリントン氏と見る。激戦と言われる州のうち、コロラドなどいくつかの州が、やや民主党寄りにシフトしている。ヒスパニックの支持が背景にあるのだろう。難しいのはトランプ氏が型破りなことだ。これまでの共和党候補は、トランプ氏の土俵に乗せられて負けるか、自分自身がトランプ化(過激化)して自滅した。クリントン氏も戦い方には苦労する」
―トランプ現象をどう分析しますか。
「統計上の景気と生活実感に開きがある。特にトランプ氏を支持する白人の中高年層の中には、産業構造の変化や時代の流れについていけず、仕事を失ったとの不満を持つ人が多い。米国では、同じ条件なら白人ではなく、マイノリティーを採用するよう企業に求めている。逆差別と思っている人もいる」
―TPPの先行きをどう予想しますか。
「クリントン氏は、TPPをやるべきだと百も承知している。国務長官時代にアジア重視のリバランシングを推進していたのはクリントン氏だ。このため、党大会で採択する政策綱領の草案にはTPP反対を明記しなかった。とはいえ、民意もむげにできずかじ取りは難しいだろう。トランプ氏が勝てば、TPPは元の木阿弥だ」
―米国経済は今後、どうなるでしょう。
「経済をけん引する次のフロンティアが見えない。リーマン・ショックがあっても新興国バブルで持ち直したが、その次がない。IT化は人手を減らし、雇用創出には結びつかない。IT業界は無料のサービスを競い合い、消費者に金を使わせない。雇用も消費も明るい展望は見えない」
●みずほ総合研究所欧米調査部長・安井明彦氏
「トランプ氏の“信任”投票に」
―選挙戦はどちらに分がありますか。
「冷静に考えればクリントン氏だが、自信が持てない。英国の欧州連合(EU)からの離脱を問う国民投票では専門家ほど残留を予想し、外れた。離脱派は経済が悪くなるとわかって離脱を支持したのではなく、離脱した方が経済が良くなると本気で考えていた。米国でもトランプ氏が勝つと景気は良くなると思う人がいるかもしれない。世界的に中間層より下の人々の間で、論理的思考が通じない現象がみられる」
―今後の展開をどう予想しますか。
「8月以降のシナリオは二つ。接戦を繰り広げ、最終的にアウトサイダー支持者が増えればトランプ氏。もう一つはクリントン氏が大幅にリードし、圧勝する。後者は両候補の戦いというよりも、トランプ氏の信任投票に近い状況で、同氏に任せたくない人々がクリントン氏に回る」
―両候補の政策をどう評価しますか。
「両者とも年金・医療保険の維持・拡充やインフラ投資重視など大きな政府を志向している点は同じだ。違いは対外政策。移民を巡り、トランプ氏は強制送還も辞さないなど閉鎖的なのに対し、ヒラリー氏は不法移民の合法化を提案し、開放的だ。外交でも米国第一主義で内向きのトランプ氏、国際主義のヒラリー氏と異なる」
―TPPの行方は。
「トランプ氏は絶対反対を貫くだろうが、微妙なのはクリントン氏だ。TPPは原産地規則が緩いなど細かい点まで指摘しており、民主党内からは明確に問題点を指摘しすぎるとの意見がある。就任後は何か修正点を加えないと、支持者に言い訳できず、苦しい状況に追い込まれる」
(文=大城麻木乃)
両者ともに好感度低く
直近の世論調査(14日時点の米RCP)によると、クリントン氏の支持率が44・0%、トランプ氏が40・9%で、クリントン氏が3・1ポイントリードしている。米国総人口の2割弱を占めるヒスパニックが、リベラルなクリントン氏支持に回っていることがわずかな差に表れている。
しかし、クリントン氏が米国民に好かれているわけではない。みずほ総合研究所の調べによると、両候補はともに過去に大統領選挙で負けた候補と比べても、好感度は低い。クリントン氏は夫も含め、長年、政界の座に居座り続けていることや大企業が多いウォール街との緊密な関係が嫌気されている。好きではないが、破廉恥な発言を繰り返すトランプ氏よりは「まとも」(みずほ総合研究所の安井明彦欧米調査部長)という理由で選ばれている。
日本企業にとっては、大統領選の争点の一つ、TPPの行方が最大の関心事だ。トランプ氏は6月末のペンシルベニア州の演説で「TPP離脱」を宣言。クリントン氏も明確に反対を表明している。
クリントン氏「本音ではTPPに触れたくないだろう」
