通算182勝の右腕支えた「自然体」の姿勢
昨年現役引退した元ライオンズ・西口投手に聞く 喜怒哀楽出さず、常に前向き
―運について書いていますが、ビジネスの場で運をつかむためにどうしたらよいと思いますか。
「与えられた運をつかみ取ることが大事だと思う。僕の場合は入団1年目にチャンスをもらえて、結果を残せたのがここまで来られた要因の一つ。『できる』と思ってマウンドに上がり、キャッチャーのミットをめがけて必死に投げたのがいい結果につながった。チャンス=運だと思う。最初のチャンスは絶対ものにする、という気合が大切だ」
―失敗した時はどう切り替えていましたか。
「失敗しても同じことを繰り返さないことが大事。誰でも完璧に物事をこなせるわけはないので、失敗するのは仕方がない。切り替えて次のことにつなげることが大切だと思う。僕は試合で打たれても『バッターがうまく打ったな』とか『次は違う所に投げてやろう』と考えていた」
―野球と同じく、ビジネスでも信頼は重要です。信頼関係を築く上で心がけていたことは。
「100%キャッチャーに任せるという気持ちで試合に臨んでいた。キャッチャーも配球や相手のデータを研究しているので、意思を尊重した。もし打たれたら、キャッチャーも学ぶことが出てくる。お互いに失敗をしながらじゃないと、得るものはあまりないと思う。勝負どころで自分の投げたいボールのサインが出なかった時は、後で話し合っていた。野球は団体スポーツなので、首を振ってばかりではゲームの進行も遅くなるし、キャッチャーからすれば、何を考えているのか分からなくなってしまう」
―21年間一つの球団に所属しました。同じ環境で長年働く上でのポイントは。
「監督、コーチ、選手など、周りの人に恵まれたと思う。もちろん練習は厳しかったが、練習以外の場所では楽しく話をさせてもらえたのが大きかった。監督やコーチと話すこと自体、プラスになることもある。選手ともざっくばらんに話せる環境だった。僕は後輩に対しては、上からガミガミ言うのではなく、兄貴的存在として話すことを心がけていた」
―「自然体」とは。
「僕の場合はマウンド上で喜怒哀楽を出さないこと。打たれてもすぐに気持ちを切り替えて、常に前向きに捉えていた。カッとなっては自分にとってマイナスになるので、心のバランスは大事だ。心が乱れると失投にもつながる。次のことを考えるためにも、冷静でいることを心がけていた。僕はキャッチャーのことを常に信用していたので、自然体でいられたと思う。ただ、日常生活では感情を抑えてはいなかった。練習中に笑うこともあったし、家ではちょっとしたことで怒ったこともある」
―1月からは球団職員として働いています。
「編成の部署で海外のチームでコーチをしている。人に教えるのは本当に難しいと思う。初心に帰って、自分も勉強しつつ、どうやったら分かってもらえるかを考えながら教えたい。いろんなことを経験して、ゆくゆくはコーチとしていい選手を育てたい」
(聞き手・文=さいたま・福沢尚季)
<略歴>
西口文也氏(にしぐち・ふみや)・元プロ野球選手
95年(平7)立正大法卒、同年西武ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)入団。97年には207イニングを投げ15勝(5敗)をマークし最多勝利、最多三振奪取、最高勝率、沢村賞、リーグ最優秀選手などのタイトルを獲得。通算182勝。2015年現役引退。和歌山県出身、43歳。>
『自然体』(ベースボール・マガジン社刊、03・3238・0181)
「与えられた運をつかみ取ることが大事だと思う。僕の場合は入団1年目にチャンスをもらえて、結果を残せたのがここまで来られた要因の一つ。『できる』と思ってマウンドに上がり、キャッチャーのミットをめがけて必死に投げたのがいい結果につながった。チャンス=運だと思う。最初のチャンスは絶対ものにする、という気合が大切だ」
―失敗した時はどう切り替えていましたか。
「失敗しても同じことを繰り返さないことが大事。誰でも完璧に物事をこなせるわけはないので、失敗するのは仕方がない。切り替えて次のことにつなげることが大切だと思う。僕は試合で打たれても『バッターがうまく打ったな』とか『次は違う所に投げてやろう』と考えていた」
―野球と同じく、ビジネスでも信頼は重要です。信頼関係を築く上で心がけていたことは。
「100%キャッチャーに任せるという気持ちで試合に臨んでいた。キャッチャーも配球や相手のデータを研究しているので、意思を尊重した。もし打たれたら、キャッチャーも学ぶことが出てくる。お互いに失敗をしながらじゃないと、得るものはあまりないと思う。勝負どころで自分の投げたいボールのサインが出なかった時は、後で話し合っていた。野球は団体スポーツなので、首を振ってばかりではゲームの進行も遅くなるし、キャッチャーからすれば、何を考えているのか分からなくなってしまう」
―21年間一つの球団に所属しました。同じ環境で長年働く上でのポイントは。
「監督、コーチ、選手など、周りの人に恵まれたと思う。もちろん練習は厳しかったが、練習以外の場所では楽しく話をさせてもらえたのが大きかった。監督やコーチと話すこと自体、プラスになることもある。選手ともざっくばらんに話せる環境だった。僕は後輩に対しては、上からガミガミ言うのではなく、兄貴的存在として話すことを心がけていた」
―「自然体」とは。
「僕の場合はマウンド上で喜怒哀楽を出さないこと。打たれてもすぐに気持ちを切り替えて、常に前向きに捉えていた。カッとなっては自分にとってマイナスになるので、心のバランスは大事だ。心が乱れると失投にもつながる。次のことを考えるためにも、冷静でいることを心がけていた。僕はキャッチャーのことを常に信用していたので、自然体でいられたと思う。ただ、日常生活では感情を抑えてはいなかった。練習中に笑うこともあったし、家ではちょっとしたことで怒ったこともある」
―1月からは球団職員として働いています。
「編成の部署で海外のチームでコーチをしている。人に教えるのは本当に難しいと思う。初心に帰って、自分も勉強しつつ、どうやったら分かってもらえるかを考えながら教えたい。いろんなことを経験して、ゆくゆくはコーチとしていい選手を育てたい」
(聞き手・文=さいたま・福沢尚季)
西口文也氏(にしぐち・ふみや)・元プロ野球選手
95年(平7)立正大法卒、同年西武ライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)入団。97年には207イニングを投げ15勝(5敗)をマークし最多勝利、最多三振奪取、最高勝率、沢村賞、リーグ最優秀選手などのタイトルを獲得。通算182勝。2015年現役引退。和歌山県出身、43歳。>
『自然体』(ベースボール・マガジン社刊、03・3238・0181)
日刊工業新聞2016年3月14日 books面