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“風の力”で船舶動かす、クリーンな運搬手段アピールの現在地

“風の力”で船舶動かす、クリーンな運搬手段アピールの現在地

シーウイングを大型バラ積み船に搭載したイメージ

海運で風の力を推進力に生かして船舶を運航する技術開発が進んでいる。条件によっては燃料費を20―30%削減できる効果も得られるという。自社の運航船に設置すれば温室効果ガス(GHG)の削減が望めるだけでなく、ESG(環境・社会・企業統治)経営を重視する荷主に対してもクリーンな運搬手段であることをアピールできるため、差別化につながるものと期待している。(編集委員・小川淳)

川崎汽船は、凧(たこ)による風の推進力を利用して省エネ航行するシステム「シーウイング」を開発している。大型のバラ積み船に搭載した実証実験を今夏にも始める計画だ。船首部に凧を取り付ける仕組みのため、さまざまな船種に搭載できる。外洋航海で凧を展開し、入港時などには収納する。消費燃料は平均約2割削減できるという。

欧州エアバスから分社した仏エアシーズと開発を進めてきた。同社はシーウイングを取り付けた船舶による大西洋横断に成功しているという。川崎汽船の明珍幸一社長は「エアシーズは航空力学に強く、我々は海運に強い。両方の知見をしっかりと合わせ、実現していく」と自信を見せる。

2024年完成のJFEスチール向けの大型バラ積み船やJパワー向けの石炭専用船など、すでに5隻への搭載が決まっている。

一方、商船三井は「硬翼帆(こうよくほ)」を搭載した「ウインドチャレンジャー」の船舶への導入に力を入れる。1本の帆でGHGの排出量を5―8%程度削減できると試算している。

縮帆状態の「松風丸」(秋田県能代市)

最初の船舶である「松風丸(しょうふうまる)」は、22年10月に就航した。帆は繊維強化プラスチック(FRP)製。4段式に伸縮するのが特徴で、高さは最高53メートルまで伸びる。自動制御で帆の回転のほか、風の強弱に応じて帆を伸縮させ、風を捕まえて推進力に変えることができるという。

東北電力用の石炭輸送船として大島造船所(長崎県西海市)が建造した。同年11月には豪州からの石炭を積み込み、東北電の発電所に初入港している。

従来の同型船と比べ、帆1本当たりのGHGの排出量は日本―豪州航路で約5%、日本―北米西岸航路で約8%の削減をそれぞれ見込む。1隻に複数本や既存船にも搭載可能。今後、35年度までに25隻、35年度までに80隻へ導入規模を拡大していく方針だ。

また、商船三井では風の力を推進力に変える補助装置「ローターセイル」を船舶に導入することも決めた。ブラジルの資源大手ヴァーレの鉄鉱石輸送に従事している既存の20万トン級の大型バラ積み船を改造し、24年前半に2機搭載する計画だ。

ローターセイルはフィンランドのグリーンテクノロジー企業のノースパワー製。高さ35メートル、直径5メートルの円柱形をしている。軽量・高強度の複合材料で作られている。航行中に回転するローターに風が吹き込み、ローターの周りに圧力差が生じることで推進力を得る仕組みとなる。航海最適化システムを併用すれば、6―10%程度のGHG削減が期待できるという。

商船三井の橋本剛社長はこうした取り組みについて「少しでも燃料の使用量を減らす工夫を積み重ねないといけない」と強調する。

世界で活発化 ゼロエミッション船も

風の力を船舶の推進力にする取り組みは海外でも進んでいる。中国の造船会社である大連船舶重工集団(DSIC)は22年9月に炭素繊維複合材料(CFRP)を採用した2組の硬翼帆を搭載した30万トン級の大型原油タンカーを竣工した。中東―極東航路では10%近いGHGの削減効果が得られるという。

また、オランダの造船会社ホランドシップヤードは、硬翼帆を船体の前方に2基設置して風の力を推進力に変える多目的貨物船を建造している。脱炭素の流れを受けて、こうした動きは今後も世界中で拡大する見込みだ。

海運業界のGHG削減に向けた取り組みでは現在、重油よりGHGの排出量が30%程度少ない液化天然ガス(LNG)を燃料とする船舶の導入が中心だ。その先は燃焼してもGHGを排出しないアンモニアや水素などを燃料とするゼロエミッション(排出ゼロ)船の導入が30年代に見込まれる。ただ、こうした船舶の運航が主流になっても、燃料自体が高価になるため、燃費の改善も不可欠となる。風の力を利用する取り組みが求められるゆえんだ。「風は無尽蔵にある。利用しない手はない」(山口誠商船三井執行役員)。いつか世界中の海で、蒸気機関発明以前のように風の力の恩恵を受けた船舶が航行するかもしれない。

日刊工業新聞 2023年05月01日

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