高雄工業50周年記念対談 モノづくりを変えるイノベーション~3Dプリンターが拓く新しい技術~
技術で世界を変える―。自動車向け駆動部品の製造で発展を遂げた高雄工業(愛知県弥富市、下村豊社長)は、創業以来50年にわたり培ってきた経験と技術力を生かし、新たな挑戦の一歩を踏み出した。関連会社のティーケーエンジニアリング(TKE、同)をグループの開発拠点に据え、技術開発に加速がついている。成果は予想以上に早く現れ、金属3次元(3D)プリンターを使った一体造形誘導加熱(AM)コイルは「2023年〝超〟モノづくり部品大賞」の大賞を受賞。前任の旧東京工業大学学長時代に同大賞の審査委員を務めた益一哉氏(産業技術総合研究所 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センターセンター長)も、その技術に注目した一人だ。創業50周年を機に、下村社長と益氏が対談。日本のモノづくりを変えるイノベーションとは何か―。産学共創のあり方、人材育成の考え方などを語り合った。
「競争力ある部品づくり、戦略的な議論を」
下村 TKEを設立した2021年は、コロナ禍の真っただ中でした。高雄工業は自動車向けの足回り部品の受託加工で成長してきましたが、コロナ禍を機に、次へのステップアップに踏み出せる体制づくりに取りかかる必要があると考えました。装置メーカーとして工具や治具の製品化、ロボットを活用した自動化提案などを自分たちで手がけていけるようになりたいというのがTKE設立の原点です。
益 AMコイルはロウ付け接合が必要だった工程を3Dプリンターが担っていますね。私は半導体研究が専門ですが、ロウ付けに接したことがあります。半導体を製造する関連設備に使われる銅管の接続や、化学気相成長(CVD)の誘導加熱コイルにも使われている接合技術です。
下村 TKEでは、まず自社工場の困り事解決を切り口に技術開発に取り組みました。その一つがロウ付け接合でした。熟練技能が必要な作業ですが、今後を考えればベテランの技能者は減っていきます。そこで、この領域を機械化することをテーマに掲げました。3Dプリンターを活用することで、機械部品の焼き入れに使うAMコイルを安定して、高性能で製作できます。作業コストの低減にもつながります。
益 まさに「たかがコイル、されどコイル」ですね。〝超〟モノづくり部品大賞の受賞は、モノづくり技術にインパクトを与えたと思います。
下村 TKE設立から3年余りでの大賞受賞は、私たちにとっても予想外でした。おかげさまで、今は500件以上のお客さまと取り引きがあり、テスト加工や開発を活発に行っています。取引先の業界はさまざまで、海外からのオファーもいただいています。
益 日本の製造業の強みとして、優れた部品づくりの技術力があることは事実です。ただ、今後は部品に競争力をいかに持たせるかを従来以上に考えなければいけないと思います。一般論としても指摘されていますが、標準化を握れていないことが日本の部品の弱点といわれています。良い部品を作ったから売れるという方程式が通用しにくくなる中で、戦略的な標準化の議論をしていかないと、グローバルに勝ち抜いていくことは厳しいのではないでしょうか。
下村 日本企業が海外に出て行くと、そういった国際的な規格に縛られて、事業化になかなか進めない場面が少なくありません。従来と同じモノづくりで競争するのは正直、キツいものがあります。
益 国の経済システムの生産力を測る経済複雑性指標(ECI)では、日本は30年近くトップなんです。中国や台湾が伸びてきていますが、日本は新しいモノを作ろうとすれば、まだ日本だけで完結して作れるだけの力があるんです。それを生かした日本の競争力とは何か。さらに、中小企業が多く存在することが複雑性の背景にあるとしたら、それを強みに変えるために何をしたらいいのかを真剣に考える時期にきていると感じています。
下村 モノづくりの方法を変えるなり、見直すなりしないと難しいという思いを強くしています。8月に、ドイツで見た工場には衝撃を受けました。海外工場を持たず、生産拠点はドイツのみというのに、年間労働時間1500時間でしっかりと収益を上げている。私が訪問したのは夏休み時期とあって、工場で作業している人員は
ほとんどいません。どうやって生産しているんだろうと思ったんですが、その工場は機械が整然と並び、ロボットを駆使し、測定機も機械に組み入れて自動化が進んでいました。
益 ドイツなど欧州では、夏期に長い休暇を取得するのが当たり前ですからね。モノづくり現場でも同じ。日本とは大違いですね。
下村 もう、発想からして日本と違います。当社の場合ですが、実はAMコイルを手がけたことで、それに通じるのではないかという感触を得ています。3Dプリンターを使って誘導加熱コイルを製作すると、製作期間が大幅短縮し、在庫を持たなくていい。製品を何個作っても品質は変わらず、再現性が高い。この発想を横展開できないかと考えています。年間労働時間の削減について、当社では5年以内に2000時間、将来的には1800時間を目標にしています。
「多様性で成長、インド人材採用」
益 御社ではインド人学生の採用を始めたそうですね。産業界でインド人材といえば、高度IT系人材というイメージです。実際に、米国をはじめとするIT系企業では多くのインドIT人材が活躍しています。モノづくり企業である御社がインド人材をどう活用していくのか、非常に興味があります。
