最高倍率76倍の豪華寝台列車に込められた思い
モノづくりの匠の技が“コトづくり’に変わる時
JR東日本が2017年5月から運行を始める豪華寝台列車「トランスイート四季島(しきしま)」について、17年5―6月出発分の予約が最高倍率76倍、平均6・6倍となった。
応募件数は1234件で、最高倍率となったのは、同年5月1日に出発し、最高級の「四季島スイート」に宿泊する3泊4日のコースで、消費税込みの価格は1人当たり95万円。トランスイート四季島は1泊2日と3泊4日のコースがあり、応募はほぼ半々だったという。
車両デザインを担当した工業デザイナーの奥山清行氏は「モノづくりの匠の技」など日本特有の文化をデザインに込めたと話す。料理を監修するのは日本人で初めてミシュランの一つ星を獲得した日本ホテル総括名誉料理長の中村勝宏氏。「食は旅の醍醐味(だいごみ)。記憶に残る料理を提供したい」という。
料理長は北海道洞爺湖サミットで料理制作に参加した岩崎均氏が務める。地域とのつながりや、随所に上質感を演出した料理の提供を目指す。クルーのユニホームはファッションデザイナーの滝沢直己氏がデザインした。
また出発駅の上野駅には専用ラウンジ「プロローグ 四季島=写真」を設置する。専用ラウンジは乗車前の待ち合わせスペースで、13番線のホーム付近に設置する。チェックインや荷物の預かりのほか、お茶菓子などを提供。デザインは車両と同じく奥山氏が担当する。
最も倍率が高かった四季島スイートは、料金も最も高い部屋になります。
(高屋優理)
―モノづくりはどう変わるべきですか。
「キーワードの一つはイノベーション。技術革新と訳されるが、それ以上の意味を持つ。既存技術を使っても新しいモノを作り出す創意工夫の態度がイノベーションだ。新しい技術なんかなくてもイノベーションは可能だ。米アップルに新しい技術はそんなにない。それでもiPhone(アイフォーン)とか画期的な製品を生み出している」
「技術をどう料理するかが重要。技術とは築地市場に揚がる1本500万円のマグロと同じ。単体でテーブルに出されても誰も食べられない。どうやって、誰が料理するかでマグロの値段が変わる。モノづくりにおける技術が均質化する中で、今こそ新しい料理の仕方、技術をいかに魅力ある商品にするかという本当のイノベーションが必要だ。日本はここが遅れており、意識改革が必要だ」
―日本のモノづくりは魅力的ですか。
「料理人の視点で見れば技術という素材は非常に豊かな国だ。地方都市、地場産業に技術の蓄積がある。料理の仕方、技術の生かし方次第で成長することは可能だ。ただ、それを支える職人が減っている。技術が次世代に残っていない。終身雇用や徒弟制度がなくなったことが大きい」
「マニュアル化や学校教育で教えると言うが、それで教えられる技術はB級の技術。A級の技術はその場で見て盗まないと絶対に伝わらない。職人すら無意識にやっていることが多いからだ。そうした体に染みついているものこそ本当の技術。それを残せるかはあと5年くらいが勝負だ。技術が途切れる前に次世代、次々世代に見せて、教えていかないと日本は韓国や中国と同じグループに入ってしまう」
―企業に求められる変革もあります。
「商品より技術の開発スピードが勝っていた以前の日本は、出てきた技術のネタを商品化すれば良かった。散弾銃を撃って、当たった獲物(技術)を料理する『狩猟型モノづくり』だったが、時代が変わった。商品開発のスピードに技術開発が追いつかなくなった」
「経営資源も限られる中では、数年先にどういう商品を作りたいかというビジョンを最初に決め、それに必要な技術は何かとさかのぼり、技術の種を植える『農耕型モノづくり』が必要だ。種を植える時には、どの花が、いつごろ、何本咲いて、いくらで売るということを決めている。これは極めて高度な経営判断で、企業のアイデンティティーや文化、哲学が重要になる。日本企業は、こうしたビジョンをつくる力と、判断するスピードに欠けている。経営者にこそ最もイノベーションが求められている」
―モノづくりを取り巻く環境も変化しています。
「モノ単体で魅力を発揮する時代が終わり、インフラや社会環境があって初めてモノが生きる時代に移る。インターネットなしにコンピューターを買う人はいない。クラウドコンピューティングもそうだが、すべてのモノはそうした方向に向かう。デザインで一番新しい言葉が『エクスペリエンスデザイン』だ。モノを通じて得る経験をデザインするという考え方」
「これと同様に、日本はモノづくりだけでなく、インフラや環境を整備する『コトづくり』に手をつけないと本当に良いモノは作れない。これがもうひとつのキーワードだ。自動車はインフラとは無縁に車を開発してきたが、公共交通機関、高速道路、都市開発、環境問題など、そうした整備と一体になって開発しないと魅力的な車は作れない」
