がん治療装置「中性子」の活用準備進む。日本が世界をリードできる分野
日立、陽子線の実績をひっさげ次世代担う
**陽子線で相次ぎ新技術
陽子線がん治療システムを手がける日立製作所。既に海外展開で先行しており、国内外で10施設以上からの受注実績がある。国内では近年、名古屋陽子線治療センター(名古屋市北区)や北海道大学に納入した設備が稼働している。名古屋陽子線治療センターにはがん細胞を塗りつぶすように陽子線を照射するスポットスキャニング照射システムを提供。北大とは呼吸で動く臓器への集中照射を可能にした動体追跡陽子線がん治療システムを共同開発するなど新技術を相次ぎ誕生させている。
特に動体追跡陽子線がん治療システムの完成は海外受注の呼び水になり、米国の医療施設への新たな導入も決まった。同システムはがん周辺の正常部位に直径1・5ミリメートルの金マーカーを置き、その位置をCTで確認し呼吸で動くがんを追跡する。がんの位置を自動検出し、がんの動きと陽子線の照射タイミングを同期させる。金マーカーが治療計画の範囲にある時だけ陽子線を照射し、正常細胞への照射影響を低減させる。
北大では同治療システムを14年から運用。国内では京都府内でもスポットスキャニング照射技術と動体追跡照射技術を搭載した新システムが18年度中に稼働する予定。海外受注はこれまで米国が中心だったが、新システムで今後はアジア市場からの受注も狙う。
放射線がん治療分野では重粒子線や陽子線を腫瘍に照射する方法のほか、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)システムも国内で実用化への準備が着々と進んでいる。
国立がん研究センター(東京都中央区)では直線加速器を使った病院設置型BNCTシステムの臨床試験が早ければ16年度内に実施される。
同システムは、体内投与した薬剤(ホウ素薬剤)を腫瘍細胞に集積させ、中性子を照射する。粒子線がん治療システムは腫瘍のある場所を照射するため、がん細胞周辺の正常細胞への照射影響を低減させる技術の開発が不可欠になる。
一方、BNCTシステムは選択的にがん細胞だけを照射できる。患者にはがんに選択的に集積するホウ素化合物を事前投与し、ホウ素化合物が集積した段階で中性子を照射する。正常細胞への影響をさらに減らせ、副作用が少ない。
国立がん研究センターの治療装置はCICS(同江東区)が開発したリチウムターゲットシステムと、日立の米国子会社の直線加速器を組み合わせて製作。小型の直線加速器で加速した陽子線をリチウムターゲットに衝突させて中性子を生成する。従来は安定した熱外中性子を得るために原子炉が必要だった。
ただ原子炉は医療施設にはなく、治療技術の研究開発を進めるには患者を原子炉施設に移送しなければならなかった。原子炉は核燃料の安全性の問題もあり、これまで医療分野での実用化が難しいと言われていた。
新システムは直線加速器を使うため小型化が可能で、核燃料の心配もない。融点が低いリチウムの使用に向け専用の冷却システムや放射線同位元素の自動洗浄設備も開発し、病院内への設置を可能にした。
BNCTシステムは欧米でも研究開発がそれほど進んでおらず、日本が世界をリードできる分野として期待できる。今後は臨床試験に加え、新たなホウ素薬剤の開発など実用化までの道のりは平たんではないが、「日本発の新規治療技術を世界に発信できる」(伊丹純国立がん研究センター中央病院放射線治療科長)と強調する。
(文=宮川康祐)
陽子線がん治療システムを手がける日立製作所。既に海外展開で先行しており、国内外で10施設以上からの受注実績がある。国内では近年、名古屋陽子線治療センター(名古屋市北区)や北海道大学に納入した設備が稼働している。名古屋陽子線治療センターにはがん細胞を塗りつぶすように陽子線を照射するスポットスキャニング照射システムを提供。北大とは呼吸で動く臓器への集中照射を可能にした動体追跡陽子線がん治療システムを共同開発するなど新技術を相次ぎ誕生させている。
特に動体追跡陽子線がん治療システムの完成は海外受注の呼び水になり、米国の医療施設への新たな導入も決まった。同システムはがん周辺の正常部位に直径1・5ミリメートルの金マーカーを置き、その位置をCTで確認し呼吸で動くがんを追跡する。がんの位置を自動検出し、がんの動きと陽子線の照射タイミングを同期させる。金マーカーが治療計画の範囲にある時だけ陽子線を照射し、正常細胞への照射影響を低減させる。
北大では同治療システムを14年から運用。国内では京都府内でもスポットスキャニング照射技術と動体追跡照射技術を搭載した新システムが18年度中に稼働する予定。海外受注はこれまで米国が中心だったが、新システムで今後はアジア市場からの受注も狙う。
がん細胞だけ選択し照射、「BNCT」16年度にも臨床
放射線がん治療分野では重粒子線や陽子線を腫瘍に照射する方法のほか、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)システムも国内で実用化への準備が着々と進んでいる。
国立がん研究センター(東京都中央区)では直線加速器を使った病院設置型BNCTシステムの臨床試験が早ければ16年度内に実施される。
同システムは、体内投与した薬剤(ホウ素薬剤)を腫瘍細胞に集積させ、中性子を照射する。粒子線がん治療システムは腫瘍のある場所を照射するため、がん細胞周辺の正常細胞への照射影響を低減させる技術の開発が不可欠になる。
一方、BNCTシステムは選択的にがん細胞だけを照射できる。患者にはがんに選択的に集積するホウ素化合物を事前投与し、ホウ素化合物が集積した段階で中性子を照射する。正常細胞への影響をさらに減らせ、副作用が少ない。
病院内に“原子炉”
国立がん研究センターの治療装置はCICS(同江東区)が開発したリチウムターゲットシステムと、日立の米国子会社の直線加速器を組み合わせて製作。小型の直線加速器で加速した陽子線をリチウムターゲットに衝突させて中性子を生成する。従来は安定した熱外中性子を得るために原子炉が必要だった。
ただ原子炉は医療施設にはなく、治療技術の研究開発を進めるには患者を原子炉施設に移送しなければならなかった。原子炉は核燃料の安全性の問題もあり、これまで医療分野での実用化が難しいと言われていた。
新システムは直線加速器を使うため小型化が可能で、核燃料の心配もない。融点が低いリチウムの使用に向け専用の冷却システムや放射線同位元素の自動洗浄設備も開発し、病院内への設置を可能にした。
BNCTシステムは欧米でも研究開発がそれほど進んでおらず、日本が世界をリードできる分野として期待できる。今後は臨床試験に加え、新たなホウ素薬剤の開発など実用化までの道のりは平たんではないが、「日本発の新規治療技術を世界に発信できる」(伊丹純国立がん研究センター中央病院放射線治療科長)と強調する。
(文=宮川康祐)
日刊工業新聞2016年3月4日「深層断面」から抜粋