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「中東のシリコンバレー」イスラエルブームは本物か

二国間の経済交流は「かつてないスピードで進展している」(経産省)本当の“つながり”はこれから
 「中東のシリコンバレー」と呼ばれる起業(スタートアップ)大国イスラエル。人口800万人超の小さな国ながら、スタートアップ企業数は年間600―1000社にのぼる。オープンイノベーションを創出するエコシステムを確立し、ベンチャーキャピタル(VC)の総投資額は年間約45億ドル(約4600億円)に達する。日本・イスラエルの二国間関係は着実に進展しており、経済、産業技術分野では具体的成果が出始めている。

東京五輪に高い関心、OEMの提携先探す


 イスラエルのハイテクベンチャー企業12社を招いて4日に東京、6日に大阪で開催された「イスラエルIoT(モノのインターネット)フォーラム」。日本の情報通信企業やメーカー、金融、商社などの関係者が合計400人超参加し、各会場を埋め尽くした。

 サイバーセキュリティーやヘルスケア、スマート家電、エネルギーインフラ故障診断、画像処理センサーなど多岐にわたる技術プレゼンテーションに耳を傾け、イスラエル企業は「東京五輪に高い関心を持っており、ぜひ日本市場に参入したい」「販売、OEM(相手先ブランド)提携先を探している」と訴えた。

 イスラエルは鉱物・エネルギー資源をほとんど持たず、四国程度の狭い国土の多くが砂漠、限られた内需、複雑な中東情勢などの不利を逆手に、約40年前から政府主導でハイテク産業振興に軸足を置いた。その結果、先進的な農業技術やサイバー技術、医療技術、生命科学技術などを生んだ。

海外からのR&D投資額は世界一


 政府によるリスクマネーの供給を通じて欧米資本を呼び込み、国内VCを育成。規制緩和や税制優遇などの政策を打ち出すことで起業を後押ししたほか、約65カ国と二国間協定を結ぶなど積極的な経済外交を展開。現在、約300社の多国籍企業が拠点を構え、海外からのR&D投資額は世界一だ。

 多くはイスラエルのスタートアップ企業を買収する形で参入しており、例えば半導体大手の米インテルはイスラエルで1万人規模を雇用し、経済発展をもたらしている。近年も米グーグルがモバイル端末用カーナビアプリの「ウェイズ(Waze)」を買収するなど欧米大手企業が触手を伸ばしている。

 日本とイスラエルの関係は2017年に外交関係65周年を迎えるが、これまでの経済交流は限られていた。しかし、13―15年にかけて首相や外相、経産相、総務相、経団連関係者らが相次ぎ訪問し、イスラエルからも首相や幹部同行の経済使節団が来日。15年12月には投資協定に実質合意し、知的財産保護をはじめとした投資環境が今後整備される見通しだ。

多業種でM&A加速


 政府のお墨付きを得たことで、民間企業の関心も一気に高まり、14年に楽天が無料通話アプリケーションのバイバーを約9億ドルで買収したのを機に電通や旭化成など多業種でM&A(合併・買収)が加速。今年1月にはソニーがLTE通信向けモデムチップ技術を持つアルティアセミコンダクターを約2億1200万ドルで買収。自社のイメージセンサー技術と組み合わせ、IoT機器やウエアラブル端末向けデバイスを提供する。

 3月には米アップルの「iPhone(アイフォーン)」のロック解除を巡り、サン電子のイスラエル子会社が米連邦捜査局(FBI)に協力したとの見方が広がった。

 また、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)とイスラエル国産業技術開発センター(MATIMOP)が「日イスラエル企業の研究開発協力のための覚書」を結び、民間企業同士の共同プロジェクトに両機関が資金支援する制度を導入。NECやOKI、日本無線、リコー、フュートレック/ATR―Trekの5案件が採択され、先進技術を研究開発する。

 日本貿易振興機構(ジェトロ)は知財を活用した中堅・中小企業の海外進出を支援する「ジェトロ・イノベーション・プログラム(JIP)」の対象にイスラエルを加え、16年度に初めて現地で実施する。

 3月には大阪商工会議所と近畿経済産業局が官民合同ミッションをイスラエルに派遣。村田製作所や日東電工など9社2団体、19人が参加した。イスラエル経産省も西日本イスラエル貿易事務所を大阪市内に開設し、地域交流を深める。

 イスラエルから日本への投資も活発だ。後発医薬品で世界最大手のテバは武田薬品工業と合弁会社を設立。半導体受託製造のタワージャズはパナソニックと合弁会社を設立し、パナソニックの富山県の半導体工場を引き継いだ。他方、チョコレート菓子の「マックスブレナー」、化粧品「SABON(サボン)」など食品・生活用品系の進出も目立つ。

 二国間の経済交流は「かつてないスピードで進展している」(経産省の末松広行産業技術環境局長)のが実態だが、イスラエルは政治的背景を抜きに、自国の経済成長を第一に世界から民間投資を集めており「この5年で中国企業のM&Aなどが増えている」(イスラエル政府関係者)。バブルのような過剰な投資合戦になりかねない。技術やコンプライアンス(法令順守)のリスクを含め、企業価値の目利き力が問われる。

スタートアップのキーマンに聞く


 イスラエルのスタートアップの成功要因や日本との経済協力などについて、イスラエル経済産業省チーフ・サイエンティスト イスラエル・イノベーション・オーソリティ長官のアヴィ・ハッソン氏に聞いた。

 ―政府出資ファンドがリスクマネーを供給し、欧米のVCを引き込む形でベンチャー企業への資金注入を加速したことが成功要因でしょうか。
 「イスラエルにVC業界を確立できた。VC投資額は年間約45億ドルにのぼり、約85%が外国資本だ。今では政府の助けがなくても非常に活気がある」

 ―防衛技術の民間転用が強みでしょうか。
 「過去、サイバー攻撃対策や医療などのコア技術は防衛から派生していた。重要なのは男女とも18歳で徴兵され、技術や実務を身につけることだ。若くして大きな責任を背負い、チームで問題解決に取り組む。失敗しても説明責任を果たせば認められる。これらが起業家精神につながる」

 ―日本との投資協定について。
 「現在議論中で年内にも締結したい。二国間の投資・経済協力の潜在能力は大きい。両国の首相、幹部が積極的に訪問し、交流が活発になっており、楽天やソニーの大きな投資で経済活動協力のトレンドが変わった」

 ―タワージャズがパナソニックと合弁会社を設立するなど日本のハイテク産業への進出も目立ちます。
 「日本での経済活動を強く推奨している。従来、事業パートナーを西洋に求める傾向があったが、今はアジアに向いている。イスラエルはすでに10億ドル規模を(日本に)投資した。協業の話は毎日のように聞ける。半導体領域の製造拠点では日本や中国、台湾に目を向けている」
(文=鈴木真央、青木俊次)
日刊工業新聞2016年7月14日
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
これまでにも、「ハイテク国家」イスラエルに関心を持つ日本企業はけっこうあったものの、アラブ諸国への配慮や「危険なのでは」との思いからか、二の足を踏んでいたのが実情。それがこの2年で政府間交流が急速に進み状況が一変、「政府が後押しするなら」「他社に後れをとりたくない」という日本企業らしい横並び意識も見え隠れする。イスラエルのユニークさは、何より官民や企業をつなぐコネクティビティーがあること。企業のスタートアップへの見方が変わり、今話題の分野であるサイバーセキュリティーやIoT、フィンテック、ヘルスケアなどで豊富な知見を持つイスラエル企業と手を組みたいという思惑も。

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