『なぜ東大は男だらけなのか』著者の副学長が東大を変えようと思ったきっかけ
―大学組織執行部の男性が、男女の偏りの問題で書籍を執筆するケースは珍しいです。
「私だけ1段上の立場とされるのは本意でない。私も国際化の仕事をするようになって初めて、『日本人男性は何も考えなくてよい、どこにいっても楽な私のような者ばかりだ』と気付いた」
―2012年創設の東大の英語学位プログラム「PEAKS」に参加したことが気付きのきっかけです。
「世界中から多様な背景を持つ学生が1学年30人ほど集まり、日本の大学のやり方との間で多くの摩擦があった。その一つが、他大学の女性は入会できるのに東大の女性学生が入れないサークルだ」
「PEAKSの女性留学生が入会を拒否されたが、多くが『良いことではないが、学生の自主性を重んじて、そんなところまで口を出していてはキリがない』と考えた。しかしこんな差別を平然と許してよいのかと強く訴える声を受けて、東大の論理がいかに男性の視点を軸にしたものか気付いた。このような大学をつくってきた教員の一人として、変えようと考えるようになった」
―近年、注目されたものに19年東大入学式の上野千鶴子名誉教授の祝辞があります。
「新入生に『頑張ったから報われることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れてはいけない』と指摘した。都市部の恵まれた家庭の男性だったから、と考えるように促したのだ。成功は努力の当然の結果ではない。才能は社会的インパクトによるという面がある」
「このスピーチに対して毎年、学生が議論する教育機会を設計すればよかったかもしれない。大学の構造改革を考えることにつながるし、それができる大学であるはずだから」
―学生の気付きに有効な具体的な手だてはありますか。
「バングラデシュにあるアジア女性大学と東大の交流を実施している。貧困や紛争で十分な学習環境がない優秀な女性のための機関だ。難民キャンプで育つなど、まるっきり環境の違う同世代と交わって、東大の男性学生も驚くほど変わる」
―「女子」「男子」でなく「女性」「男性」学生と表現します。
「法的にも大学入学年齢の18歳が成年となったのに、子ども扱いはおかしい。米国もかつて女性学生を『ガール』と呼んだが、今日では『ウーマン』が一般的だ」
―著書は東大のジェンダーの現状と歴史を取り上げ、最後に「あるべき姿」としてクオータ制に触れました。
「東大も社会も日本人男性の論理で、歴史的に徹底的に積み上げられてきた構造を持つ。ここで価値観を再構築しないと世界と競争できないと気付いていても動けない。そのため、一定の入学枠を女性学生にあてがう、いわゆる『クオータ制』の検討を始めるべきだと考えている。是正措置に乗り出さないことは、現状の著しい不均衡を追認することだと認識する必要がある」(編集委員・山本佳世子)
◇矢口祐人氏(やぐち・ゆうじん) 東京大学副学長・グローバル教育センター長・大学院総合文化研究科教授 89年(昭64)米ゴーシエン大卒、95年米ウィリアム・アンド・メアリ大院博士課程修了。Ph.D。95年北大言語文化部専任講師。98年東大院総合文化研究科助教授、13年教授。国際化教育支援室長・総長特任補佐を経て、22年副学長(国際教育)。23年から新設のグローバル教育センター長。北海道出身、58歳。