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応答速度・集積密度はMRAMの100倍、次世代メモリー有望候補「交替磁性体」実用化への現在地

応答速度・集積密度はMRAMの100倍、次世代メモリー有望候補「交替磁性体」実用化への現在地

硫化鉄単結晶と関教授

第三の磁性体「交替磁性体」が次世代メモリーの有望候補として注目されている。磁気抵抗メモリー(MRAM)に比べて応答速度や集積密度が100倍になると期待される。交替磁性体は日本で理論が提唱され、実際に室温で機能する物質が見つかった。メモリー開発にはMRAMの知見を生かせる。MRAM自体も日本がけん引してきた分野だ。実用化に向け最短距離を走る準備は整っている。負けられない戦いが始まる。(小寺貴之)

「温泉で湧いている黄色いもそもそが原料になるかもしれませんね」―。東京大学の関真一郎教授は困った顔で笑う。記者会見での1コマだ。硫化鉄が室温で読み書き可能な交替磁性体になることを実証した。鉄も硫黄も埋蔵量が多く資源リスクが小さい。マンガン・テルルなどの物質が探索されてきたが、答えはありふれた元素の組み合わせだった。

交替磁性体は物質全体の磁化はゼロにもかかわらず仮想的な磁場を持つ。硫化鉄の場合は、鉄原子が三角形に並んだ硫黄に上下から挟まれながら互い違いに積層している。鉄スピンの向きが直上の硫黄の三角形と同じ方向を向くか、反対を向くかで仮想磁場の向きが変わる。関教授らは硫化鉄単結晶の仮想磁場を外部磁場で反転させ電気的に識別した。

この仮想磁場は強磁性体の磁場と同じ働きをすると理論的に予想されている。MRAMのように磁気トンネル接合素子(MTJ)を作れば電気的に書き込んで読み出せる。そしてMTJから磁場が漏れないためMTJを高密度に並べられる。一つの素子は数ナノメートル(ナノは10億分の1)四方と小さく、MRAMの100倍以上の素子が集積可能になる。

交替磁性体の評価

交替磁性体は2019年に東京電機大学の中惇准教授らが理論を提唱した。その後ドイツの研究チームがAltermagnet(交替磁性体)と命名して注目されるようになった。次世代メモリーの有望候補として競争が激化している。24年は東大の益田隆嗣教授らがマンガン・テルルでマグノンスペクトルの観測に成功した。益田教授は「光で読み書きできる物質が次の目標」と説明する。磁気光学効果が確認されれば光電融合などに利用できる可能性がある。

日本は理論も実験も研究をけん引してきたと言える。そして硫化鉄による実証でデバイスへの応用研究が本格化する。ここで東北大学をはじめとするMRAMの研究資産が生きる。関教授は「基本的にはMRAM磁性層の強磁性体を交替磁性体に置きかえるだけですむ」と説明する。

硫化鉄の原理実証は単結晶だったため、高品質薄膜のプロセス技術やMTJの最適化、メモリーとしての設計最適化が必要になる。そして交替磁性体の利点を最大限引き出すには線幅が数ナノメートルの配線を自在に引く技術が要る。MTJを極限まで小さくしても配線が太ければ意味がない。関教授は「メモリーの集積限界が配線幅になる」という。実用化へは半導体研究の総合力が問われることになる。

日刊工業新聞 2025年01月06日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
高速・高密度・不揮発なのでメモリとストレージのどちらにも挑戦できると期待されています。まだ単結晶で原理が確認されただけですが、賭けてもいいんじゃないかと思えてしまいます。薄膜のプロセスに適合させてMTJを作ってメモリに仕上げる。MRAMの経験や財産を生かせば10年かからないかもしれません。ただ一つのMTJの大きさを数nmにまで小さくできても、配線も数nm以下にしないと高密度化の恩恵が得られません。一昔前なら諦めていた最先端技術も、いまなら挑戦できるようになってきました。OISTの二重露光フィールド技術と組み合わせたら安く作れないかと思います。次世代フラッシュストレージとして量産してダンピングして、そこらへんのIoT機器にもなぜか数十TBのフラッシュストレージが載っているようになれば6Gが必要とされるような気がします。

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