ホンダジェット開発に学ぶ「クリエイティブチーム」のつくり方
<情報工場 「読学」のススメ#1>『ホンダジェット』(前間孝則著)
*「ニュースイッチ×情報工場」 新連載!
ビジネスパーソンの必読書をダイジェスト版にし配信している情報工場。ニュースイッチではカテゴリごとに注目すべき本を取り上げ、紹介します。ニュースや各カテゴリへの理解をより深め、日々のビジネスに役立てれば幸いです。
第一回目は「MRJ・航空・宇宙」カテゴリより。
2015年の“MRJフィーバー”の陰に若干隠れた感があるが、もう一つ、国内企業が主体となって開発に成功したジェット機がある。ホンダジェットだ。本田技研工業の子会社米国法人ホンダ エアクラフトが開発した小型ビジネスジェット機であり、すでに米連邦航空局(FAA)の認可を受け、販売を開始している。売れ行きも好調のようだ。
ホンダジェットは、ホンダの創業者・本田宗一郎氏の飛行機への憧れをかたちにすべく、30年にわたり開発が続けられてきた賜物だ。前間孝則著『ホンダジェット』(新潮社)は、ホンダジェットの開発リーダーでホンダ エアクラフトCEO藤野道格氏らへの取材により、その「30年の挑戦」を追ったビジネスノンフィクションである。
ホンダジェットの開発には「自動車メーカーによる民間航空機市場への参入」以外にも、数々の常識を打ち破るチャレンジがみられる。通常は外注されるエンジンの内製にこだわった。そのエンジンは、機内の空間を広げ振動や騒音を防ぐために、胴体ではなく「主翼の上」につけた。本書で藤野氏は同機の開発の狙いを「それまでの小型ビジネスジェット機の限界性を超えて利便性や快適性を高めること」と語っている。そこには、他社の既存機を真似ることはしない、という気概と、新たな市場を拡大していく決意が表れている。
開発プロセスにおいて藤野氏は、スティーブ・ジョブズばりの「細部へのこだわり」を見せていたという。隅々にまで目を配り、部品一つ一つにまで神経をとがらせる。開発チームは少人数で、極力専門分化をせずに協働していった。
ところで、日本国内の映画やドラマを見ていて、気になることがないだろうか。俳優や女優、監督、脚本家などが、同時期の作品では「同じ顔ぶれ」が目立つのである。次々に新しいスターが生まれるハリウッドとは対照的だ。
経営組織論を専門とする青山学院大学経営学部の山下勝教授は、著書『プロデューサーシップ』(日経BP社)の中で、「職域侵犯」というキーワードを使って日本的なプロデューサー型人材や、クリエイティブなチームワークのあり方を定義している。
ハリウッドのように世界各国から人材が豊富に集まる製作現場であれば、プロデューサーはさまざまな組み合わせを選んだり、新しい人材を投入することで、創造性を発揮できる。だが、日本の映画界のように人材が限られている場合にはそういうわけにはいかない。どうするか。同じ顔ぶれが互いに「職域侵犯」することで、新しいものを作り出すのだ。
たとえば遠藤憲一という俳優がいる。そのいかつい風貌から、かつては極道など悪役を演じることが多かった。だが、最近では「優しいお父さん」役だったり、コメディの主役など、幅広い役どころも器用にこなし、人気俳優の仲間入りを果たしている。逆のパターンが名脇役俳優の一人、小日向文世だ。「いい人」役ばかりだった彼は、今では気難し屋の職人、傲慢な会社社長など、いろいろなドラマに、まったくの別人になって登場する。ドラマを制作する側は、そのようにお馴染みの俳優たちに「職域侵犯」をさせることで、「新しさ」を生み出している。俳優たちが「何でもできる」ことが制作上の強みになっているのだ。
ホンダジェットの少人数の開発プロジェクトでも、「職域侵犯」が行われていたようだ。本書にある藤野氏の発言によれば、最初に「構造」、次に「空力」というように、航空機開発に必要な要素に、それぞれ「すべての人員」が投入された。「空力」に関わる開発を行っている段階では、たとえ機体のシステムを専門とするメンバーであっても、「空力」に「職域侵犯」し、協働する。その結果、プロジェクトのメンバーとなっているプロの設計者たちは全員、自身の専門の枠を越えて、航空機開発に必要なあらゆる専門能力を身につけていったというのだ。
藤野氏自体が「職域侵犯」の極致とも言えるだろう。同氏は「リーダーはまず自分自身で全部を理解し判断できるような知識レベルに達していることが基本です」と語る。リーダーをはじめ、プロジェクトに関わる全員が、程度の差はあれ「すべて」を理解していることで、斬新で理にかなったアイディアも生まれやすくなる。また、何か問題が起きた時でも、臨機応変に対処できる。どんな種類のトラブルであっても、誰かが少なくとも応急処置をすることができるだろう。
<次ページ:MRJとホンダジェットの違いは?>
