三菱紳士らしからぬ経済同友会トップが考える「国家の価値」
小林喜光氏「経営者の心の中の岩盤を打破し新しい日本の創造につなげたい」
経済同友会は、小林喜光代表幹事(三菱ケミカルホールディングス会長)が就任2年目に入った。「旧(ふる)き衣を脱ぎ捨て、全く新たなる天地を開拓しなければならない」と、焦土に結集した若手経営者が同友会を創立して今年で70年。グローバル化やIT化のうねりは、日本に再び「旧き衣」を脱ぎ捨て未来への針路を切り拓(ひら)くことを迫る。小林氏は今、何を見据えているのか。
―代表幹事就任から1年。見える景色に変化はありますか。
「視座が明らかに変わった。これまでは企業価値の最大化を追求してきたが目下の関心事は『国家の価値』とは何か―。1年あまり模索してきた結果、達した結論は、国家の価値は三つの軸((1)GDPに象徴される経済成長(2)技術革新(3)持続可能性)で捉えることができ、それぞれが織りなすベクトルの絶対値こそが『国家価値』、あるいは『国の品格』と定義したい。その最大化を目指す社会を主導する決意だ」
―政権との向き合い方については。設備投資や賃上げなど経済界は要請される一方のように見えます
「政権とは是々非々で臨むのが基本的なスタンス。経済と政治は車の両輪だが、全く同じである必要はない」
「目指す未来を起点に、いま何をするべきかを考えるバックキャスティングの発想で、国のあり方を長期的な視点から議論できるところに、経済同友会の存在意義がある。加えて僕自身はそこに時代認識をより反映させたい。現在の日本は同友会創立当時に匹敵する激変期にあり、財政再建を急ぎ、企業は新陳代謝を高めなければ、日本は衰退する―。その危機感を共有すると同時に国の行く末を憂うばかりでなく、あるべき未来社会の姿を示し、改革につなげていく行動力を示したい」
―消費税については増税延期論や税率を段階的に引き上げる案も浮上しています。
「段階的な引き上げも含めて、予定通り増税を実施するべきだ。ただ、その際には消費が落ち込まないよう財政出動は必要だ」
―同友会は消費税を毎年1%ずつ、17%まで引き上げるべきだと提言しています。
「20年度のPB黒字化は極めて厳しい目標である。3%という高い名目成長率で試算しても財政収支は6・5兆円規模の赤字。現実から目を背けることなく、財政再建の先送りが日本の未来にどのような結果をもたらすか地に足のついた議論を望む」
(聞き手=神崎明子)
経済同友会の代表幹事に就任以降、「日本」という国のあり方を自問する機会が増えてきた。最近、ふと気になるのが「日本的」なるものの存在である。2020年に向けて日本は大変革を遂げ、「ジャパン・バージョン2・0」に移行する必要があるが、その阻害要因になるのが日本的なるものではないか。日本的なるものを再検証する時期を迎えた。
日本的経営という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)されて久しい。米国の経営学者のジェームズ・アベグレンが著した「日本的経営」が語源で、戦後の日本企業の発展は終身雇用、年功序列、企業内組合の存在があると指摘している。
しかし、アベグレンの分析は今から半世紀以上も前のこと。時代の変遷とともに経営手法は刷新、時代にそぐわない日本的慣行に固執すること自体、日本の成長の障害になっている。
歴史的には日本人は明らかに農耕民族である。村八分になることを恐れ、”和“を尊ぶ民族性を持っている。自分だけ儲ければ良いという発想はなく、格差が欧米に比べて少ないのはこうした考え方が日本人全体の共通価値観になっていることも一因だろう。しかし日本の強みを見いだすことには意義があるが、日本的慣行にこだわり続けることは意味ある行為とは言い難い。
経済に関しても同様だ。経済はサイエンスである。稼ぐ局面は冷徹にかつ科学的に利益を創出し、再分配においては日本的な分かち合いの精神を取り入れるべきである。今の日本人の悪い部分は、肝心な稼ぐところで日本的なやさしさや弱さが露呈してしまう点。本当のやさしさは強くならないと育まれない。
経営者も日本的なるものから脱却する必要がある。安倍晋三首相は「自らがドリルとなって規制という岩盤を打ち破る」と宣言したが、民間部門は政官財の既得権のトライアングルの一角を占めている。岩盤規制の改革などによっては、自社の事業が不利になったり、消滅したりすることすら起こり得るが、その際、経営者自身が抵抗勢力になってしまう可能性も排除できない。
