顧客から “ESGの質問” 殺到、サプライヤーの好機になる
製品や部品、資材のサプライヤーに対し、顧客である発注元企業から、ESG(環境・社会・企業統治)に関連した質問が殺到している。以前から取引ではQCD(品質・コスト・納期)が問われてきたが、さらに気候変動対策や人権問題への対応も重視されてきたようだ。一方で質問は複雑になり、実際の行動も要請される。サプライヤーには負担だが、ESGへの取り組みを評価してもらえるチャンスにもなる。(編集委員・松木喬)
パナソニックホールディングス(HD)は、顧客企業から環境対策を聞かれることが増えた。同社グループも製品を供給するサプライヤーであるからだ。特にCDP(英ロンドン)を介した情報開示の要請が増えている。
CDPは大企業の気候変動対策の評価で影響力を持つNGO。個別企業の評価とは別に、企業の依頼を受けてサプライヤーに情報開示を要請するプログラムも運用している。依頼企業はサプライヤー1社1社に質問を送る手間を省けるため、利用が増えている。パナソニックHDにも20年は37社、21年は45社、22年は54社、23年は64社から要請が来た。ほとんどが海外の顧客だが、日本企業も含まれる。
温室効果ガス排出量への関心が高く、顧客は自社が購入した製品の製造に伴う排出量の提供を求めており、パナソニックHDが応じている。グループの情報開示を担当する環境経営推進部の福島由紀主幹は「提供後、顧客からメールで質問を受けることもある」と話す。
また、依頼企業からCDPへの回答方法を教えるセミナーへの参加要請も届く。顧客の営業窓口となっているHD傘下の事業会社が対応を判断している。福島主幹は「調査依頼が増えているが、事業会社にとっては顧客からの要請であり、しっかりと回答している。パナソニックの環境問題への姿勢を知ってもらえる機会でもある」と捉えている。
リコーにはオフィス複合機を購入した海外の顧客から、人権に関連した問い合わせが増えている。途上国での過酷な労働が国際問題となっているためだ。顧客からはリコーのサプライヤーの人権問題を調べる「人権デュー・デリジェンス(DD)」を要請される。
製品の包装材への質問も目立つ。欧州を中心にプラスチックのムダ遣いを規制する動きがあり、再生材の利用状況を聞かれる。CDPのような第三者評価機関の評価結果を質問する顧客もあり、一定以上の点数の獲得を要求されることもある。
日本の顧客からはESGの戦略や情報開示についての質問が増えている。最近では取引先の分も含めた「スコープ3基準」での排出量も質問項目に入った。
リコーESGセンターの阿部哲嗣所長は、「商談でQCDに加えてESGの要求が増えている。対応することが商談への参加や獲得の要件になった」と、回答がビジネスで必須になったと語る。人権DDの実施や再生材の使用のように、具体策の実行も求められている。
自己採点、根拠の提出必要 “厳しさ” で信頼感
サプライヤーのESG評価サービスで台頭しているのが、EcoVadis(エコバディス、仏パリ)だ。世界1000社が同社のサービスを活用してサプライヤーを評価している。大東建託やブリヂストン、資生堂、塩野義製薬など日本の42社もエコバディスを利用する。2007年の創業以来、累計で世界10万社のサプライヤーを評価した。
企業の依頼を受けてサプライヤーに質問し、回答を採点する手法はCDPと同じだ。違いが評価分野で、エコバディスは環境以外に人権や倫理(汚職や腐敗)、資材調達も対象とする。また、非上場企業の評価も特徴だ。CDPを含めた第三者評価機関は投資家への情報提供が目的であるため、上場企業を対象とする。サプライヤーには非上場企業も含まれるため、エコバディスの利用が広がっている。
エコバディス・ジャパンの若月上代表は「“厳しさ”が信頼されている」と語る。サプライヤーが自己採点した回答を評価する第三者評価機関が多いが、すべてのサプライヤーが正直に回答している保証はない。エコバディスも自己採点方式だが、専門アナリストが回答をチェックするほか、自己採点の根拠となる証明書の提出も求めている。
エコバディスはサプライヤーが料金を支払って評価を受ける仕組み。質問が届いたサプライヤーには負担のようだが、「メリットがある」(若月代表)と強調する。質問項目は世界共通なので、結果によって自社の優劣が分かるからだ。エコバディスは評価上位のサプライヤーを「プラチナメダル」や「ゴールドメダル」などに認定しており、「経営者は評価を高めようと真剣になって改善する」(同)という。投資家から評価機会が少ない非上場企業も認定によって、ESGへの取り組みをPRできる。
欧州ではエコバディスの評価を取引条件にする企業もある。ただし若月代表は「サプライヤーの選別が目的ではない。企業には、結果が悪いサプライヤーに改善を働きかけてほしい」と期待する。
顧客からESG関連の調査依頼が増えているのは、サプライチェーン(供給網)全体での気候変動対策や人権配慮が求められているためだ。大企業が生産委託先を増やして自社の温室効果ガス排出量を減らしても、サプライチェーン全体の排出量が増加しては温暖化の抑制につながらない。また、大企業のコスト削減圧力が原因となりサプライヤーが低賃金労働を従業員に強制する人権問題に対し、NGOや投資家が厳しい視線を向ける。
一方で、ESGを向上させたサプライヤーが評価され、取引で優遇されるインセンティブが課題だ。日本ではコストが優先されるため、ESGに無関心なサプライヤーと取引上の差が生じない。ESGがQCDと同等かそれ以上の比重になると、真剣に取り組んだサプライヤーの努力が報われる。
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