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なぜ必要?メリットは?…脱炭素に踏み出した中小4社に見る取り組み最前線

なぜ必要?メリットは?…脱炭素に踏み出した中小4社に見る取り組み最前線

パソコンで温室効果ガス排出量を確認(二幸産業の渡部執行役員㊨)

中小企業も気候変動対策を始めている。もちろん、対策をスタートさせるきっかけや手段、メリットを模索する中小企業も少なくないはずだ。温室効果ガス(GHG)排出量の算定や目標設定、情報収集などを通じて脱炭素に踏み出したばかりの中小企業4社に取材し、脱炭素の最前線を報告する。(編集委員・松木喬)

二幸産業/酷暑改善「大人の責任」

「なぜ、当社が気候変動対策なんだろう」。二幸産業(東京都新宿区)の渡部篤執行役員は当初、小河原豊社長からの提案に戸惑った。ビル清掃・設備管理業である同社のGHG排出量は少ないはずだ。理由を尋ねると、小河原社長が子どもの野球の審判をしたことがきっかけだった。酷暑の球場で「気候変動は大人の責任であり、次世代にきちんとした地球を引き継がないといけない」と痛感したと言い、「排出削減は企業として当然だ」と語ったという。

目標とするには、自社の排出量を知る必要がある。排出量を算定すると、購入した資材などに伴う「スコープ3」が8割を占めた。事業所での電気やガスの消費に伴うスコープ1・2は自力で削減できるが、スコープ3は難しい。だが「初めから無理と思うと、やる気が起きない」(渡部執行役員)とし、2030年度までに21年度比21・7%削減する目標を設定した。

ビル清掃の排出量算定は工夫が必要だった。作業で使う水や電気は、顧客のビルが提供するので二幸産業として排出量を測定できないからだ。そこで2000以上ある現場に依頼して清掃機材の稼働時間を聞き取り、消費電力を計算して排出量を推定した。

ちょうど現場も変革が迫られている。人材不足が進行すると、全施設への清掃サービスの提供が難しくなるからだ。そこで汚れを落とす作用があるアルカリイオン電解水の導入を試みていた。洗剤の使用量が減って作業時間が短くなり、1人の作業者が複数の施設を掛け持ちできる可能性がある。サービスの維持だけでなく、洗剤に関連する排出量も減る。気候変動対策と本業の持続可能性を両立する解が見えた。

奥野製薬工業/勉強会で同業から刺激

先行投資と考えて脱炭素対応を始動した奥野製薬の本社

「取引先がGHG排出量の算定を必要としている」。奥野製薬工業(大阪市中央区)の田中克幸執行役員品質保証部長は、脱炭素の潮流を感じている。同社は表面処理、無機材料、食品の3事業があり、従業員は約450人。自動車や電子部品業界の取引先からは製品ごとの排出量であるカーボンフットプリント(CFP)の開示も求められつつある。

現状ではCFPを回答できていないが、事業活動に関連した排出量を算定した。事業所の電気やガスの使用に伴うスコープ1・2よりも、スコープ3が多かった。

情報を得ようと、長瀬産業が取引先に呼びかけて始めたサステナビリティー(持続可能性)関連の勉強会に参加している。同業の化学メーカーと意見交換し、刺激を受けている。尾嵜昭彦執行役員SCM統括部長は「当社は中小企業に分類されるが、海外拠点もあり“大企業並み”の対応が求められる。同じ悩みを持つ企業が参加しており、ある意味で心強く思った」と語る。

社内では社員同士が意識を高め合っている。社員が講師を務める研修会を定期的に開いており、物流逼迫(ひっぱく)が懸念される「24年問題」をテーマとした回では、輸送の効率化と二酸化炭素削減が提案された。

現状、排出量の削減が取引条件にはなっていないが、ビジネスに変化が起きている。環境配慮商品への評価が高まっているからだ。田中執行役員は「コスト度外視で環境を基準に選ぶ取引先が出てきた」と話す。そして「同じ商品なら、脱炭素が進んだ企業の商品が選ばれるようになる」と確信する。尾嵜執行役員も排出削減対策を「コストアップかもしれないが、研究開発と同じで先行投資だと考えている」と語る。先回りして手を打つことで、脱炭素が取引条件になった時に慌てずに対応できる。

長期視点で企業価値追求

脱炭素を進める動機やメリットに悩む中小企業が少なくない。業績に直結する効果がすぐには期待できないからだ。一方、原貿易(横浜市神奈川区)は、社員のモチベーション向上や人材獲得といった財務面以外の価値を見いだしている。日本化学工業所(和歌山市)は経営トップの強い意思によって、長期視点に立った企業価値を追求している。

原貿易/高い目標、社員の励みに

「褒められると、励みになる」と語る江守社長(右)と重田リーダー(原貿易の本社前で)

繊維商品を扱う原貿易は2022年、温室効果ガス(GHG)排出量を30年度までに20年度比42%削減する目標を設定した。その意欲的な目標は、国際的な活動「サイエンス・ベースド・ターゲッツ(SBT)イニシアティブ」から、パリ協定達成に貢献する水準として認められた。従業員24人の中小企業だが、大企業並みの活動を展開する。

もともと環境問題への感度は高かった。江守雅人社長は09年に就任し、社員とともに経営理念の策定に着手。当時、書籍『第5の競争軸』に出会い、サステナビリティー(持続可能性)が経営戦略になると学んだ。

同社はプリンターの使用済みトナーカートリッジのリユース部材も扱っており、事業で環境に貢献していた。持続可能な開発目標(SDGs)を理解するとリユースの提案にさらに熱が入った。