任期中は大過なく過ごすという後ろ向きの姿勢ではなく、自らリスクを取って果敢にチャレンジする積極的な経営を打ち出すことが肝要だ。経営者の心の中の岩盤を打破し、新しい日本の創造につなげたい。世界で戦って勝ち抜けば、自ずと日本的なるものがにじみ出てくるだろう。
―代表幹事就任から1年。見える景色に変化はありますか。
「視座が明らかに変わった。これまでは企業価値の最大化を追求してきたが目下の関心事は『国家の価値』とは何か―。1年あまり模索してきた結果、達した結論は、国家の価値は三つの軸((1)GDPに象徴される経済成長(2)技術革新(3)持続可能性)で捉えることができ、それぞれが織りなすベクトルの絶対値こそが『国家価値』、あるいは『国の品格』と定義したい。その最大化を目指す社会を主導する決意だ」
―政権との向き合い方については。設備投資や賃上げなど経済界は要請される一方のように見えます
「政権とは是々非々で臨むのが基本的なスタンス。経済と政治は車の両輪だが、全く同じである必要はない」
「目指す未来を起点に、いま何をするべきかを考えるバックキャスティングの発想で、国のあり方を長期的な視点から議論できるところに、経済同友会の存在意義がある。加えて僕自身はそこに時代認識をより反映させたい。現在の日本は同友会創立当時に匹敵する激変期にあり、財政再建を急ぎ、企業は新陳代謝を高めなければ、日本は衰退する―。その危機感を共有すると同時に国の行く末を憂うばかりでなく、あるべき未来社会の姿を示し、改革につなげていく行動力を示したい」
―消費税については増税延期論や税率を段階的に引き上げる案も浮上しています。
「段階的な引き上げも含めて、予定通り増税を実施するべきだ。ただ、その際には消費が落ち込まないよう財政出動は必要だ」
―同友会は消費税を毎年1%ずつ、17%まで引き上げるべきだと提言しています。
「20年度のPB黒字化は極めて厳しい目標である。3%という高い名目成長率で試算しても財政収支は6・5兆円規模の赤字。現実から目を背けることなく、財政再建の先送りが日本の未来にどのような結果をもたらすか地に足のついた議論を望む」
(聞き手=神崎明子)
「脱・日本的」世界で勝ち抜く
日刊工業新聞2015年7月31日「広角」より
経済同友会の代表幹事に就任以降、「日本」という国のあり方を自問する機会が増えてきた。最近、ふと気になるのが「日本的」なるものの存在である。2020年に向けて日本は大変革を遂げ、「ジャパン・バージョン2・0」に移行する必要があるが、その阻害要因になるのが日本的なるものではないか。日本的なるものを再検証する時期を迎えた。
日本的経営という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)されて久しい。米国の経営学者のジェームズ・アベグレンが著した「日本的経営」が語源で、戦後の日本企業の発展は終身雇用、年功序列、企業内組合の存在があると指摘している。
しかし、アベグレンの分析は今から半世紀以上も前のこと。時代の変遷とともに経営手法は刷新、時代にそぐわない日本的慣行に固執すること自体、日本の成長の障害になっている。
歴史的には日本人は明らかに農耕民族である。村八分になることを恐れ、”和“を尊ぶ民族性を持っている。自分だけ儲ければ良いという発想はなく、格差が欧米に比べて少ないのはこうした考え方が日本人全体の共通価値観になっていることも一因だろう。しかし日本の強みを見いだすことには意義があるが、日本的慣行にこだわり続けることは意味ある行為とは言い難い。
経済に関しても同様だ。経済はサイエンスである。稼ぐ局面は冷徹にかつ科学的に利益を創出し、再分配においては日本的な分かち合いの精神を取り入れるべきである。今の日本人の悪い部分は、肝心な稼ぐところで日本的なやさしさや弱さが露呈してしまう点。本当のやさしさは強くならないと育まれない。
経営者も日本的なるものから脱却する必要がある。安倍晋三首相は「自らがドリルとなって規制という岩盤を打ち破る」と宣言したが、民間部門は政官財の既得権のトライアングルの一角を占めている。岩盤規制の改革などによっては、自社の事業が不利になったり、消滅したりすることすら起こり得るが、その際、経営者自身が抵抗勢力になってしまう可能性も排除できない。
任期中は大過なく過ごすという後ろ向きの姿勢ではなく、自らリスクを取って果敢にチャレンジする積極的な経営を打ち出すことが肝要だ。経営者の心の中の岩盤を打破し、新しい日本の創造につなげたい。世界で戦って勝ち抜けば、自ずと日本的なるものがにじみ出てくるだろう。
日刊工業新聞2016年4月28日の記事から抜粋