ニュースイッチ

ODAの枠組み超えて…日本が途上国と共創、「科学技術外交」の今

ODAの枠組み超えて…日本が途上国と共創、「科学技術外交」の今

日本が売るべき技術は多い。その一つが水素をはじめとした脱炭素技術だ(福島水素エネルギー研究フィールド)

科学技術政策の立案能力を売る時代が始まった。脱炭素やエネルギー・食料安全保障など、地球規模で取り組まなければ解けない課題が山積する。日本と開発途上国が共に課題に挑戦してビジネスとして成立させ、解法を持続可能にする必要がある。そのためには政府開発援助(ODA)において既製のインフラや技術の提供から、共創による技術や人材の育成への転換が欠かせない。科学技術の活用がより重要になってくる。科学技術外交の今を追った。(小寺貴之)

“頭脳循環” 研究者の交流促進

「日本で国内向けの政策を考えていればいい時代は終わった。世界を舞台に機能する政策を考えなければ何も解決できない」―。外務省の松本洋一郎外務大臣科学技術顧問は強調する。日本の科学技術政策は研究者と官僚の二人三脚で作られてきた。各省庁にはそれぞれの分野で研究開発を担う国の研究機関(国研)が存在し、国研の研究者と官僚で技術開発ロードマップを作ってきた。国研にとってはロードマップに自らの研究テーマが載れば安泰だ。5―10年は研究予算が約束される。国研と同様、大学の研究者も政策立案プロセスに参画し、競い合うように知恵を出してきた。

ただ現在は日本だけで解ける社会課題は限られ、地球規模で取り組まなければならない課題が山積している。そのため2023年の開発協力大綱(ODA大綱)の改定では途上国との共創や国際頭脳循環が盛り込まれた。相手国からの要請を待つだけではなく、共創を通して解決策や価値を生み出す。日本の強みを積極的に提案していくオファー型の協力を強化する。この人的基盤を作るため、国際的な頭脳循環を促す。開発途上国と日本の研究者が共同研究を通して交流する。

資金配分機関連携、課題を公募

文部科学省は手を打っている。大綱改定の前年、22年度第2次補正予算で501億円を積み、先端国際共同研究推進事業(ASPIRE)を立ち上げた。日本と相手国の資金配分機関(FA)同士が連携して研究課題を共同公募する。それぞれの国のトップ研究者が連携して共同研究を進める。支援規模は1件当たり最大5億円で、トップ研究者に師事する学生や若手研究者を交流させる仕組みだ。

23年度補正予算では日ASEAN科学技術・イノベーション協働連携として146億円を確保した。ASPIREは先進国、ASEAN連携事業はグローバルサウスの途上国向けの施策になる。科学技術振興機構(JST)の橋本和仁理事長は「グローバルサウスとの関係強化に向けアカデミアから頭脳循環を進める」と説明する。

24年度はインド向けの施策を立ち上げた。予算は理事長裁量経費から1億円を当て、年間30人程度の大学院生がインドと日本との共同研究に参加する。橋本理事長は「まずは30人で施策の有効性を検証し、将来は300人、3000人と広げていきたい」と語る。

脱炭素・資源循環、実証進む

売るべき技術はそろいつつある。脱炭素や資源循環など、各分野の開発事業が実証段階に入っている。例えば21年に始まった経済産業省のグリーンイノベーション基金事業は4年目にして実証設備の建設が進んでいる。液化水素サプライチェーン(供給網)のプロジェクトでは液化水素の出荷地が豪州ビクトリア州ヘイスティングス地区、受け入れ地は川崎市の川崎臨海部に決まった。大型液化水素関連機器の導入が進む。水素活用製鉄のプロジェクトでは小型試験高炉で22%の二酸化炭素(CO2)削減を実現した。これは世界初だ。

燃料アンモニアサプライチェーン構築のプロジェクトでは1時間当たり4トンの大型アンモニア専焼試験機で燃焼試験が進む。未燃アンモニアや亜酸化窒素は不検出レベルに抑えられた。洋上風力発電のプロジェクトではドローン(飛行ロボット)によるブレードの完全自動点検技術が開発された。海外から高官を招いて具体的にモノを見せながら交渉できる段階にある。

