【連載】基礎からわかる!MRJ(最終回)真の「国産化」へ、50年後の未来は
日本はボーイング、エアバスと並ぶ航空機メーカーを生み出せるか
MRJ特別連載の5回目。前回までは(1)MRJの座席数や投入路線、(2)なぜ今、開発されているか、(3)「GTFエンジン」、(4)なぜ開発は遅れているのか――を解説した。最終回となる本記事では、三菱重工業がMRJによって参入しようとしている旅客機事業の将来展望で締めくくりたい。
◆「国産」の旅客機とは何か
MRJは「あのYS-11以来、半世紀ぶりの国産旅客機」などと形容される。しかし、コストベースで部品の約7割は海外製だ。たとえば、本連載の第3回で詳しく紹介した米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)製のエンジン。または米ロックウェル・コリンズ製の操縦用電子機器(アビオニクス)。ほかにも空気を運ぶダクトや、油圧システム、乗降用・貨物室用ドアに至るまで、海外製品で占められる。日本製は、住友精密工業のランディング・ギア(脚部)、ナブテスコの飛行制御アクチュエーターなどに限られる。こうなると「国産」とは何か?という疑問が湧いてくる。
また、MRJは今秋から飛行試験に入る予定だが、その多くは、米国で実施される見通し。高い高度での離着陸試験や、「機体全体を冷蔵庫に入れるような試験」(岸信夫三菱航空機副社長)など、日本にはない試験環境が整っているからである。三菱航空機は今後、米ワシントン州シアトルに「エンジニアリングセンター」を設置し、新規採用する米国人100人と、日本人(三菱航空機従業員)50人の計150人態勢で飛行試験を実施する計画だ。
◆「高度な擦りあわせ」こそ、国産たるゆえん
機体の“中身”の多くが海外製で、飛行試験の多くも海外で実施されるとなると、いよいよ「国産とは何か」という疑問が強くなる。ちなみに、このほど日本で公開されて話題となった7人乗りのビジネスジェット「ホンダジェット」は、ホンダの米国子会社が開発し、米国や欧州を中心に販売している。
しかし、三菱航空機は「開発主体はあくまで日本」(岸副社長)という立場だ。これには、日本企業が日本で開発する機体なのだから、中身がどうあれ国産である、という意味が込められている。むしろ、部品や装備品に海外製品を使うことは「MRJは実績あるメーカーの部品を使っている」と、航空会社に信頼感をアピールできることにもなるのだ。
旅客機の部品点数は、大型機では400万点にも達する。MRJの部品点数は約95万点だが、それでも一般的な自動車の部品点数(3万点)と比べると30倍ほど。そんな巨大システムを、ひとつの製品としてまとめ上げることは、それ自体が珠玉のノウハウ。業界的には「インテグレーション(統合)」能力と呼ばれるもので、三菱重工の大宮英明会長も、「(航空機とは)最も高度な『擦りあわせ技術』が求められる製品のひとつ」と語る。重厚長大産業の代表格ともいえる三菱重工が、MRJでこうした巨大システムの開発に挑むことは、自然な流れかもしれない。
◆MRJだけでは物足りない?
とはいえ、MRJの1機あたりの価格は、カタログベースで4200万ドル(1ドル120円と換算すれば約50億円)。ボーイングやエアバスの機体と比べて、2分の1から10分の1程度しかない。自動車に例えれば、ボーイングやエアバスが大衆車から高級セダンまで手掛けているのに対して、MRJは軽自動車のような位置付けだ。
仮に、今後20年間で三菱航空機が目標とする1000機を売ったとしても、受注総額は5兆円。年平均にならせば、2500億円となる。これを多いとみるか、少ないとみるか。ちなみに、2014年の日本の航空機生産額は、製造・修理合計で1兆5956億円(日本航空宇宙工業会まとめ)である。筆者は、「1製品としてMRJは大きいが、航空機を『日本の基幹産業』とするには物足りないのでは?」と感じる。
最近、三菱重工や三菱航空機の幹部は、「ポスト・MRJ」について盛んに意見発信するようになってきた。三菱航空機の岸副社長は、今春行われた日刊工業新聞のインタビューで、MRJの後継機開発への思いについて、こう語った。「CS(カスタマーサポート;スペア部品やパイロット訓練といった航空会社向けのサービス)や、SCM(サプライチェーンマネジメント;部品供給網の管理)など、MRJで旅客機メーカーのインフラが整うのだから、それを使って次の飛行機(の開発)につないでいく。完成機事業を継続するということは、ぜひやっていきたいと思うし、MRJだけで終わってしまったら、これだけみんな努力してきたことが、生かしきれない」。
さらに、業界を指導する立場の経済産業省の幹部も、「完成機事業を継続することが最重要」と述べている。MRJを皮切りに旅客機市場に参入する企業を、政府も全力で応援するという立場だ。
◆ボーイング、エアバスと競合するか
