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【ディープテックを追え】「核融合発電」にヘリカル型で挑む、スタートアップが持つアドバンテージ

次世代エネルギーの核融合発電が脚光を浴びている。世界中でスタートアップによる激しい研究開発競争が繰り広げられている。日本からは核融合科学技術研究所(NIFS)の研究者らが立ち上げたヘリカルフュージョン(東京都千代田区)が挑む。NIFSの大型ヘリカル装置(LHD)で培った知見を活用し、2034年をめどに発電を実証する。

ヘリカル方式とは

同社が実用化を目指すのは、ねじれた超電導コイルで作った磁場でプラズマを閉じ込めるヘリカル方式という核融合炉だ。国際熱核融合実験炉(イーター)で採用されるトカマク方式に比べ、プラズマ中に電流を流す必要がないため定常運転に向くとされる。ただ、ねじれたコイルの製造は難しい。

核融合科学研究所、世界最大級の大型ヘリカル装置(LHD)

ヘリカルフュージョンの源流であるNIFSはLHDという世界でも屈指のヘリカル方式実験炉を運用する。そこで教授を務めてきたのが、ヘリカルフュージョンの宮澤順一共同創業者だ。

宮澤氏はNIFSに就職後、プラズマの研究や核融合炉の設計などに従事してきた。核融合の研究を始めた当初から「核融合発電を早く実現する」ことを目標にしてきた宮澤氏は、ヘリカル方式の核融合炉の設計に着手した。宮澤氏の念頭にあったのは、国が将来建設する、発電を実証する原型炉でヘリカル方式の採用を目指すというものだった。

ただ、国はトカマク方式を原型炉に採用することに決めた。それは同時にNIFSという学術機関に在籍する限り、核融合炉を作ることは難しいということだ。

核融合発電のイメージ

同時期に海外では民間のリスクマネーを使い、研究者が核融合スタートアップを立ち上げる動きが出ていた。「核融合炉を作るにはNIFSを飛び出すしかない」(宮澤氏)。後藤拓也取締役など複数の研究者を誘い、ヘリカルフュージョンの立ち上げを決心した。後藤氏は「核融合炉を作りたいという思いはずっと持っていたが、起業という発想はなかった」と振り返る。

とはいえ、日本で核融合という「ビッグサイエンス」に資金を供給する流れは乏しかった。また、宮澤氏や後藤氏はそれまでビジネスとの関りが少なく、VCとのコミュニケーションに不慣れだった。宮澤氏は「面談に行ったベンチャーキャピタル(VC)に『3年でマネタイズできるものにしか投資できない』と言われたことは多々あった」と話す。一時は「核融合スタートアップが多い米国へ行くことも考えた」(宮澤氏)ほどだ。

そうした中、支援に名乗りを上げたのが、田口昂哉共同創業者だ。創業前からボランティアとして投資家の紹介などをしていた。研究者とコミュニケーションを続ける中で「核融合の可能性に賭けてみたいと思うようになった」と参加した。田口氏は「核融合は脱炭素に加え、エネルギーの自給も実現できるかもしれない。人類にとって革命のような話だ」と話す。

創業後まもない22年5月に日本マイクロソフト元社長の成毛眞氏など複数の投資家から6500万円、23年4月にはSBIインベストメントなどから約8億円を調達した。宮澤氏は「我々の強みは研究開発とビジネス、2つの頭を持っていること」と話し、「田口が多額の資金を集めてきた時に、『核融合炉を作れません』と言わないように開発を進める」と力を込める。

34年発電目指す

同社が開発する核融合炉のイメージ

開発する核融合炉の大きさはLHDの約2倍を想定する。今後実験炉を建設・運転し、34年の発電を目指す。

米国にはTheaエナジーやタイプワンエナジーなどヘリカル方式で核融合炉の実用化を目指すライバルがいる。これらの企業はモジュール式の超電導コイルを敷き詰めて、コンピューターで最適化した磁場を形成する。ヘリカルフュージョンの後藤氏は「彼らは超電導コイルの製造がしにくいという理由で、我々のことを『古典的ステラレーター』と呼ぶが、形成するプラズマの性能に大差はない」と指摘する。

ヘリカルフュージョンはメンテナンスのしやすさを打ち出す。商用の核融合炉では、熱を受け止める「ブランケット」という部品を定期的に交換する必要がある。米国のスタートアップは超電導コイルを敷き詰めるため、ブランケットを回収するスペースを確保しにくい。ヘリカルフュージョンでは超電導コイルの隙間にメンテナンスできるスペースを確保し、長期間運転できるようにする。超電導コイルの製造についても「簡単に作れる製造方法にある程度めどをつけている」(後藤氏)。宮澤氏は「商用化を見据え、廃炉も考えながら設計している」と話す。

そのほか、高温超電導コイルや液体金属を使ったブランケットを実装し、効率的な核融合炉の実現を目指す。後藤氏は「さまざまなスタートアップが高温超電導に取り組んでいるが、NIFSを背景に持つ我々には知見という大きなアドバンテージがある」と強調する。10月には中小企業技術革新制度(日本版SBIR)に採択された。高温超電導体の開発で20億円の補助を受け、社会実装を推し進める。

日本は核融合を開発するスタートアップには不利な環境だ。米国と比べ、多額の資金を集めるのが難しい。一方、政府は4月に核融合発電についての国家戦略を策定。核融合研究に力を入れる方針を明確にした。

宮澤氏は言い切る。「我々が核融合炉を作れないと言ったら、世界は核融合炉を手に入れられない。そのくらいの責任感を持っている」。

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