世界トップクラス・JERAが挑む「デジタル発電所」の全容
発電所の運営保守(O&M)業務が需給逼迫(ひっぱく)や甚大災害の多発、人材不足などさまざまな変化の中で複雑化している。世界トップクラスの発電事業者であるJERAは、こうした課題の解決を目指しデジタル発電所(DPP)の構築に取り組んでいる。過去の運転データやベテランの知見を活用し、発電設備や電力市場のリアルタイムの状況を可視化して最適な運用を可能にするものだ。1―8月にかけて順次立ち上がる姉崎火力発電所(千葉県市原市)の、新1号機から新3号機で導入を進めている。
デジタル発電所は運転開始から廃止までのライフサイクル全体をデジタルで管理する世界でも例を見ない試み。運転データに加え、発電設備や作業者のデータなどをすべてクラウド上に集積する。
発電設備の状況と季節や天候などで大きく左右される市場のリアルタイムの情報を可視化し、常に最適な意思決定を可能にする。現場の業務は従来、データの収集・分析が中心となっていたが、デジタル発電所ではこれらのデータをいかに活用するかに重点を移す。
実現に向けては火力発電所で長年O&M業務に携わってきた技術者が、アプリケーションの開発に当たった。発電設備を最適に運転できるよう性能管理や不具合管理、保守の高度化などをデータ化。それらを基に発電所で試運用を行い、アプリケーションを改修する作業を約2年間繰り返した。これらをDPPパッケージとして標準化し、まず2月1日に営業運転を開始した姉崎火力新1号機と、4月に稼働した同2号機に導入した。
DPPパッケージはO&M業務に関して、通常のオペレーション、予兆管理などの高度オペレーション、メンテナンス、寿命管理などの保全高度化の4項目、約20のアプリケーションを組み込んだ。パフォーマンス管理とタスク管理を両方行う。
さらにライフサイクルを通じて、PDCA(計画、実行、評価、改善)を回したことで分かった改善点などを新たなアプリケーションとして組み込む考え。日々の運転管理から長期的な戦略までをすべてデジタル化した。
姉崎火力新1―3号機は液化天然ガス(LNG)を燃料とするコンバインドサイクル発電で、3基合わせた出力は195万キロワット。排熱回収による蒸気タービンでも発電機を駆動させており、発電熱効率は63%と世界最高水準だ。
50年以上運転した旧1号機の効率は43%で格段に向上した。排出される二酸化炭素(CO2)も27%削減される。脱炭素に向けてさまざまな技術を導入している。
制御する作業環境も大きく変わった。これまで大半の発電所は、タービンや発電機、ボイラーなどの建屋の中心部に中央制御(操作)室を設置している。窓のない部屋の壁一面に操作盤があり、多くのメーターなどをにらみながらスイッチ操作していた。それに対し、新1―3号機は海を望む明るい制御室だ。
パソコンの大型モニターがスマートに配置されており、マウスで操作する。アナログのスイッチは非常用の緊急停止装置しかない。窓の外にタービン建屋が見えなければ、何のオフィスか分からない。
基本的な監視業務はコンピューターに任せる設計のため通常、担当者は席を離れて他の仕事に専念できる。「制御のソフト化だけでなく、開放的な空間とすることで精神的な負担が軽減できる」と佐賀賢太郎副所長は言う。
当初は1班4人体制だが、ゆくゆくは3人体制とする方針だ。セキュリティー対策にも力を入れている。外部からの侵入を防ぐためシステムは直接インターネットにはつないでいない。「多重の設備を経由して発電所のデータを外部に出すことで本社側で発電状況などが分かるが、外部のデータは受け入れない」(亀井宏映所長)仕組みだ。
姉崎火力をデジタル発電所の試金石とする。発電設備を仮想空間で再現し、より状態を分かりやすくするデジタルツインや、人工知能(AI)などの最新技術の導入も検討する。今後は武豊火力発電所(愛知県武豊町)や横須賀火力発電所(神奈川県横須賀市)など、リプレースする発電所の運転開始に併せて順次、導入する。その後は国内外で稼働している自社の既存発電所への導入や、他社の発電所への導入提案も行う考えだ。