父親に数百万の借金で特許取得後起業、勉強嫌いの女子中生社長が目指すものとは?
大人でも起業するには、さまざまなハードルを乗り越えなければならないが、弱冠12歳、小学校6年生で会社を設立した女子社長がいる。ヘアアクセサリーの製造・販売を手掛ける水野 舞さんがその人だ。「素敵な大人たちと一緒におもしろいことができそうだと思って設立した」というが、小学生で数百万円の借金を背負った彼女の覚悟とは————。
小学生でも社長になれるか?
日本は会社をつくりやすい国だといわれ、高校生や大学生で起業する人はゴロゴロいる。さすがに小学生ではなれないかと思われるが、答えはYESだ。
会社の設立を規定する会社法によると、発起人の年齢や資格には制限はない。ただし商品の売買や不動産契約と同様に、法人設立の定款認証や会社登記は法律行為となるので、未成年者が発起人になるには、法定代理人(親権者)の同意が必要となる。つまり親などの同意やサポートがあれば、何歳でも社長になれるわけだ。国内の小学生社長は数人おり、その中の一人が水野 舞さん(14)だ。
現在は中学2年生だが、会社設立は小学校6年生、12歳の時。会社名は「マイヤリングス」で、名前の“舞”とイヤリングを合体させたものにちなむ。
特許を取得し、12歳で数百万の借金を背負う
「マイヤリングス」は、現在3期目。ヘアアクセサリーの「マイヤリング®」の製作と販売をメインに行なっている。
「ママのピアスは可愛いなー。私もしたいなあ」という幼稚園児だった舞さんの憧れが会社の出発点だ。日本でも海外でも、イヤリングよりピアスのほうがスタイリッシュで、デザインのバラエティが豊富。おしゃまな舞さんは、母のように耳にピアスをつけたかったが、耳に穴をあけるのはハードルが高い。「ならば自分でつくっちゃえ!」とばかり、舞さんはピアス風のアクセサリーづくりに邁進する。
というのも、生後間も無く難病を患い、長い入院生活を余儀なくされていた舞さんの慰めは、マスキングテープでのものづくり。それゆえ、クリエイティブな能力が徐々に磨かれていたのだ。そして、身近にある材料を使って、マイヤリング®の原型を生み出した。小学校2年生の時のこと。
それはヘアピン(パッチン留め)の穴にチャームを通し、耳の後ろの髪の毛に付けるタイプで、まるでピアスのように見えるというもの。髪に付けるから、ピアス禁止の学生や、イヤリングやピアスを付けると耳たぶが痛くなる人、金属アレルギーの人でも装着可能。“ピアスやイヤリングは耳につける”という既成概念を打ち破った。
大学で研究職に就いている父の敬さんが、それを見て「大人では考えつかない子どもならではの視点が素晴らしい。これで特許を取れないか」と思い立つ。
さらには「せっかくの機会だから、舞にも特許のプロセスを学習させたい」と考え、父主導のもと、舞さんは小学校4年生でマイヤリング®の特許を出願。特許とは何か? という基本的なことから、どうしたら特許を取れるのかといったことを、父の知人の弁理士から学んだ。
ヘアピンにチャームをとおすアイデアを、舞さんの発明として出願したわけだが、物事はそう簡単に進まない。特許庁から「これは発明ではない」「世の中に類似品がある」などと返答があるたびに、舞さんは「マイヤリング®のこういう点が世の中にはないアイデアです」と、くじけず、面倒臭がらず、粘り強く対応した。「特許庁とのやりとりも楽しかったです」と言うほどの大物ぶりを発揮する。
それでも、大人でも難解な特許用語には相当苦しめられたし、取得まで時間がかかったのも貴重な経験になった。
「たとえば“請求項”という言葉とか、普通知りませんよね? 請求項とは、特許用語で『クレーム』と呼ばれるのですが、いわゆる苦情のクレームとはまったく違う意味でした。そういう意味のわかんない言葉がいっぱいあったのです。また、特許は時間の戦いだと言われていたのに、出願から取得まで1年近くかかりました」
特許取得費用の高さにも驚かされた。国内だけでなく国際特許や商標も取ったので、申請費用も含めて総額数百万円に上った。舞さんの個人名で取得した特許と商標なので、将来を見越して費用は父から借りることになった。
