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官民15兆円投資…世界最先端に、日本の水素技術の現在地

官民15兆円投資…世界最先端に、日本の水素技術の現在地

旭化成の水電解パイロット試験設備(外観イメージ)

脱炭素、エネルギー安全保障の観点から「水素」への注目が世界的に高まっている。日本では政府が、「水素基本戦略」の改定版を6月に取りまとめた。今後15年間で官民で15兆円の投資計画や、2040年に水素の供給量を現状比6倍の1200万トン程度に拡大する目標などを盛り込んだ。これらの実現を見据えた各業界・企業の取り組みを「作る」「運ぶ」「使う」の各段階に分けてリポートする。(編集委員・池田勝敏、同・政年佐貴恵、戸村智幸、山岸渉)

作る:水電解装置、アルカリ/固体高分子型が主力に

再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解してグリーン水素に変換する水電解装置。水電解装置は大きく分けるとコスト面に優れるアルカリと、小型化できる固体高分子(PEM)のタイプがある。

旭化成新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金を活用し、川崎製造所(川崎市川崎区)で水素製造用のアルカリ水電解パイロット試験設備を建設し、24年初頭の運転開始を目指す。工藤幸四郎社長は「PEMがどう動くのか、両立するかなど注目している。我々の技術を直接生かせるのはアルカリ」と話す。

一方、東レは22年度にドイツ子会社のGreenerity(グリナリティ)で、水素を製造するPEM形水電解装置の中核部材である、触媒付き電解質膜(CCM)の生産能力を従来比3倍にする増設を始めた。

東レの日覚昭広会長はエネルギーとしての水素の広がりに期待する。「50年には世界のエネルギーの半分を占める」とみる。需要拡大に伴い、同社水素関連事業の売り上げについても「(現中期経営計画最終年度の)25年度に22年度比3倍の600億円を目指す」(日覚会長)方針を掲げる。

運ぶ:20年代半ばに大型船実用化へ

水素の産業化にはサプライチェーン(供給網)構築、特に豪州など海外で製造した水素を国内に運ぶことが不可欠だ。川崎重工業は水素を将来の中核事業に育て、50年に水素事業で売上高2兆円を目指す。中でもマイナス253度Cに液化した水素の運搬船を主要機器に位置付ける。


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川重の大型の液化水素運搬船(イメージ)

液化水素運搬船は積載容量1250立方メートルの実証船を完成し、豪州・日本間を運搬する実証を成功させた。ただ、水素事業には大量輸送が不可欠のため、20年代半ばには積載容量を128倍の16万立方メートルにした大型船の実用化を目指す。

大型船は22年に日本海事協会から基本設計承認(AiP)を取得した。第三者から安全性などを認められたことになる。6月には貨物タンクの技術開発を完了した。実物に近い規模で試験用タンクを設計・製作し、計画通りの断熱性能を得られると確認した。

川重の橋本康彦社長は「水素運搬技術は高度なモノづくりが必要なので、日本の造船業界にとってプラスになる」と業界全体への波及効果を強調する。

使う:火力で混・専焼が主流に、FCVは商用車カギ

水素の産業利用では、発電燃料としての利用が期待されている。火力発電機器のガスタービンに水素を混ぜて燃焼する方法が主流になるとみられる。

三菱重工業は22年の出力ベースの受注実績が世界1位とガスタービンが得意で、エネルギートランジション(移行)戦略でも中核製品に位置付ける。ガスタービンは燃焼器を交換し、燃料系統を追加すれば、水素を混焼できる。混焼により天然ガスの割合が減り、脱炭素につながる。

さらに水素だけで燃やす専焼の商用化に取り組んでいる。中小型製品では25年に専焼の商用化を目指す。大型製品では水素の30%混焼を25年に、専焼を30年にそれぞれ商用化することを目指す。

ガスタービン生産拠点の高砂製作所(兵庫県高砂市)に設けた実証設備「高砂水素パーク」で水素の製造、貯蔵、発電まで一気通貫での実証を23年度に始める。加口仁副社長は「水素ガスタービンに積極投資し世界に先行したい」と意気込む。

トヨタ自動車のFCシステムを搭載した、FC大型トラック

自動車も水素利用が期待される分野だ。

トヨタ自動車は商用車を燃料電池車(FCV)本格普及のカギと位置付ける。利用拡大のネックとなる水素ステーションを物流経路上に設置しやすいほか、多くの水素消費が見込めるからだ。26年には現行品と比べ航続距離を20%向上、コストを半減した次世代燃料電池(FC)システムを投入する計画。30年時点で、おおむね商用車向けで10万台分のシステム供給を見込む。

水素市場が急成長する中国、欧州での展開も強化する。中国では24年4月から現行品で、欧州では次世代品で現地生産を視野に入れる。販売を増やし、FCV普及の最大課題であるコスト低減を実現。その成果を日本での普及拡大につなげる。

ホンダもFCシステムの外販に乗り出す。米ゼネラル・モーターズ(GM)と開発中の第2世代FCシステムを23年内に量産し、20年代半ばにも年2000基程度の規模で外販を始める。従来比でコストを3分の1、耐久性は2倍に高める方針。主に長距離トラックでの活用を見込む。

日本政府は17年、世界に先駆けて水素の国家戦略「水素基本戦略」を打ち出した。その後、25カ国・地域が水素戦略を策定、ロシアによるウクライナ侵攻も相まって国際競争は激しさを増している。

こうした中で改定した水素基本戦略は、日本メーカーに優位性がある水電解技術に着目。30年に日本企業が生産する水電解装置を国内外で15ギガワット程度導入するとの数値目標を設定した。燃料電池車(FCV)も日本メーカーが強く、今後は商用車の普及拡大を重視する方針を打ち出した。

発電や輸送分野も日本が先行しており、日本の強みを生かして脱炭素とエネルギー安定供給、経済成長の「一石三鳥」を狙う。

さらに日本の水素コア技術が世界の水素ビジネスで活用される未来像を掲げた。日本エネルギー経済研究所の柴田善朗研究理事は「雇用シフトをふまえた具体的な産業政策が今後必要になる」と指摘。未来像を目指す上でより踏み込んだ戦略が求められる。

また水素普及には政府支援が欠かせない。特に水素の高いコストは大きな課題で、政府は既存の化石燃料との価格差に着目した支援をする方針を打ち出した。

今後15年で、官民合わせて15兆円を投じる計画だ。

日刊工業新聞 2023年07月19日

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