情報技術が材料開発のデータ制約を解く
データ駆動型の研究開発はデータの生成がボトルネックになる。人工知能(AI)研究では学習させるデータの量が性能をけん引している。だが実験をしてデータを作るのは高コストだ。最先端のAIモデルを使えないジレンマがあった。この状況を覆す技術は情報分野から現れる。
「計算量がN分の1になる。変数が増えるほどコスパが良くなる」―。東京大学の求幸年教授と理化学研究所の乾幸地特別研究員は材料の物性やデバイスの機能などの物理現象を再現した数学モデルから、材料やデバイスを逆設計する技術を開発した。こうした数学モデルには数千個の変数が含まれる。自動微分で変数を求める。
従来の数値微分は変数がN個あればN回の計算が必要だった。自動微分はこれを1回に減らし、安定して解が得られる。変数が数千個なら計算負荷は数千分の1。条件を整えれば1兆個の変数の最適化も可能になる。実際に量子異常ホール効果や光電変換の新物質候補の設計に成功した。
数学モデルから材料やデバイスを逆設計できると性能地図を作れる。あらかじめ網羅的に性能を計算し、そこから製造コストの低いモノを選ぶことができる。求教授は「局所解の分布を俯瞰(ふかん)することで製品戦略を練れる」と説明する。データ駆動でなくモデル駆動の探索が可能になる。
データがあっても組織間で連携できない問題もあった。競合企業同士のデータを集めてAIに学習させる場合だ。国立情報学研究所とNTTは秘密計算を使ったAI開発実証を始めた。回帰やクラス分類、次元圧縮などAIで多用される要素を暗号下で実行できる。お互いにデータを開示する必要がない。
NTT社会情報研究所の高橋克巳主席研究員は「従来の連携はデータをすべて出すか、諦めるかの二択だった。小さく試してデータ連携の仕方も最適化したい」と説明する。無料で提供するため、まずは非商用目的に限り大学や研究機関で実証例を作る。企業の製造プロセスのデータと大学の研究のデータを掛け合わせれば、性能とコストを両立した材料を開発できる。
こうしたデータ連携環境は国の大型研究で威力を発揮する。国プロの企画立案では、技術開発の工程設計よりも参加者間の利害関係整理がボトルネックになってきた。計算環境の整備で柔軟に体制を組めるようになる。
情報技術の進展でデータに縛られてきた制約が解かれようとしている。異分野での変化点を捉えて、成功事例を積み上げることが求められる。