そして21年、横浜市独自の「SDGs認証」の取得時、脱炭素に関連した審査項目が多く、気候変動対策の重要性を再認識。江守社長は「やっているふりは嫌。目標を設定することで真剣と伝えたかった」と、大企業と同等の活動となった経緯を説明する。

脱炭素が利益に直結するとは考えていないが、「社外から褒めてもらえると、社員の励みになる」(江守社長)と期待する。取引先とも脱炭素について会話する機会が増え、接点を強化できた。活動をきっかけに新しい顧客とも脱出会えた。脱炭素・SDGs営業推進担当の重田真由子リーダーは「少しずつ、実利でも結果が出ていると思う」と語る。

今は、社員が部署に関係なく脱炭素につながる提案をするようになった。SDGsの取り組みを理由に入社した若手社員もいる。高い目標は、社内外のコミュニケーションを活性化する効果もあった。

日本化学工業所/事業環境変化、適応へ先手

日本化学工業所の工場で反応器を操作する社員

日本化学工業所のウェブサイトには、環境に関連した詳細なデータが並ぶ。燃料や電力の使用量、二酸化炭素(CO2)排出量のほか、用水の使用量や下水放流量も公開している。同社は染料や蛍光増白剤を製造しており、和歌山市の排水条例を順守している証明として排水の写真まで掲載する。

コロナ禍にウェブサイトを刷新した。危機感の表れの一つだ。田中俊一社長は「コロナ禍前から事業環境が変化しており、これまで通りではいかなくなると感じていた。大変革に挑戦し、適応しないといけない」と唇を噛(か)み締める。社員の成長を支援する人事評価の導入、事業継続計画(BCP)強化、ビジョン策定と次々に手を打った。

データ公開が象徴するように、環境問題も重要と認識する。田中社長は「企業は社会の公器であり、社会貢献は当然だ。社会の困り事が変化しており、今は脱炭素が課題となった」と、気候変動対策を企業の責任と考える。また、脱炭素が成長分野といわれるが「現時点で評価されるか、どうかではない。必ず事業に必要な要求事項となる。今から取り組んでおけば将来、評価されるはずだ」と力説する。

とはいえ、中小企業には脱炭素に精通した人材が少ない。GHG排出量算定支援システムを提供するゼロボード(東京都港区)の知見を頼りながらも、各部署から集めた6、7人のプロジェクトチームも主体的に活動する。倉庫への太陽光パネル搭載、工場の照明の発光ダイオード(LED)化、エネルギー使用を効率化する設備投資などを進めている。田中社長は「脱炭素への投資は生産性向上、働き方改革、デジタル化につながる」と展望する。同社は使命感と長期視点を持ち、さまざまなメリットを念頭に脱炭素経営を推進する。

排出削減で効果 魅力向上、人材獲得

中小企業の脱炭素の進め方は多様だが、GHG排出量の算定は共通している。二幸産業(東京都新宿区)の渡部篤執行役員は「社員の認識をそろえるため、排出量の可視化が必要」と語る。

次のステップが削減目標の設定だ。原貿易と二幸産業は、パリ協定達成に必要な水準を認定するSBTを目安にして目標を策定した。認定を受けている大企業も多く、中小企業も取引先と方向性を合わせやすい。

排出削減実績は取引条件にはなっていないが、いずれ評価されると確信している中小企業が少なくない。奥野製薬工業(大阪市中央区)の尾嵜昭彦執行役員は「研究開発と同じで先行投資と考えている」と語る。

また、脱炭素に前向きな企業は、他の社会課題にも対応が進んでいる。日本化学工業所の人事評価は「人的資本」に通じ、原貿易は女性社員の比率が高い。奥野製薬は物流の「24年問題」への対応、二幸産業は人材不足への対策を検討していた。社会課題への感度の高い企業は、他社よりも先に対応でき、優位性を発揮できそうだ。

国際組織「グローバル・サステナビリティ基準審議会」の理事を務める待場智雄氏(ゼロボード総研所長)は、中小企業の取り組みに「肩肘を張らない“自然体”を感じる」と印象を語る。会社存続のために常に課題に向き合っており、その延長線上に気候変動があり、脱炭素も当然のように受け止めている。

大企業のような専門部署がないことは強みにもなっている。さまざまな部署の社員が目標や施策の検討に参加できるため、業務の実態にあった実効性のある対策を打てるからだ。待場氏は「若手もアイデアを出させるので、社員一人ひとりのやりがいにもなる」と語る。

一方、専門部署がないために取引先からの調査票への回答は負担となる。せっかく成果が出ていても、記録がないことで正当に評価されない恐れがあり「活動を記録する仕組み」(待場氏)づくりが課題だ。うまく情報発信できれば、社外から評価されて社員のモチベーションになる。「中小企業にとっては人が大切。経営者は社員に長く働いてもらうにはどうすればよいか、考えている。情報発信によって人を引きつけられれば優秀な人材の定着、若手の獲得が期待できる」と指摘している。

日刊工業新聞 2024年02月02・09日
松木喬
松木喬 Matsuki Takashi 編集局第二産業部 編集委員
まず、「どうする中小の脱炭素」の第一弾は23年6月に掲載しました。急にパートⅡだったので、問い合わせありました。申し訳ありませんでした。今回、4社を取材してみて、変化への柔軟性を感じました。社会情勢・課題の変化に敏感で、常にリスクと対策を考えていると思いました。一方で、いろいろな中小企業の方とお話し、「うちはいいから」「まだ早いから」という意見もよく分かります。真面目に取り組んだ企業が報われてほしいです。そうなれば、まだ早いと思っている会社も「うちの会社もやる」となると思います。

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