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特許を認めぬインドと製薬メーカーはどう向き合うか

文=三森八重子 「対立」から「協調路線」への転換を
 あまり知られていないが、インドの製薬産業の生産量は世界第4位に位置する。高品質で安価な医薬品をインド国内ばかりでなく世界市場で販売している。だが、インドには2005年まで物質特許がなかった。知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)の発効を受け、ようやく物質特許を導入した。

多くの国で認められている特許を拒絶


 しかし、インドは特許法に「第3条d項」と呼ばれる特殊な条項を組み入れ、特許の範囲を厳しく制限した。この特殊な条項を理由に、インド特許庁は世界の多くの国で認められている特許を拒絶した。13年4月には、インドの最高裁判所がスイスのノバルティスが開発し世界市場で販売されている白血病治療薬「グリベック」の特許を拒絶する判断を下し、世界中から注目された。

 また、12年にはインド初となる強制実施権が発令された。独製薬大手バイエルが特許を持つ抗がん剤「ネクサバール」に対して、インドの地場の製薬企業ナトコが強制実施権の設定を要求した。インド特許庁はインドで特許権行使がなされていないこと、および同抗がん剤の価格がインド国民の手の届かない高い価格に設定されていることを理由に、ナトコ側の主張を認めた。

貧困層に安く提供、先進国と価格差つける


 一連のイベントは大手外資系製薬企業を震撼(しんかん)させた。実際のところ、特許を巡る途上国と先進国の溝は深く、TRIPS協定を巡る議論の場でも激しく対立してきた。

 しかしここにきて、インド製薬企業と外資系企業の歩み寄りも見られるようになった。例えば、英グラクソ・スミスクライン(GSK)などは先進国における価格と途上国市場での価格に差をつけ、同じ医薬品を途上国では大幅に安い価格で販売している。

 エーザイなどは「段階的価格制度」を導入し、富裕層と貧困層とで価格に差をつけて販売する戦略を導入した。また、一部の外資系大手製薬企業はこれまで積極的とはいえなかった「顧みられない疾患」向け治療薬の開発にも取り組み始めた。

 この背景には製薬市場の構造的変化がある。これまで製薬産業をけん引してきた先進国市場は成熟し成長が鈍化している。製薬産業は大きな伸びしろがある途上国・新興国市場を無視できないところに追い込まれており、これまでの立場の違いによる「対立」から「協調路線」に転換を迫られている。

 先進国は、これまで作り上げてきた枠組みを主張し、途上国・新興国との対立を深めることよりも、持続可能な地球経済を鑑みて、共存できる枠組み作りを急ぐ必要があるのではないか。
【略歴】
 三森八重子(みつもり・やえこ)89年(平元)米コロンビア大ジャーナリズム大学院上級国際報道コース修了。11年筑波大准教授。大阪大学・グローバルアドミッションオフィスインターナショナルカレッジ教授。東京都出身。
日刊工業新聞2016年3月7日パーソン面
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
新薬メーカーにとっては、特許制度が未整備の国への進出はリスクが大きいのが現状です。日本製薬工業協会によると、基礎研究段階で合成された化合物が承認へ至る確率は約3万分の1。新薬開発は失敗の連続であるため、発売にこぎ着けた新薬を特許で守って収益をあげなければ巨額の研究開発費をまかなえないという構造問題があります。製薬各社にはシミュレーション技術で基礎研究を効率化するといった取り組みを進めてもらい、コスト低減と新薬創出確率の向上を期待したいところです。そうした意味での経営体力がつけば、途上国との歩み寄りも進むかもしれません。 (日刊工業新聞社編集局第二産業部・齋藤弘和)

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