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トヨタ×富士重工が生んだ名車 「86」開発の舞台裏を描く

<情報工場 「読学」のススメ#115>『どんがら トヨタエンジニアの反骨』(清武 英利 著)
トヨタ×富士重工が生んだ名車 「86」開発の舞台裏を描く

「86」を披露する豊田社長(当時)/2012年2月撮影

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エンジニアに焦点を当てた物語

2012年にトヨタ自動車から発売されたスポーツカー「86」は、コンパクト、軽量、低重心のFR(フロントエンジン・リアドライブ)車で、本格的なスポーツ走行を楽しめる一方、手の届きやすい価格帯で人気を誇った。国内で下火になっていたスポーツカー人気を再燃させた一台、という評価もあり、現在も2代目の「GR86」が販売されている。

自動車好きの方なら、「86」がトヨタと富士重工業(現スバル)との共同開発であることをご存じだろう。スバルが誇る「水平対向エンジン」と、トヨタの「D-4S」と呼ばれる直噴技術を組み合わせたエンジンが採用されている。

『どんがら トヨタエンジニアの反骨』(講談社)は、この「86」の開発物語を中心としたノンフィクション。トヨタで「86」のチーフエンジニアとして開発に携わった多田哲哉さんをはじめ、他のトヨタのエンジニアたち、富士重工やマツダの関係者、さらに各々の家族にまで取材し、それらの証言をもとにした数々のエピソードが明かされる。

自動車そのものを論評する本ではない。トヨタの代名詞である「原価低減」や「ジャスト・イン・タイム」の話も、ほぼ出てこない。クルマが好きで好きで仕方がないエンジニアたちにフォーカスし、彼らがいかにそこに魂を吹き込んだか、背景にどんなドラマがあったのか、その奮闘ぶりを生き生きと描く。

著者の清武英利さんは、元読売新聞編集委員のノンフィクション作家。2004年から2011年まで巨人軍球団代表を務めた経歴がある。2014年には『しんがり 山一證券 最後の12人』(講談社文庫)で第36回講談社ノンフィクション賞を受賞している。

オープンイノベーションのマインド

この本における物語の始まりは2007年。トヨタで「スポーツカー復活プロジェクト」が立ち上がった年だ。当時のトヨタは、ミニバンやSUV(スポーツ用多目的車)に力を入れる一方で、スポーツカーの開発からは遠ざかっていた。

しかしながら、若者の自動車離れ対策、さらに副社長だった豊田章男現会長の「スポーツカーを復活させたい」という意向もあって、スポーツカーの開発がスタートする。そのプロジェクトにアサインされたのが多田さんだ。

多田さんは、もとは三菱自動車のエンジニアで、ベンチャー企業を作って失敗したのち、トヨタに転職したという異色の経歴の持ち主である。「86」のチーフエンジニアとして、トヨタと富士重工のエンジニアたちの間で奮闘。トヨタに対抗心を持つ富士重工のエンジニアを懐柔したり、スポーツカーをいかに採算に乗せるかマツダに相談にいったりと、いわば「外向き」の苦労を重ねたようだ。

ところで、直近の企業間の共同開発やアライアンスの例は、スマートシティやMaaSの分野等が多い。コンソーシアムが設立されたり、ホンダとソニーが提携するなど例が増えているように思う。振り返れば、トヨタと富士重工による「86」の共同開発は、こうした流れに先駆けるものだったかもしれない。技術を抱え込むより、一緒により優れたものをつくろうとうする「オープンイノベーション」のマインドは、自動車業界では、このあたりから勢いづいたような気がするのだ。

もっともトヨタは、05年に富士重工の株式8.7%を取得して筆頭株主になっていた。トヨタからみて、富士重工は「面白い会社」と見られていた。同社のユニークな技術を使って何かできないかという発想が、「86」の「水平対向エンジン×直噴技術」という画期的なエンジンにつながったようだ。

ドンガラに魂を込めるエンジニアたち

本書のタイトルにもある「ドンガラ」は、新型車の開発の途中でつくられる、鉄板剥き出しで中身も色もついていないがらんどうのクルマのことだ。そのドンガラの完成をめざし、エンジニアたちは魂を燃やす。

かくして「86」は誕生した。だが、この本に描かれる多田さんの物語はそれで終わらない。本の終盤に記される通り、2019年にはBMWとの協業でトヨタが誇る上級スポーツカー「スープラ」も復活。近年は、同社のスポーツカーブランド「GR」シリーズのラインナップも充実してきている。

一方で、世の中の風潮は「環境」重視だ。2023年5月10日に開かれた、トヨタの2023年3月期決算説明会では、登壇した経営陣からも、記者席からも、「スポーツカー」についての発言は一言もなかった。注目が集まるのはもっぱら「EV」。そういえば本書にも、せっかくできあがった「86」よりPHV(プラグインハイブリッド車)に興味津々の子どもが出てくる。やはり、スポーツカーはもう古いのか……とうら寂しくなる。

しかし、「クルマの在り方」が変わり、自動車メーカーが「モビリティカンパニー」になり、スポーツカーが消えたとしても、ドンガラに魂を込めるエンジニアは、いなくならないだろう。

トヨタでいえば、4月に就任した佐藤恒治新社長は、エンジニア出身だ。「クルマをつくることが大好き」「クルマ屋らしい車を出す」と、「クルマ屋」を強調する発言を繰り返す。では、クルマ屋とは何か。クルマ屋であるということは、クルマに「魂を込めるエンジニアがいる」ことを意味するのではないのだろうか。

つくるものに、魂を込める。それは自動車に限らず、日本人が大好きなものづくりの本質なのではないかと思う。(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『どんがら トヨタエンジニアの反骨』
清武 英利 著
講談社 352p | 1,980円(税込)
情報工場 「読学」のススメ#115
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
トヨタ自動車には、先進的だが、企業城下町を形成するほどの巨大企業の老舗だけあって、堅実な印象がある。世界的に有名なトヨタ生産方式にしても、ムダを省き合理性、効率性を重視するものであり、エリート的な、どこか「すました」ようなイメージは拭えない。だが、『どんがら トヨタエンジニアの反骨』で描かれるのは、もっと不定形な混沌から、熱い情熱をもって製品を作っていく、とても人間くさい物語だ。このチーフエンジニアを頂点とした製品開発プロセスは、「トヨタ開発方式」として、生産方式ともにトヨタを支える二本柱を形成しているのだという。対照的な2方式の存在がトヨタのエコシステムを支えているのは間違いない。知るたびに奥の深い会社だと感心させられる。

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