ビジネスパーソンの必読書をダイジェスト版にし配信している情報工場。ニュースイッチではカテゴリごとに注目すべき本を取り上げ、紹介します。ニュースや各カテゴリへの理解をより深め、日々のビジネスに役立てれば幸いです。
第一回目は「MRJ・航空・宇宙」カテゴリより。
ホンダジェット30年の歴史
2015年の“MRJフィーバー”の陰に若干隠れた感があるが、もう一つ、国内企業が主体となって開発に成功したジェット機がある。ホンダジェットだ。本田技研工業の子会社米国法人ホンダ エアクラフトが開発した小型ビジネスジェット機であり、すでに米連邦航空局(FAA)の認可を受け、販売を開始している。売れ行きも好調のようだ。
ホンダジェットは、ホンダの創業者・本田宗一郎氏の飛行機への憧れをかたちにすべく、30年にわたり開発が続けられてきた賜物だ。前間孝則著『ホンダジェット』(新潮社)は、ホンダジェットの開発リーダーでホンダ エアクラフトCEO藤野道格氏らへの取材により、その「30年の挑戦」を追ったビジネスノンフィクションである。
ホンダジェットの開発には「自動車メーカーによる民間航空機市場への参入」以外にも、数々の常識を打ち破るチャレンジがみられる。通常は外注されるエンジンの内製にこだわった。そのエンジンは、機内の空間を広げ振動や騒音を防ぐために、胴体ではなく「主翼の上」につけた。本書で藤野氏は同機の開発の狙いを「それまでの小型ビジネスジェット機の限界性を超えて利便性や快適性を高めること」と語っている。そこには、他社の既存機を真似ることはしない、という気概と、新たな市場を拡大していく決意が表れている。
「職域侵犯」で全員が「何でもできる」開発チームに
開発プロセスにおいて藤野氏は、スティーブ・ジョブズばりの「細部へのこだわり」を見せていたという。隅々にまで目を配り、部品一つ一つにまで神経をとがらせる。開発チームは少人数で、極力専門分化をせずに協働していった。
ところで、日本国内の映画やドラマを見ていて、気になることがないだろうか。俳優や女優、監督、脚本家などが、同時期の作品では「同じ顔ぶれ」が目立つのである。次々に新しいスターが生まれるハリウッドとは対照的だ。
経営組織論を専門とする青山学院大学経営学部の山下勝教授は、著書『プロデューサーシップ』(日経BP社)の中で、「職域侵犯」というキーワードを使って日本的なプロデューサー型人材や、クリエイティブなチームワークのあり方を定義している。
ハリウッドのように世界各国から人材が豊富に集まる製作現場であれば、プロデューサーはさまざまな組み合わせを選んだり、新しい人材を投入することで、創造性を発揮できる。だが、日本の映画界のように人材が限られている場合にはそういうわけにはいかない。どうするか。同じ顔ぶれが互いに「職域侵犯」することで、新しいものを作り出すのだ。
たとえば遠藤憲一という俳優がいる。そのいかつい風貌から、かつては極道など悪役を演じることが多かった。だが、最近では「優しいお父さん」役だったり、コメディの主役など、幅広い役どころも器用にこなし、人気俳優の仲間入りを果たしている。逆のパターンが名脇役俳優の一人、小日向文世だ。「いい人」役ばかりだった彼は、今では気難し屋の職人、傲慢な会社社長など、いろいろなドラマに、まったくの別人になって登場する。ドラマを制作する側は、そのようにお馴染みの俳優たちに「職域侵犯」をさせることで、「新しさ」を生み出している。俳優たちが「何でもできる」ことが制作上の強みになっているのだ。
ホンダジェットの少人数の開発プロジェクトでも、「職域侵犯」が行われていたようだ。本書にある藤野氏の発言によれば、最初に「構造」、次に「空力」というように、航空機開発に必要な要素に、それぞれ「すべての人員」が投入された。「空力」に関わる開発を行っている段階では、たとえ機体のシステムを専門とするメンバーであっても、「空力」に「職域侵犯」し、協働する。その結果、プロジェクトのメンバーとなっているプロの設計者たちは全員、自身の専門の枠を越えて、航空機開発に必要なあらゆる専門能力を身につけていったというのだ。
藤野氏自体が「職域侵犯」の極致とも言えるだろう。同氏は「リーダーはまず自分自身で全部を理解し判断できるような知識レベルに達していることが基本です」と語る。リーダーをはじめ、プロジェクトに関わる全員が、程度の差はあれ「すべて」を理解していることで、斬新で理にかなったアイディアも生まれやすくなる。また、何か問題が起きた時でも、臨機応変に対処できる。どんな種類のトラブルであっても、誰かが少なくとも応急処置をすることができるだろう。
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