東京科学大・東海国立大学機構…国立大の統合、四つの事例で法人改革を見比べる
少子化や厳しい財政を背景とした国立大学の統合で、近年は“1法人複数大学”方式を採る大学が多い。機構という名の法人のもとで経営力の向上を図るが、各大学組織は残したままで比較的容易なのが理由だ。2004年の国立大学法人化前後に目立った、総合大学による医科大学や外国語大学の“吸収合併”とは異なる。一方、完全統合を選んだ新・東京科学大学はトップクラスの研究大学同士の“対等合併”で新鮮だ。四つの事例で法人改革を見比べる。(特別取材班)
東京科学大医歯・理工学連携、研究を強化
残り約1カ月と10月1日の発足が迫る東京科学大は、東京医科歯科大学と東京工業大学という分野の異なる単科の研究大学同士の統合だ。第一の目的を研究強化と明言する統合はこれまでになく、実社会と強く関わる医歯学と理工学を結びつける医工連携が柱だ。既存の医学部、工学部では縦割りになりがちな総合大学に対し、新たな形の大学改革ができるはずと意気込む。
ここには政府の「国際卓越研究大学」の認定を勝ち取り、大学10兆円ファンドからの研究力強化の資金を獲得するというインセンティブが強く働く。歴史と伝統ある大学名を双方が手放すことからは、対等で新鮮な関係構築にかける意気込みが感じられる。
もう一つの特徴は法人の長となる理事長と、教学(教育と学問=研究)の長となる大学総括理事(学長)という仕組み。近年の統合以外の国立大学は“1法人1大学”で理事長が学長を兼ねる。その中で経営と教学の責任を分ける、新たなガバナンス(統治)に初めて挑戦する。
学外人を含め両大学関係者同数からなる「東京科学大学の長の合同選考会議」は6月末、3人の候補者の中から大竹尚登東工大科学技術創成研究院長を理事長候補者に選出した。大竹理事長候補は新大学の大学総括理事を、田中雄二郎東京医科歯科大学長にお願いする、と公表している。
このトップ2人の組み合わせも注目の一つだ。一般的な感覚では、10歳ほど年長で経験豊富な田中氏が理事長に就く方が順当だ。61歳の大竹氏は研究部局の長ではあるが、役員の経験はない。しかし選考会議は全会一致で大竹氏を法人トップに選んだ。
この時「新大学発足時は両学の候補者が理事長と学長を担い…」と、バランスを取ることを求めた。その結果、大竹氏は資金が日常的に動く病院経営に、田中氏はこれまでの4倍規模の学生を抱える教育に、それぞれ責任を持つ見込みだ。
医歯学と理工学それぞれを手慣れた人が担当するのでは、さほどの改革は望めない。逆のミッションはあえて課されたのかもしれない。選考会議が挙げた「“どの大学もなしえなかった新しい大学の在り方”の創出に専心を―」との思いは、両大学の利害関係者(ステークホルダー)すべての願いだ。
北海道国立大学機構広域連携、農業支える
国立の単科大学3校が経営統合し、北海道国立大学機構が発足したのは22年4月。研究内容が全く異なり、しかも広大な北海道を縦に横断する統合を危ぶむ声もあった。だが、同機構の長谷山彰理事長は「ここまでの道のりは極めて順調だ」と自信を見せる。
統合したのは小樽商科大学(小樽市)、帯広畜産大学(帯広市)北見工業大学(北見市)の3大学。いずれも地元に密着し、名門校と言われる存在だ。
長谷山理事長は「北海道は日本で最も食料自給率の高いところ。本道だけで見たカロリーベースでの自給率は198%で他を圧倒する」と話す。3大学が北海道の一次産業を技術や経営などで支える重要な役割を担う。
一方、農家の数は年々減少の一途をたどっているが、「だからこそ私たち機構の存在がある。農家の人たちが収穫のための技術を覚えながら経営も勉強しスマート化を導入する。3校が連携する意義は大きい」(長谷山理事長)。4月には産学官金連携統合情報センター(IIC)が発足した。すでに始まっている教学・経営の両面における職員の交流なども軌道に乗せるため動き出した。
北海道は大学と地元地域との関係が密接なのも大きな特徴だ。大学が地域の拠点としての存在になり得る。「3校の連携を強め最終地点はオンリーワンの存在だ」と長谷山理事長は強調する。
東海国立大学機構産学で社会課題解決
名古屋大学と岐阜大学による県をまたいだ法人統合から4年が経過した東海国立大学機構。松尾清一機構長は「外部資金は増加傾向にある。国の競争的補助金の獲得でも成果を上げている」と法人統合の効果を指摘する。
「それぞれの大学の強みを生かしてこそ統合の真価を発揮できる」(松尾機構長)とし共創を基本とする。両大学の強み、シナジーを生かすため、東海機構は連携拠点の設置など各種支援を矢継ぎ早に行ってきた。
両大学の強みを生かした研究活動の一つとなる「糖鎖生命コア研究拠点(iGCORE)」が進めるプロジェクトは、文部科学省の大規模学術フロンティア促進事業に採択された。核酸やたんぱく質に次ぐ「第3の生命鎖」といわれるヒトの糖鎖研究で世界に先駆けた取り組みに期待が高まる。ハイパーカミオカンデなども採択された同事業とあって研究に加速がついている。
産学連携も活発化している。5月には産学連携オープンイノベーション拠点「TOIC」を完成。続く、7月に中部経済連合会と共催した脱炭素がテーマのシンポジウムは、オンラインを含めて500人近くを動員。中経連から「今後は具体的な課題を立てて議論を進めたいとの声もいただている」(同)という。
「10年後に、どんな大学システムになっているかを今こそ考える時だ」(同)と、社会の未来を支える大学のあり方を見据える。
奈良国立大学機構地元に密着、寄付増額
奈良女子大学と奈良教育大学が2022年に統合し、誕生したのが奈良国立大学機構。女性リーダーや教員の育成へより大きなパワーを求めた両大学が手を組んだ。
ただ奈良女子大は「奈良のコミュニティーと距離があった」(榊裕之理事長)と認識する。このため両大学に奈良県立大学や奈良国立博物館などの研究機関とタッグを組み、分野横断の特別講義週間を設けるなど地元との連携を進める。産業界や自治体との連携プラットフォームの活用など多様なつながりを増やす方針。
DMG森精機の森雅彦社長など国内外の12人がアドバイザリーボードに就任、12人の助言やネットワークを活用して講義内容の充実や留学生受け入れ拡大などを図っている。これらの活動が評価されたのか、23年度の個人や企業などからの寄付金額は統合前の21年度に比べて2・3倍の約2億8000万円に増えた。
奈良女子大はお茶の水女子大学と並ぶ国立女子大の双璧として名高い。奈良教育大もプライドがあり「2大学が一緒により高いところを目指すマインドを持つのが課題だ」(同)と捉える。
双方の学生が履修できる科目が30科目に増えており、いかに連携を深めるかがカギを握る。