「空飛ぶクルマ」に商機あり、中小企業が生かす技術力
2025年の大阪・関西万博では「空飛ぶクルマ」の商用運航が目標とされている。機運の高まりで、関西の中小企業の間で関連産業へ参入を目指す動きが広がっている。ただ、品質管理の要求水準をはじめ航空機産業の経験がない中小企業にとって参入障壁は高い。先鞭(せんべん)をつける兵庫県内の中小の動きから、商機や課題を探った。(大阪・森下晃行)
国土交通省・経済産業省による官民協議会によると、いわゆる空飛ぶクルマは25年度までに商用運航が始まり、20年代後半には都市間や離島へ運航が拡大する見通し。世界市場は40年までに約160兆円規模になるという試算もある。
関西には大手重工メーカーのサプライヤーである中小企業が多く、エンジン関連などの航空機産業に携わってきた企業も少なくない。培った技術力は空飛ぶクルマにも応用でき、関連産業に参入を狙う企業が現れ始めた。
特に活発なのが神戸だ。兵庫県内に拠点を置く中小企業から成る神戸エアロネットワーク(KAN、神戸市中央区)には、飛行ロボット(ドローン)や空飛ぶクルマに照準を合わせた企業が集まる。
機械加工や電気機器製造を手がける阪神機器(神戸市西区)もその1社だ。KANを通じ、航空ベンチャーのスカイリンクテクノロジーズ(SLT、神戸市西区)から、機体の姿勢などを制御するフライトコントローラーの開発を請け負う。
阪神機器は基板の組み立てに豊富な知見を有する。ドローン向けのフライトコントローラーは市販品を改造して使うことが多く、この方法の延長線上で開発できる見通しだ。
伊福精密(神戸市西区)は金属3次元(3D)プリンターの活用にチャンスを見いだす。阪神機器同様、KANを通じSLTとの共同開発に取り組む。既にマイクロガスタービンや燃焼装置を試作品として製造した。
材質は耐熱合金で難削材のインコネル。伊福精密の松田幸次専務取締役は「切削だとうねった形状などの微細な作り込みが難しいが、3Dプリンターなら可能。他にも特性を生かしたモノ作りができるのでは」とみる。
整備・メンテ入り口に
阪神機器や伊福精密は既存事業の強みを生かし、空飛ぶクルマへの参入を目指している。一方、航空機産業の経験が全くない中小の場合、参入に当たっては「技術力の裏付けが難しい」(阪神機器の黄勝義電気機器製造部長)。航空・宇宙産業の品質管理規格「JISQ9100」などの認証取得を目指すか、今のうちから少しずつ実績を積み上げておく必要がある。
新産業に挑む経営姿勢を提起する経営者もいる。佐藤精機(兵庫県姫路市)の佐藤慎介社長は「経営資源に乏しい中小でも、研究開発(R&D)と思ってやってみなければ」と語気を強める。
佐藤精機もKANメンバー。同時5軸マシニングセンター(MC)を使った高精度の切削加工が強みで、22年夏に空飛ぶクルマのスタートアップから試作品開発の依頼を受けた。
過去には小惑星探査機「はやぶさ2」の試料輸送容器を手がけ、米航空宇宙局(NASA)から開発依頼を受けたことも。空飛ぶクルマも試作開発に特化した佐藤精機らしい開発案件だが「既存事業にあぐらをかいた中小ほど危機感を持ったほうが良い」と佐藤社長は指摘する。
例えば中小が頭を悩ませる人手不足問題に対しても「(空飛ぶクルマのような)ワクワクする事業をしている企業には優秀な人材が興味を持つ」(佐藤社長)と解決の一助になることを期待する。
未経験の中小にとって現実的に参入可能な分野はどこなのか。「整備やメンテナンスは一つの候補」と新産業創造研究機構(NIRO)の山北晃久航空・宇宙部長は説明する。
JISQ9100に相当する高い品質管理能力を求められる機体部品とは異なり、整備に使われる治具などは要求品質がそこまで高くない。商用運航と整備・メンテナンスは両輪のため、比例した市場拡大が見込まれる。
市場がまだ立ち上がっていない今こそ「早いうちからアンテナを張り、実績を作っておくことが重要」(神戸市産業振興財団の茨木久徳航空機産業担当部長)という見方もある。多くの中小にとって魅力ある市場が生まれるのか、今後に注目したい。
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