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だまされる触覚・広がる身体…最先端研究が模索するVRの可能性

人間の触覚はだまされやすい―。この性質を利用して新しい身体やコミュニケーションを模索する研究が広がっている。自分の身体をスライムやロボット、クマなどに変えて他者や環境とつながる。仮想現実(VR)なら簡単にできてしまう。ぬいぐるみを抱きしめて気持ちを落ち着かせるように、ぬいぐるみとなって誰かに作用すれば自分にも効果があるかもしれない。何かできそうだが、まだ分からない。研究者たちが探る可能性を追った。(小寺貴之)

名古屋市大 伸びるスライムの手

「触覚は意外と簡単にだませてしまう」と名古屋市立大学の小鷹研理准教授は説明する。スライムハンド錯覚をVRに展開する。同錯覚は手を軽くつねりながら、手の代わりのスライムを伸ばすと自分の手もスライムのように伸びたと感じる。現実世界では鏡を介して手とスライムを置き換えるが、VRではより自然な文脈でスライムになれる。現実の自分の手はつねられているだけだが、皮膚がメートル単位で伸びるように感じる。

名古屋市大のスライムハンド実験。右がVR体験の映像、自分の手がスライムのように伸びたと感じる

スライムは凍らせたり、壁に貼り付けたりと現実のスライムではできない表現もVRなら可能になる。佐藤優太郎大学院生は「自分の身体を伸ばしてペタペタと部屋に貼り付けて合図をもらうなど、身体と環境をつなぐ仕組みにしたい」と説明する。伸びた身体には他者が触れる。他人の許容できる限界のパーソナルスペースを拡張できるかもしれない。

慶大 クマの触感・質感入れ替え

慶応義塾大学の脇坂崇平特任助教は、触れた物の触感と自分の身体の質感が入れ替わる錯覚を発見した。例えば視覚は自分の手をクマの手に置き換え、自分の手を毛皮で触られる。すると自身の手が毛皮になったかのように感じてしまう。綿や風船、針葉樹などで検証し、いずれも入れ替わる錯覚がみられた。脇坂特任助教は「入れ替わりやすい触感と質感の組み合わせがある」と説明する。

慶大の触感と質感の入れ替え実験。自身の手が針葉樹になったように感じる

現実世界では鏡と手で検証するが、VRならアバター(分身)になり、全身の質感を変えることが可能だ。ロボットのアバターの場合、冷たいスライムで触られると自分の身体が金属になったように感じる。金属を触った際の冷たく滑らかな触感が想起され、自分の金属製の身体と結び付くため違和感がない。

この錯覚をふわふわの柔らかい身体で検証する方針だ。脇坂特任助教は「VR中ではふわふわの身体が壁にぶつかるが、現実の身体は緩衝材にぶつかる。この感覚を検証したい」と説明する。自分の身体はふわふわという認識が強化されたら、セラピーなどに応用できるかもしれない。

セラピーロボットは癒やし目的でぬいぐるみのようにデザインされる。自身がぬいぐるみの身体となれば役になりきる自信が増し、誰かを癒やして感謝されれば自己肯定感が増すといった可能性はある。こうした効果を精密に測るのは簡単ではない。それでもVRで錯覚を体験すると何にでもなれる気がしてしまう。錯覚で新しい身体の可能性は広がった。どんな形で結実するか注目される。

日刊工業新聞 2024年12月20日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
体験するとみんな面白いと言います。ただ記者が思いつくようなアイデアはきっと誰かが試していて難しかったんだろうなと思います。それが錯覚の実証なのか、自己効力感の向上なのか、サービスのコスパなのか、いずれも簡単じゃないので全部かもしれません。まずは一人一体、自分のアバターをデザインすることから始めるのかもしれないです。なりたい自分、なりたい容姿、なりたい身体、この延長線上にロボットだったり、カピバラだったり、美少女だったり、クマだったり、キャラクター名は控えますがなりたいアバターがあるはずです。HMDを被るだけでなく、全身を毛皮に包まれてクマになる。樹皮に包まれ木になる。風船に包まれ空気になる。そんな自分の心はどう変わる。自然になって破壊される体験は環境教育に使えるかもと思いつつ、きっと誰かがやってるよなと思います。いかがでしょうか。何か思いついたら研究者を捕まえて共同研究を持ちかけてみてください。

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