すると、次なる焦点は「MRJの後継機種は一体、どんなものになるのか」に移る。MRJがまだ初飛行も済ませていない段階で、その詳細までを検討することは時期尚早かもしれない。しかし、そうも言っていられない事情もある。それは、「ボーイングやエアバスと競合する機体にするのか」という、極めて重大な問題があるからだ。
MRJは座席数が70~90席。その名のとおり、業界では「リージョナルジェット」と呼ばれカテゴリーの旅客機だ。この分野はボーイングやエアバスが機体を投入しておらず、MRJはカナダのメーカーや(ボンバルディア)やブラジルのメーカー(エンブラエル)の機体と競合関係にある。
日本の航空機産業は、民間分野でのボーイング向けの部品製造と、防衛省への機体や部品供給で主に成り立っている。もし、MRJ後継機がボーイングやエアバス(特にボーイング)と競う機種になる場合は、現在のボーイング向け部品製造の仕事が、失われかねないのだ。
一般に、航空機メーカーが新型機を開発する時は、既存の自社モデルよりも大きい、または小さい機体を開発し、製品ラインナップを拡充することが多い。カナダのボンバルディアはまさにその例で、最新鋭機「Cシリーズ」ではボーイングやエアバスの機体と一部競合している。
◆50年先を見すえて
三菱航空機の岸副社長は、先の日刊工業新聞のインタビューで、こうも述べている。「(後継機の開発を)我々だけでできるかは、別の話だ」。
旅客機の開発には、数千億円から時に1兆円以上のお金がかかる。MRJの場合、開発費は1800億円とされているが、実際には3年半にも及ぶ開発遅れで、人件費が膨らみ続けている。後継機も開発するとなった場合、三菱重工単独では開発資金を工面できなくなる可能性も危惧されるのだ。もちろん、資金面だけではなく、人的リソースの面でも、不足が予想される。
業界には長らく、「日本の機体メーカーを統合すべきだ」という議論もある。三菱重工以外にも複数ある機体メーカーを一つにまとめて、より大きな所帯とし、ボーイングやエアバスに伍しうる国産旅客機メーカーを生み出すべきだ、との発想だ。
この議論は、機体メーカー各社の利害が対立するので、実現のめどは立っていない。だが、MRJを皮切りに旅客機市場に参入する日本の、その50年後の将来を考えれば、「大同団結」も選択肢の一つに浮上してくるのではないか。
(この稿おわり。 名古屋・杉本要が担当しました)
※ 最終回掲載が予告日(5月4日)から遅れましたことをお詫びします。
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◆「国産」の旅客機とは何か
MRJは「あのYS-11以来、半世紀ぶりの国産旅客機」などと形容される。しかし、コストベースで部品の約7割は海外製だ。たとえば、本連載の第3回で詳しく紹介した米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)製のエンジン。または米ロックウェル・コリンズ製の操縦用電子機器(アビオニクス)。ほかにも空気を運ぶダクトや、油圧システム、乗降用・貨物室用ドアに至るまで、海外製品で占められる。日本製は、住友精密工業のランディング・ギア(脚部)、ナブテスコの飛行制御アクチュエーターなどに限られる。こうなると「国産」とは何か?という疑問が湧いてくる。
また、MRJは今秋から飛行試験に入る予定だが、その多くは、米国で実施される見通し。高い高度での離着陸試験や、「機体全体を冷蔵庫に入れるような試験」(岸信夫三菱航空機副社長)など、日本にはない試験環境が整っているからである。三菱航空機は今後、米ワシントン州シアトルに「エンジニアリングセンター」を設置し、新規採用する米国人100人と、日本人(三菱航空機従業員)50人の計150人態勢で飛行試験を実施する計画だ。
◆「高度な擦りあわせ」こそ、国産たるゆえん
機体の“中身”の多くが海外製で、飛行試験の多くも海外で実施されるとなると、いよいよ「国産とは何か」という疑問が強くなる。ちなみに、このほど日本で公開されて話題となった7人乗りのビジネスジェット「ホンダジェット」は、ホンダの米国子会社が開発し、米国や欧州を中心に販売している。
しかし、三菱航空機は「開発主体はあくまで日本」(岸副社長)という立場だ。これには、日本企業が日本で開発する機体なのだから、中身がどうあれ国産である、という意味が込められている。むしろ、部品や装備品に海外製品を使うことは「MRJは実績あるメーカーの部品を使っている」と、航空会社に信頼感をアピールできることにもなるのだ。
旅客機の部品点数は、大型機では400万点にも達する。MRJの部品点数は約95万点だが、それでも一般的な自動車の部品点数(3万点)と比べると30倍ほど。そんな巨大システムを、ひとつの製品としてまとめ上げることは、それ自体が珠玉のノウハウ。業界的には「インテグレーション(統合)」能力と呼ばれるもので、三菱重工の大宮英明会長も、「(航空機とは)最も高度な『擦りあわせ技術』が求められる製品のひとつ」と語る。重厚長大産業の代表格ともいえる三菱重工が、MRJでこうした巨大システムの開発に挑むことは、自然な流れかもしれない。
◆MRJだけでは物足りない?