―コトづくりには異業種や官・学を結びつけるプロデューサー機能が必要です。
「大企業が社内完結で仕事をしてきたこともあり、異業種などにネットワークを持つ個人が育っていない。技術者が全体を知らずに仕事をするケースすらある。全体バランスを見ない中でモノができていく。プロデュースどころか社内コーディネーターすらいない状況だ」
「こうした仕事は各現場をある程度経験して、全体を見られるようになって初めてできる。ビジネススクールを出ただけで、図面も引いたこともないのに設計者に指示するマネジャーはろくなものを作らないが、そういうことが日本では横行している。企業もそうした分業体制で人を育てる。危機的な状況だ」
―奥山さんは山形や福井・鯖江、岐阜・高山などの多くの地場産業と協力して、魅力的な製品をつくってきました。
「さまざまな地場産業を訪れ、一緒にモノづくりをしてきた経験から言えば、プロデューサー的役割をやらせてくれと手を挙げている人は多くいる。ただ、地元の人たちが、業界を守るためとか、外の余計な意見は欲しくないとかで、つぶしてしまっているケースが多い」
「まず、来た人を受け入れ、新しいモノをつくる努力をすればいい。プロデューサーに手を挙げた人が本当に力があるかを見きわめる、これから育ちそうな人材は見逃さない、成功する地場産業はそうしたことができている」
―コトづくり実現に向けての課題は。
「最も問題なのは日本が出口をつくろうとしていないこと。技術は実証実験して、それを実現化したところに根付く。本当に二酸化炭素排出量を大幅に減らしたいなら、環境を産業にしないといけない」
「しかし、出口がないから技術のある日本企業は海外に行く。日本の技術を持って、人を連れて、技術を実現するために海外で必死の努力をする。そして、それが海外の地に根付いてしまい、日本の技術だと思っていたものが海外の技術になる。電気自動車(EV)も日本の技術がカリフォルニアに渡り、そこでEVベンチャーが成長している。EVを日本の技術と言うなら、どこかに電気自動車しか走らない特区をつくればいい。そうしたことをしないと、人材、技術、企業の海外流出が止まらない」
(聞き手=武田則秋)
応募件数は1234件で、最高倍率となったのは、同年5月1日に出発し、最高級の「四季島スイート」に宿泊する3泊4日のコースで、消費税込みの価格は1人当たり95万円。トランスイート四季島は1泊2日と3泊4日のコースがあり、応募はほぼ半々だったという。
車両デザインを担当した工業デザイナーの奥山清行氏は「モノづくりの匠の技」など日本特有の文化をデザインに込めたと話す。料理を監修するのは日本人で初めてミシュランの一つ星を獲得した日本ホテル総括名誉料理長の中村勝宏氏。「食は旅の醍醐味(だいごみ)。記憶に残る料理を提供したい」という。
料理長は北海道洞爺湖サミットで料理制作に参加した岩崎均氏が務める。地域とのつながりや、随所に上質感を演出した料理の提供を目指す。クルーのユニホームはファッションデザイナーの滝沢直己氏がデザインした。
また出発駅の上野駅には専用ラウンジ「プロローグ 四季島=写真」を設置する。専用ラウンジは乗車前の待ち合わせスペースで、13番線のホーム付近に設置する。チェックインや荷物の預かりのほか、お茶菓子などを提供。デザインは車両と同じく奥山氏が担当する。
記者ファシリテーター
最も倍率が高かった四季島スイートは、料金も最も高い部屋になります。
(高屋優理)
デザイナー・奥山清行「革新の本質」
日刊工業新聞2010年1月5日
6年前に予見していた第4次産業革命
―モノづくりはどう変わるべきですか。
「キーワードの一つはイノベーション。技術革新と訳されるが、それ以上の意味を持つ。既存技術を使っても新しいモノを作り出す創意工夫の態度がイノベーションだ。新しい技術なんかなくてもイノベーションは可能だ。米アップルに新しい技術はそんなにない。それでもiPhone(アイフォーン)とか画期的な製品を生み出している」
「技術をどう料理するかが重要。技術とは築地市場に揚がる1本500万円のマグロと同じ。単体でテーブルに出されても誰も食べられない。どうやって、誰が料理するかでマグロの値段が変わる。モノづくりにおける技術が均質化する中で、今こそ新しい料理の仕方、技術をいかに魅力ある商品にするかという本当のイノベーションが必要だ。日本はここが遅れており、意識改革が必要だ」
―日本のモノづくりは魅力的ですか。