「頑張って返さないと!って、ファイトが湧いてきました(笑)」
父親からとはいえ、小学生で数百万の借金を抱えるとは。大物ぶりがここでも垣間見える。
銀座でテンションMAX、“ノリと勢い”で小学生社長に
幼い子どものアイデアが特許になる、もしかしたら全世界にまで広まっていくかもしれないし、多くの子どもたちの励みになるかもしれないと、特許取得に積極的だった父と娘は、特許取得後は第三者に委託してマイヤリング®の販売を行うことも計画した。しかしさまざまな経緯を経て、「他人に委ねないで、あなたの会社で売ればいいじゃない?」という言葉に後押しされ、舞さん自身が社長となる会社をつくることとなった。後押ししたのは、マイヤリングスの現・代表取締役を務める安達直美さんと取締役の八村大輔さんだ。彼らは、父・敬さんの知人であり、何社も会社を経営する起業家だ。なぜ安達さんが代表取締役なのかは後述する。
「お二人に相談をするためにお会いした場所は、生まれて初めての東京・銀座だったんです! キラキラした素敵なお店が並ぶ通りを歩いて、完全に舞い上がってしまいました」
その時安達さんに「自分も高校時代に似たような経験をしたけれど、いっそのこと起業してみたら?」と言われ、ワクワクしている自分に気づいた。
「社長になればたくさんの素敵な大人と関わって、おもしろいことができるもしれないとテンションMAXで(苦笑)。『よし、会社をつくろう!』って決めたのです」
ノリと勢いで会社をつくってしまった部分があるが、それも若さの特権だ。怖気付くより先に決断したとは、社長の素質満載である。両親も、娘が自分が決め、信頼できる大人たちが役員を担ってくれるのならばと承諾した。弾みがついたメンバーたちは、この日を境に会社設立に向けて動き出す。
しかし、15歳以下は会社設立のための印鑑証明が取れないので代表権を持てないなど、さまざまな課題はあった。そこで、安達さんが暫定的に代表取締役となったという次第だ。
こうしていくつかの課題をクリアして舞さんは2022年12月12日、小学校を卒業する直前の12歳で晴れて取締役社長に就任。登記に訪れた公証役場で職員に会社設立と特許製品に興味を持たれので、堂々と説明した舞さん。彼女は早速能力を発揮し始める。
資本金は80万円。社員はいないが、安達さんが代表、八村さんが取締役、舞さんの母が監査役、父が定款に乗っていないアドバイザー役となり、頼れる大人たちが舞さんの周りを固めた。「不安もあるけれど、これだけのすごい大人、そして弁護士や弁理士の先生に守られていれば大丈夫だって思いました」と、舞さんは会社設立時を振り返る。
あだ名は社長、「年収いくら?」と何度も聞かれ……
舞さんが自分で広言してはいないが、テレビに取り上げられたこともあり「水野さんは社長になったらしい」と、同級生たちの間に噂が瞬く間に広がった。
「そしたら、毎日のように『いくら給料もらってるの?』って聞いてくる男子がいて(苦笑)。それに“社長”と呼ばれたりして、私だけあだ名が人より多かった。テレビやYouTubeの影響って、本当にすごいんだなと感心しました」
ビジュアルがよく、ハキハキとした受け答えをする舞さんがメディアに登場すれば、当然話題になるだろう。しかし、イメージだけでなく、商品もしっかりアピールして、現在マイヤリング®は、累計約1500セットを売り上げている。
「ヘアピンは、アクセサリーの中でも唯一片手でつけられるんです。だから、体が不自由な人でもおしゃれを諦めなくていい。少しでも人の役に立っているのならばうれしいですよね」
幼児期の入院生活で気の滅入るような毎日を送ったので、そんな人たちの暮らしの華やぎにもなれば、との願いもある。
受注が入れば、舞さんと両親で手づくりする、いわば家内制手工業の形態なので、大量生産はできない。けれど、それがかえって希少価値を生み、ANAやオタフクソースなど大手企業とのコラボレーションも行なうようになり、売り上げは順調に伸びている。最近では、サッカー・Jリーグ名古屋グランパスとコラボした製品も販売開始した。
