産業革新投資機構のJSR買収…半導体材料の再編加速も残る懸念
政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)はJSRの買収を決めた。経済安全保障上の重要性が高まっている半導体は技術開発競争が激化しており、JSRが手がける半導体材料も積極的な投資が不可欠だ。JSRは非公開化して業界再編を主導する方針だが、政府系ファンド主導の業界再編は成功例が少ない。今回の買収の成否が日本の産業競争力を維持する分水嶺になりそうだ。(小林健人)
JIC幹部は「我々が東芝買収に手を挙げたのを見たJSRから相談があった」と打ち明ける。JICは2022年、東芝の再編案を提案する入札に参加したが、日本産業パートナーズ(JIP)連合に敗れた。大型買収を手がける積極的な姿勢がJSR買収の呼び水になった。JSRを突き動かした背景は、開発競争の激化だ。
JSRが強みを持つフォトレジストは日本企業が世界シェアの約9割を占めるが、東京応化工業、信越化学工業など競合も多い。最先端半導体向けの素材開発は、迅速で大規模な投資が求められる。ただ競合が多い状況では、各社が重複した開発を行うことになる。海外企業との競争において、投資効率の悪さは日本企業の存在感の低下につながりかねない。JSRは今回の非公開化を契機に業界再編を先導し、半導体素材の「強者連合」を形成したい考えだ。
重点投資分野に「産業や組織の枠を超えた事業再編の促進」を掲げるJICとJSRの思惑が一致した。JIC幹部は「JSRの競合も投資の課題は認識している。まずはJSRが手がけている素材を軸に再編を進めたい」と話す。
懸念は、これまでの業界再編が成功したとは言いがたい点だ。JICの前身に当たる産業革新機構(INCJ)は、有機ELディスプレーパネル製造のJOLEDやジャパンディスプレイ(JDI)など業界再編を手がけてきた。JOLEDは23年3月に東京地方裁判所に民事再生法の適用を申請。JDIの足元の業績も厳しい。支援先が経営不振に陥った企業を救済するような例が目立った。
一方、JIC幹部は「JSR買収に救済の要素はない。これまでの業界再編とは違う」と強調する。実際、JICはINCJ時代に前提となっていた個別案件の経済産業相への意見照会も不要に、より柔軟に投資できるようにした。JIC幹部は「業界再編に向けたコミュニケーションは取ってきた。勝ち筋がなければ投資はしない」と自信を見せる。競争が激しい半導体業界において日本企業の存在感を維持できるか。JICの手腕が問われる。