開発途上国では脱炭素やエネルギー・食料安全保障など課題が山積している(イメージ)

こうした脱炭素技術がもうかる事業になるかどうかは現地の技術力に依存する。太陽電池のようなデバイス売りとは異なり、世界中に散らばるサプライチェーンの各所でエンジニアリングや制御・運用技術が必要になるためだ。現地での人材育成は必須だ。学術界の頭脳循環施策と産業界の脱炭素施策は相補的な役割を果たす。そして科学技術外交では技術や人材、インフラ投資の政策を一体的に提案する必要がある。

従来は共同研究やODAなど個々のプロジェクトは良質だが、相手国政府から必ずしも見えていないという課題があった。現場の満足度が高くても政治家や政府高官が認識していないことが少なくない。これを解消するには相手国の政策ロードマップに各プロジェクトを載せる必要がある。ロードマップに載れば毎年進捗(しんちょく)と成果が政府の首脳に報告され、遅れが生じれば官僚レベルでの調整が発生する。政と官、産と学の各階層で否応なしにコミュニケーションが生じる。補助金で交流を促す付加的な施策ではなく、日常業務で共に働くようになる。

そのためには国内で研究者と官僚が二人三脚でロードマップを作ってきたように、相手国と共に政策を練る必要がある。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の斎藤保理事長は「相手国のペイン(痛み)を理解する人材が重要になる」と指摘する。

JICAが新拠点 社会実装、次の革新狙う

第一歩はODAの共創という形で実現しつつある。国際協力機構(JICA)の高樋俊介STI・DX室長は「日本への信頼は厚い。公共インフラのデータを預けてもらえる関係にある」と説明する。例えばJICAは1997年からインド・デリーメトロ公社の鉄道網整備を支援してきた。現在は日々乗降客が行き交う膨大なデータが生み出されている。デリー首都圏の人口は約1700万人。乗降データを元に鉄道と電動バスの接続を最適化するなど、交通サービスのデジタル変革(DX)を任されている。高樋室長は「電力網や水道、保健医療など、各国でインフラ構築を支援してきた実績が生きる」と説明する。

この流れを加速するためにラボを設立する。大学などの研究者と途上国でのプロジェクトを共創する拠点だ。アジャイルに技術や施策を試しODAにつなげる。ODA終了後を見据えてベンチャーキャピタル(VC)などとの連携も進める。松本顧問は「途上国で新技術を社会実装することは、壮大な社会実験をさせてもらうことと同義だ。この知見を元に次の革新を狙う。科学や技術、ビジネス、政策、外交を組み合わせ、イノベーションを生み出す仕組みを作れるかにかかっている」という。

日刊工業新聞 2024年07月08日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
政府がカーボンニュートラルを宣言してから脱炭素技術は開発するけど、本当に産業として成り立つのか、世界のサプライチェーンに入り込めるのか、二酸化炭素にお金を払うことが社会に認められるのか、難しい問題ばかりです。技術は形になり始めています。海外と政策を共有してプロジェクトを立てて人を育てて経済的にも持続可能にしていく。脱炭素政策が技術開発から外交や産業化のフェーズに移りつつあります。GHG削減目定など国際協調でやってきましたが、より具体的に儲かる事業やサプライチェーンを作っていくことになります。脱炭素に限らず、食糧安全保障や信頼できるAI・データ構築なども国際協調で進めないと解決できません。こうした取材を霞が関ですると、それはそうだけど誰がやる問題がありました。政策レベルでやっていることはやっているし、事業者は事業者でがんばっています。ただそれだけでは事業や現場が相手国政府からあんまり見えていないという問題がありました。積んだ金額に注目が集まり、事業の質が評価されにくいとされます。では国内では誰が政策と事業つないでいるかというと、有識者や研究者でした。国研はその機能を担ってきたし、東大で教授になりたかったら、そのくらいできなきゃダメだとさえ言われます。すでに国内でやっていたなら海外でもできないことはないと思います。それを後押しする予算は付いています。他の研究者に金集めだけはうまいんだからと後ろ指をさされたとしても、海外で実践できたら誰も文句は言えません。お金でなく実力で黙らせるチャンスです。

編集部のおすすめ