「料理人の視点で見れば技術という素材は非常に豊かな国だ。地方都市、地場産業に技術の蓄積がある。料理の仕方、技術の生かし方次第で成長することは可能だ。ただ、それを支える職人が減っている。技術が次世代に残っていない。終身雇用や徒弟制度がなくなったことが大きい」
「マニュアル化や学校教育で教えると言うが、それで教えられる技術はB級の技術。A級の技術はその場で見て盗まないと絶対に伝わらない。職人すら無意識にやっていることが多いからだ。そうした体に染みついているものこそ本当の技術。それを残せるかはあと5年くらいが勝負だ。技術が途切れる前に次世代、次々世代に見せて、教えていかないと日本は韓国や中国と同じグループに入ってしまう」
『農耕型モノづくり』が必要
―企業に求められる変革もあります。
「商品より技術の開発スピードが勝っていた以前の日本は、出てきた技術のネタを商品化すれば良かった。散弾銃を撃って、当たった獲物(技術)を料理する『狩猟型モノづくり』だったが、時代が変わった。商品開発のスピードに技術開発が追いつかなくなった」
「経営資源も限られる中では、数年先にどういう商品を作りたいかというビジョンを最初に決め、それに必要な技術は何かとさかのぼり、技術の種を植える『農耕型モノづくり』が必要だ。種を植える時には、どの花が、いつごろ、何本咲いて、いくらで売るということを決めている。これは極めて高度な経営判断で、企業のアイデンティティーや文化、哲学が重要になる。日本企業は、こうしたビジョンをつくる力と、判断するスピードに欠けている。経営者にこそ最もイノベーションが求められている」
―モノづくりを取り巻く環境も変化しています。
「モノ単体で魅力を発揮する時代が終わり、インフラや社会環境があって初めてモノが生きる時代に移る。インターネットなしにコンピューターを買う人はいない。クラウドコンピューティングもそうだが、すべてのモノはそうした方向に向かう。デザインで一番新しい言葉が『エクスペリエンスデザイン』だ。モノを通じて得る経験をデザインするという考え方」
「これと同様に、日本はモノづくりだけでなく、インフラや環境を整備する『コトづくり』に手をつけないと本当に良いモノは作れない。これがもうひとつのキーワードだ。自動車はインフラとは無縁に車を開発してきたが、公共交通機関、高速道路、都市開発、環境問題など、そうした整備と一体になって開発しないと魅力的な車は作れない」
全体バランスを見ないでモノができていく
―コトづくりには異業種や官・学を結びつけるプロデューサー機能が必要です。
「大企業が社内完結で仕事をしてきたこともあり、異業種などにネットワークを持つ個人が育っていない。技術者が全体を知らずに仕事をするケースすらある。全体バランスを見ない中でモノができていく。プロデュースどころか社内コーディネーターすらいない状況だ」
「こうした仕事は各現場をある程度経験して、全体を見られるようになって初めてできる。ビジネススクールを出ただけで、図面も引いたこともないのに設計者に指示するマネジャーはろくなものを作らないが、そういうことが日本では横行している。企業もそうした分業体制で人を育てる。危機的な状況だ」
―奥山さんは山形や福井・鯖江、岐阜・高山などの多くの地場産業と協力して、魅力的な製品をつくってきました。
「さまざまな地場産業を訪れ、一緒にモノづくりをしてきた経験から言えば、プロデューサー的役割をやらせてくれと手を挙げている人は多くいる。ただ、地元の人たちが、業界を守るためとか、外の余計な意見は欲しくないとかで、つぶしてしまっているケースが多い」
「まず、来た人を受け入れ、新しいモノをつくる努力をすればいい。プロデューサーに手を挙げた人が本当に力があるかを見きわめる、これから育ちそうな人材は見逃さない、成功する地場産業はそうしたことができている」
技術の出口を創ろう
―コトづくり実現に向けての課題は。
「最も問題なのは日本が出口をつくろうとしていないこと。技術は実証実験して、それを実現化したところに根付く。本当に二酸化炭素排出量を大幅に減らしたいなら、環境を産業にしないといけない」
「しかし、出口がないから技術のある日本企業は海外に行く。日本の技術を持って、人を連れて、技術を実現するために海外で必死の努力をする。そして、それが海外の地に根付いてしまい、日本の技術だと思っていたものが海外の技術になる。電気自動車(EV)も日本の技術がカリフォルニアに渡り、そこでEVベンチャーが成長している。EVを日本の技術と言うなら、どこかに電気自動車しか走らない特区をつくればいい。そうしたことをしないと、人材、技術、企業の海外流出が止まらない」
(聞き手=武田則秋)
日刊工業新聞 2016年7月7日の記事に加筆