とはいえ、MRJの1機あたりの価格は、カタログベースで4200万ドル(1ドル120円と換算すれば約50億円)。ボーイングやエアバスの機体と比べて、2分の1から10分の1程度しかない。自動車に例えれば、ボーイングやエアバスが大衆車から高級セダンまで手掛けているのに対して、MRJは軽自動車のような位置付けだ。
仮に、今後20年間で三菱航空機が目標とする1000機を売ったとしても、受注総額は5兆円。年平均にならせば、2500億円となる。これを多いとみるか、少ないとみるか。ちなみに、2014年の日本の航空機生産額は、製造・修理合計で1兆5956億円(日本航空宇宙工業会まとめ)である。筆者は、「1製品としてMRJは大きいが、航空機を『日本の基幹産業』とするには物足りないのでは?」と感じる。
最近、三菱重工や三菱航空機の幹部は、「ポスト・MRJ」について盛んに意見発信するようになってきた。三菱航空機の岸副社長は、今春行われた日刊工業新聞のインタビューで、MRJの後継機開発への思いについて、こう語った。「CS(カスタマーサポート;スペア部品やパイロット訓練といった航空会社向けのサービス)や、SCM(サプライチェーンマネジメント;部品供給網の管理)など、MRJで旅客機メーカーのインフラが整うのだから、それを使って次の飛行機(の開発)につないでいく。完成機事業を継続するということは、ぜひやっていきたいと思うし、MRJだけで終わってしまったら、これだけみんな努力してきたことが、生かしきれない」。
さらに、業界を指導する立場の経済産業省の幹部も、「完成機事業を継続することが最重要」と述べている。MRJを皮切りに旅客機市場に参入する企業を、政府も全力で応援するという立場だ。
◆ボーイング、エアバスと競合するか
すると、次なる焦点は「MRJの後継機種は一体、どんなものになるのか」に移る。MRJがまだ初飛行も済ませていない段階で、その詳細までを検討することは時期尚早かもしれない。しかし、そうも言っていられない事情もある。それは、「ボーイングやエアバスと競合する機体にするのか」という、極めて重大な問題があるからだ。
MRJは座席数が70~90席。その名のとおり、業界では「リージョナルジェット」と呼ばれカテゴリーの旅客機だ。この分野はボーイングやエアバスが機体を投入しておらず、MRJはカナダのメーカーや(ボンバルディア)やブラジルのメーカー(エンブラエル)の機体と競合関係にある。
日本の航空機産業は、民間分野でのボーイング向けの部品製造と、防衛省への機体や部品供給で主に成り立っている。もし、MRJ後継機がボーイングやエアバス(特にボーイング)と競う機種になる場合は、現在のボーイング向け部品製造の仕事が、失われかねないのだ。
一般に、航空機メーカーが新型機を開発する時は、既存の自社モデルよりも大きい、または小さい機体を開発し、製品ラインナップを拡充することが多い。カナダのボンバルディアはまさにその例で、最新鋭機「Cシリーズ」ではボーイングやエアバスの機体と一部競合している。
◆50年先を見すえて
三菱航空機の岸副社長は、先の日刊工業新聞のインタビューで、こうも述べている。「(後継機の開発を)我々だけでできるかは、別の話だ」。
旅客機の開発には、数千億円から時に1兆円以上のお金がかかる。MRJの場合、開発費は1800億円とされているが、実際には3年半にも及ぶ開発遅れで、人件費が膨らみ続けている。後継機も開発するとなった場合、三菱重工単独では開発資金を工面できなくなる可能性も危惧されるのだ。もちろん、資金面だけではなく、人的リソースの面でも、不足が予想される。
業界には長らく、「日本の機体メーカーを統合すべきだ」という議論もある。三菱重工以外にも複数ある機体メーカーを一つにまとめて、より大きな所帯とし、ボーイングやエアバスに伍しうる国産旅客機メーカーを生み出すべきだ、との発想だ。
この議論は、機体メーカー各社の利害が対立するので、実現のめどは立っていない。だが、MRJを皮切りに旅客機市場に参入する日本の、その50年後の将来を考えれば、「大同団結」も選択肢の一つに浮上してくるのではないか。
(この稿おわり。 名古屋・杉本要が担当しました)
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