クリントン氏については「本音ではTPPに触れたくないだろう」(丸紅の今村卓ワシントン事務所長)との見方もある。今村所長が6月のノースカロライナ州の演説を直接聞いたところ、「アンフェアな貿易協定は受け入れない」と述べた後、最後に「TPPも含めて」と付け添えるように発言していたという。その前の中間層への減税などの主張と比べ「貿易の部分は明らかにトーンが下がった」(今村氏)。
内心は別かもしれないが、表向きは反対しているため、仮にクリントン氏が勝っても、市場はTPP発効の遅れを予想し、「日本株は売られる」(BNPパリバ証券の中空麻奈投資調査本部長)と見る向きもある。日本企業にとっては、政治経験豊富で安定感のあるクリントン氏に勝ってほしいところだが、クリントン氏になったとしても波乱含みだ。
米大統領選の行方占う
●双日総合研究所チーフエコノミスト・吉崎達彦氏
「7対3でクリントン氏が勝つ」
―どちらの候補が勝つと予想しますか。
「7対3でクリントン氏と見る。激戦と言われる州のうち、コロラドなどいくつかの州が、やや民主党寄りにシフトしている。ヒスパニックの支持が背景にあるのだろう。難しいのはトランプ氏が型破りなことだ。これまでの共和党候補は、トランプ氏の土俵に乗せられて負けるか、自分自身がトランプ化(過激化)して自滅した。クリントン氏も戦い方には苦労する」
―トランプ現象をどう分析しますか。
「統計上の景気と生活実感に開きがある。特にトランプ氏を支持する白人の中高年層の中には、産業構造の変化や時代の流れについていけず、仕事を失ったとの不満を持つ人が多い。米国では、同じ条件なら白人ではなく、マイノリティーを採用するよう企業に求めている。逆差別と思っている人もいる」
―TPPの先行きをどう予想しますか。
「クリントン氏は、TPPをやるべきだと百も承知している。国務長官時代にアジア重視のリバランシングを推進していたのはクリントン氏だ。このため、党大会で採択する政策綱領の草案にはTPP反対を明記しなかった。とはいえ、民意もむげにできずかじ取りは難しいだろう。トランプ氏が勝てば、TPPは元の木阿弥だ」
―米国経済は今後、どうなるでしょう。
「経済をけん引する次のフロンティアが見えない。リーマン・ショックがあっても新興国バブルで持ち直したが、その次がない。IT化は人手を減らし、雇用創出には結びつかない。IT業界は無料のサービスを競い合い、消費者に金を使わせない。雇用も消費も明るい展望は見えない」
●みずほ総合研究所欧米調査部長・安井明彦氏
「トランプ氏の“信任”投票に」
―選挙戦はどちらに分がありますか。
「冷静に考えればクリントン氏だが、自信が持てない。英国の欧州連合(EU)からの離脱を問う国民投票では専門家ほど残留を予想し、外れた。離脱派は経済が悪くなるとわかって離脱を支持したのではなく、離脱した方が経済が良くなると本気で考えていた。米国でもトランプ氏が勝つと景気は良くなると思う人がいるかもしれない。世界的に中間層より下の人々の間で、論理的思考が通じない現象がみられる」
―今後の展開をどう予想しますか。
「8月以降のシナリオは二つ。接戦を繰り広げ、最終的にアウトサイダー支持者が増えればトランプ氏。もう一つはクリントン氏が大幅にリードし、圧勝する。後者は両候補の戦いというよりも、トランプ氏の信任投票に近い状況で、同氏に任せたくない人々がクリントン氏に回る」
―両候補の政策をどう評価しますか。
「両者とも年金・医療保険の維持・拡充やインフラ投資重視など大きな政府を志向している点は同じだ。違いは対外政策。移民を巡り、トランプ氏は強制送還も辞さないなど閉鎖的なのに対し、ヒラリー氏は不法移民の合法化を提案し、開放的だ。外交でも米国第一主義で内向きのトランプ氏、国際主義のヒラリー氏と異なる」
―TPPの行方は。
「トランプ氏は絶対反対を貫くだろうが、微妙なのはクリントン氏だ。TPPは原産地規則が緩いなど細かい点まで指摘しており、民主党内からは明確に問題点を指摘しすぎるとの意見がある。就任後は何か修正点を加えないと、支持者に言い訳できず、苦しい状況に追い込まれる」
(文=大城麻木乃)
日刊工業新聞2016年7月18日日付記事を一部修正