創業初年度の売り上げは10万円だったが、2年目はクラウドファンディングも含めて280万円、そして3年目の今年度は、半期ですでに前年度の70%の売り上げを達成している。
さて、同級生男子でなくても、舞さんの給料は気になるところ。
初年度はゼロ。2年目で少しだけ黒字が出たので、役員報酬が支払われた。実は、舞さんは個人事業主でもあり、彼女が持っている特許は、マイヤリングスがライセンス契約で独占的に使用できるので、そのぶんのライセンスフィーを個人でもらう契約となっている。特許取得料は先述したとおり、父からの借金でまかなったので、舞さん個人が得た報酬は、その借金の返済にあてられているそうだ。周囲の役員たちは現在完全手弁当で舞さんをサポートしているが、今後子供達の発想をビジネス化していく支援事業を展開予定だそう。
勉強は大の苦手。社長業6割の中学生生活
取材時の舞さんは、発言の論旨も明快で、時に同席している取締役をイジるなど、堂々としたもの。「14歳だけど、人生何周目?」と思わせるほどだ。
しかし、中学生の本分である学業に関して「研究者の娘なのに、勉強は大の苦手。最近は少し危機感を感じています」と嘆く。特に理系が苦手で、ちんぷんかんぷん。多分、何に役立つのかわからないお仕着せの学校教育に、興味が持てないのだろう。
また、社長になったことで、同級生と距離感ができて浮いてしまったこともあり、公立中学校に籍を置きつつ、N中等学校(N中)に通うことにした。
N中はフリースクールの扱いになるので、義務教育にはあたらない。しかし、舞さんの社長魂に火をつけるようなプログラムがある。たとえば、動画制作、写真の編集、プログラミング、資料やチラシ制作などの、仕事やプライベートに役立つ授業が受けられる。
「私は会社のインスタグラムを担当しているので、発信のための動画制作に学校のソフトが役立っています。名古屋大学のTED xNagoyaU※に登壇するための資料づくりも、授業を参考にして取り組めました。会社の業務と授業が重なる部分があるから、N中に大満足しています。波もありますが、今は生活の6割が、打ち合わせ、商品の開発や制作、取材対応、登壇などで占めていますね」
部活や同級生たちとのたわいもないおしゃべりなど、今しか味わえない“普通”の中学生生活を謳歌してほしい気持ちもある。しかし、社長業が新鮮で、刺激的で仕方がないのだ。彼女にしか経験できない中学生生活もアリ。父の敬さんも「好きなことじゃないと能力は伸びません。普通の学校であれ、N中であれ、環境に甘んじることなく、才能を発揮してほしいし、仲間を増やしてあげたい」と見守っている。
※TED Technology Entertainment Designの略。米・ニューヨークに本部を置くNPO。毎年世界的な講演会「TED conference」を開催。 TEDxとは、TEDからライセンスを交付されたオーガナイザーが独自に開催場所にあったイベントを行うことができるシステム。その地域にコミュニティを発足させ横のつながりを生むことや、その地域にしかないアイデアを掘り出すものになる。
15歳になれば代表権を取得。18歳までに借金完済が目標
今後企業とのコラボが増え、生産のロット数が飛躍的に伸びた場合は、現状の生産体制では追いつかない。その場合、デザインは舞さんが行い、生産は外注したり、新たに資本調達をしたりといった拡大路線も視野に入れている。が、まずは高校を卒業するまでには父からの借金完済をめざしているという。さらに、商品の販売だけでなく、子どもの発想やアイデアを形にする「i育事業」にも力を入れたいと、夢は膨らむ。
来年の4月に15歳になり、代表権を持てるようになる。いよいよ名実ともに、“代表取締役社長”となるわけだが、そこに気負いはない。
「社長のプレッシャーに押しつぶされたら、元も子もありません。だとしたら周囲の大人たちにわからないことはなんでも聞いて、相談したい。一人で抱え込まないほうがいいと思っています。もちろん最終的な意思決定は私がしますし、その覚悟はできています」と力強く答える舞さん。
またしても「人生何周目?」と思ってしまうのだ。(ライター・東野りか)