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日本「トップ10%論文」13位に下降…NISTEP調査に見る学術生態系の秩序の変化

文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の調査で、日本は質の高い論文ランキングで13位に下降し、イランに抜かれたことが分かった。そのイランの論文を分析すると欧米諸国に属しない学術生態系を発見した。さらに中国研究者が中国国内で論文を引用し合い被引用数を高めている構造を明らかにした。欧米諸国がけん引してきた学術生態系の秩序が変化している。(小寺貴之)

NISTEPが論文や特許などの定量指標で科学技術活動を分析する「科学技術指標」と「科学研究のベンチマーク」をまとめた。被引用数の多いトップ10%論文のランキングで日本は2022年発表の12位から13位に後退した。論文全体の本数は19―21年の平均値が7万775本と、18―20年平均の6万7688本よりも4・6%伸びているものの、被引用数の高い論文の数が伸びなかった。トップ10%論文の順位は、わずか3本差でイランに抜かれた。

ランキング順位の変動には大きな意味はないものの、イランが日本と並ぶ理由には意味がある。イランの学術界を調べると博士課程の大学院生が10年間で3倍に増えていた。村上昭義主任研究官は「イランの17年の博士課程大学院生は23万人と急激に伸びている」と説明する。対して日本は22年度が7万5000人。イランの人口は約8700万人のため、日本よりも人口当たりの博士課程大学院生は多い。

イランはエネルギー関連などの工学分野の論文数が伸びている。中でもイランからの論文が多い科学誌を調べると、引用しているのは中国やインド、サウジアラビア、パキスタンなどの国々の研究者だった。村上主任研究官は「上位5位に欧米諸国がなく、独自の生態系ができつつある可能性がある」と指摘する。

中国、自国で被引用数アップ

そして主要国の論文の被引用構造を調べると、中国は61%が自国からの引用だった。自国で研究予算をまかなえる米国でも29%。日本は19%。英仏独は自国からの被引用率が11―15%だった。

被引用数は論文の注目度と質を表す指標として用いられてきた。論文の質と数はその国や大学の研究力を表すとして国際ランキングの評価に用いられる。ただ欧州では連携して大型研究を企画するため域内で相互に引用し合う構造がある。国外からの被引用率は高くなる。対して中国は自国内での相互引用で被引用数を引き上げた。

こうした論文の質を実際よりも高く見せる互助関係は“サイテーションマジック”と批判されてきた。一方で欧米の学術界が築いてきた評価指標や序列を中国が揺るがしたとの理由で変更するのは慎重さが求められる。

いずれにせよ従来と異なる学術生態系が形成されている。こうした変化をマクロ調査で捉えるには年単位のタイムラグが生じる。科技政策の観点からは研究者の肌感覚として変化の兆しを捉えて確かめる機能が必要だ。

ただNISTEP調査では日本からの留学生は減っている。米国における日本人大学院生は07年の2508人から20年は900人に減少した。首位の中国は6万8000人、2位のインドは5万3000人、イランは4位で約5000人の留学生を送り込んでいる。日本の900人は20位で、米国外国人大学院生に占めるシェアは0・5%になる。

日本が世界のトップグループではなくなってしまった以上、周囲の第2グループの国々の戦略を理解することが重要だ。イランのエネルギー産業と学術界の関係など、留学生を通して米国から学びつつ、国内でどんな学術生態系を築いているか理解する必要がある。NISTEPは海外産業界の調査に限界を抱える。国際的な連携調査が望まれる。

日刊工業新聞 2023年08月09日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
トップ10%論文の数で研究力が測れるわけがないと言われてきて、文科省の審議会でも声を大にしておっしゃっている先生もいます。それでも代わりになる指標がないので使われています。研究力を計ることが難しいのは当然として、指標やデータを安定供給してくれる事業者がいないと分析に使えないという点でも難しさがありました。日本はトップ10%論文の数を大学政策の判断基準に使っているので、10年後、20年後はどう扱われているのだろうと思います。評価指標に愚直になるなら、研究者は特定の相互引用ネットワークの中で頑張らないといけません。それがいくつもあるとなると、どのネットワークは無茶なことを言わず、効率的に被引用数を稼げるのか考えることになります。査読者に言われるがまま追加実験して文言の修正を繰り返していると数ヶ月、ときには年単位で時間がかかります。「研究者に求められる能力は、査読者に何を言われても諦めず、直して直して論文を出し続ける忍耐力だ」と若手研究者が漏らしていました。ある査読者は「中国はほとんど直さず何度も同じ論文を出してくる。あのバイタリティーは見習うべきだ」とおっしゃっていました。論文を書くよりも、大学の経営改革よりも、この構造を直す方がよっぽど科学への貢献になるような気がします。

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