下村 8月に、インド南部にあるNITTE大学からインド人学生3人を正社員として採用しました。TKEの3Dプリンター事業では、最新の装置を導入していますが、課題としてソフト開発に時間がかかっています。彼らには大学で学んだIT系の知識を生かして、活躍してほしいですね。入社の3カ月前から、3DCADの習得などでオンライン研修を行いましたが、インドでトップクラスの理工系総合大学出身とあって、研修の様子から優秀な人材であることがわかりました。NITTE大学からは継続して採用していきたいと考えています。
益 日本の大学は、研究力がダウンしているという指摘があり、我々も受けとめなければなりません。さらに、将来を見ると、大学の研究力に及ぼす少子化の影響は大きいと言わざるを得ません。人口減少の中で、一定の研究レベルを維持しようとなると、留学生の受け入れが選択肢として出てきます。アジア地域とのつながりを強化しており、東工大の場合、アジアからはタイからの留学生がこれまでも比較的多かった。今後はインドネシアの留学生が増えるという見方もあります。
下村 ドイツにあるフラウンホーファー研究機構を見ると、うらやましくなります。欧州最大の科学技術分野の応用研究機関であり、中小企業を含めてドイツの産業、技術革新に大きな役割を果たしています。
益 東工大が連携協定を結んでいるドイツのアーヘン工科大学も大したものですよ。広大な土地に施設が建ち、そこで大学や企業の研究者、学生が一緒に研究に取り組んでいる。企業の寄付で、次々と施設が建ち、研究者が続々と集まってくるという印象です。日本で同じような規模の施設を作ろうとしたら、いったいどこに作れるだろうかと考えてしまうくらい。しかし、日本で次なる産業を起そうとするならば、それくらいインパクトのある取り組みをしなければ難しい。
下村 企業の抱えるさまざまな課題を解決する手段として、大学との共同研究に対する期待は高まっています。大学へのアプローチの方法でアドバイスをお願いします。
益 リサーチ・アドミニストレーター(URA)は技術系のバックグラウンドを持っていて、学内の研究者の専門分野や研究成果などを把握しています。相談のあった課題について、解決策の方向性を示すなど相談に乗ります。また、測定機器など大学は結構、良い設備を持っています。これを利用しない手はない。ほとんどの大学では産学連携推進の入り口となる部署を設置しています。そうした窓口に相談していただくのがいいでしょう。
下村 大学改革でいうと、益先生は東工大で女子学生枠の創設、女性限定教員の公募など教育、研究分野で女性活用に意欲的に取り組んできました。企業も同じで、多様な人材を活用して競争力を高めるタイバーシティー経営が求められています。多様性の推進について、益先生はどうお考えになりますか。
益 一言でいえば、評価軸を変えないと多様性は進まないということです。野球チームに例えて言うんですが、100㍍走らせて、速い順に9人そろえてチームを作ったとする。その一方で、投手に向いている者、打つのが得意な者、守備がうまい者などポジションに応じた評価軸で9人集めたチームとどちらが強いと思いますか。答えは自ずとわかりますよね。広い意味で適材適所が理想です。女性だけで何か作ればいいというのではなく、私は「女性を入れたグループでやってみようよ」と言っています。
下村 それは企業でも同じです。特に、TKEではこれから女性社員を増やしていきたいですね。3Dプリンター事業での成果を評価いただいたことで、見学やインターンシップの希望が多数寄せられるようになり、その中には女子学生が少なくありません。学校でも3Dプリンターを教える授業はないですから、当社を見学に訪れる若者たちは目を輝かせて見ています。インド人材も含めて、まず20人体制くらいでソフト開発をスタートしていけば、面白いことができるのではないかと期待が持てます。
益 ただ、大学生は未だに、大企業志向が強い。特定の分野で、有名な企業は学生が思っている以上にあります。ニッチな分野でも、業績がしっかりとした会社がたくさんあるにもかかわらず、学生の目が向かないのは残念で仕方がない。
下村 言い方が的確かはわかりませんが、私は就活を前提としたアルバイトとして学生を雇ってみたらどうだろうと思うんです。1日、2日の会社見学で就職先を決めているのが就活の現状ですが、それでは仕事の本質を理解できるはずがない。実際、当社で3Dプリンターでの設計などを見た学生は、すごく喜びます。いい体験ができたと。学生のうちに、職業として仕事を経験させる場を作るのも企業の役目だと、最近は強く感じています。
益 同感です。私も学生たちに就業体験は必要だと感じています。一部の大学では就業体験を取り入れています。工業高等専門学校(高専)の学生に対して企業から評価が高まっていますが、高専の学生は現場に近いところで、自ら実践し、体験しているからだと思うんです。留学生を含めて、さまざまなバックグラウンドを持つ人材を一定レベルまで引き上げるという教育を日本はしてこなかった。画一的な教育の限界が見えています。3Dプリンターを使ったモノづくり革新とともに、多様性を競争力に結びつける取り組みを進める高雄工業とTKEの事業展開に注目したいと思います。
下村 ありがとうございます。3Dプリンター事業を通じて得た最大の収穫は「自分たちでイノベーションを起こせるんだ」という自信です。日本のモノづくりに競争力を取り戻す方策の一つとして、大学の研究力を活用しながらオープンイノベーションを起こすことで、さらにモノづくりの変革を加速することができると思います。高雄工業グループは社員1人ひとりが挑戦者です。グループ一丸となって、新しいモノづくりで日本の未来を変えていきます。
高雄工業株式会社:https://www.takao-net.co.jp/
ティーケーエンジニアリング株式会社:https://www.takao-net.co.jp/tke/