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JR東日本「オープンイノベーション」への挑戦、130社が参加したコンソーシアムの秘訣

<情報工場 「読学」のススメ#114>『新世代オープンイノベーション JR東日本の挑戦』(入江 洋/原田 裕介 著)
JR東日本「オープンイノベーション」への挑戦、130社が参加したコンソーシアムの秘訣

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JR東日本によるオープンイノベーションの取り組み

日本が「課題先進国」と言われて久しい。気候変動問題や資源の枯渇といった各国共通の地球的課題の他に、労働人口減少、都市部への人口集中と地方の過疎化、超高齢化とそれに伴う移動弱者の増加など、これからより多くの国や地域が直面するであろう多様な課題を抱えている。

こうした社会課題の「解」を目指して、多くの民間企業も、事業の内外で取り組みを進めている。しかし、一社でできることには限界がある。例えば、鉄道会社が一社で努力しても、日本中の移動弱者をゼロにすることはできない。

こうしたなか、東日本旅客鉄道(以下、JR東日本)が中心となり、2017年から「モビリティ変革コンソーシアム(MIC)」がスタートした。オープンイノベーションによるモビリティの変革によって、社会課題の解決や新たな価値を創出することを目的とし、日立製作所、NEC、NTT、KDDI、凸版印刷、私鉄各社などの大企業、さまざまなスタートアップ、大学をはじめとするアカデミアまで、多種多様な業界から参加者を募り発足したコンソーシアムである。

MICは、当初予定していた5年間の「第1フェーズ」を終え、2022年に一つの区切りを迎えた。そこで、ビジョンや枠組み、進め方、成果や課題などを一冊にまとめたのが、『新世代オープンイノベーション JR東日本の挑戦』(日経BP)である。

著者の入江洋氏はJR東日本イノベーション戦略本部モビリティ変革コンソーシアム事務局長。原田裕介氏は、アーサー・ディ・リトル・ジャパンのマネージングパートナー日本代表、アジアヘッド、本社ボードメンバーだ。MICを内部から支えてきた二人が、コンソーシアムの全貌を詳細に解説している。業種の壁を越えた企業間の取り組みを実施、あるいは検討している人たちをはじめ、社会課題の解決に関心を持つ企業や個人に、多くの示唆を与えてくれるはずだ。

3つのワーキンググループで具体的取り組みを推進

MICは、新世代のオープンイノベーションである「イノベーション3.0」を標榜している。「イノベーション1.0」は、技術革新によるイノベーションで、テレビがブラウン管から液晶に置き換わった例などがこれにあたる。「イノベーション2.0」は、顧客起点のイノベーションだ。顧客と個別に課題を共有し1対1で取り組むものを指す。これらに対して「イノベーション3.0」は、「エコシステム起点」であり、「1対1」ではなく、「N(自然数の意)対N」の共創のスタイルだという。

では、具体的にMICで何が行われたのか。

まず組織内に、イノベーションを社会実装や事業化につなげる3つのWG(ワーキンググループ)が立ち上げられた。「Future Mobility WG」「Future Lifestyle WG」「Future Technology WG」であり、それぞれのWGに属する運営会員企業が、イノベーション活動に取り組んだ。WGの下にはサブWGを設け、より具体的な取り組みを進めた。

活動の出口戦略としては、実証実験による知見・ノウハウの蓄積や共有、水平展開、さらにJR東日本への実装を目指した。例えばFuture Technology WGのサブWGの一つが、「案内ロボットのAI育成」だ。ここでは、AIを活用した駅利用者の案内について検証。2018年より実証実験を重ね、2020年度末には仙台駅、秋田駅、海浜幕張駅などに実装したほか、2021年7月には山手線の高輪ゲートウェイ駅にも実装した。

本書を読む限り、MICが画期的なのは、大企業も多く参加する巨大なコンソーシアムでありながら、オープンイノベーションをアジャイルに進めることを目指し、「まずやってみる」姿勢を重視するところだ。伝統的企業が陥りがちな「前例主義」や「ことなかれ主義」を排し、実証実験による試行錯誤を繰り返し、実装へと突き進む、パワフルな「実行力」が感じられる。

想像するにMICは、副産物的に多くの「人材」を育てたのではないだろうか。それぞれの企業にとって、自社だけでは育たない能力や知識を備えた人材が、たくさん生まれたはずだ。具体的な技術やスキルにとどまらず、企業カルチャーの差から学ぶこともあっただろう。スタートアップ出身者は、大企業のていねいな仕事ぶりを知ったかもしれない。逆に、スタートアップのスピード感に驚いた大企業の人材もいたに違いない。

近年、副業や社内副業を解禁して、社外の経験を人材育成の機会にしようとする企業が増えている。MICはこの流れに先駆け、参加する人材が、自社では得られない経験やスキルを得る場としても機能したのではないだろうか。

「やってみた」からこそ抽出できるノウハウ

MICは、構想・企画から立ち上げ、拡大、転換期と、5年間の間に紆余曲折を経て、約130社が参加する大規模なオープンイノベーションのプラットフォームとして機能するに至った。この4月からは、「WaaS(ウェルビーイング・アズ・ア・サービス)共創コンソーシアム」として新たなスタートを切った。

5年間の取り組みによる成果を生み出したマネジメントのノウハウに加え、全体像を描く「ビジョン」、関係する組織や生活者のつながりを設計・提供する「オーケストレーション」、サブWGなどにおける具体的活動を推進する「オペレーション」の条件といった、「やってみた」からこそ抽出できるノウハウが、本書には満載だ。

取り組みの最中の2020年には、新型コロナウイルス禍に見舞われた。それまで優先順位が高かった「駅の混雑解消」の課題は突然消えた。この環境の変化に対応し、MICは新たなコンセプトを検討。このときに「WaaS」という新たなテーマが生まれたという。ここでいうウェルビーイングには、多様性、交流、利用のしやすさ、愉しみ、持続可能性といった要素が含まれる。

コロナ禍で社会が一変したように、今後も環境はつねに変化し、社会課題も変化しうる。だが、MICのような取り組みであれば、変化に即座に対応し、新しい課題解決につながるイノベーション創出に向けて、「N対N」で動き出すことができる。このオープンイノベーションの基盤と知見こそが、MICの最大の効果と言って差し支えないだろう。より大きく、限りないイノベーション創出の可能性に向けて、取り組みの進化を期待したい。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部 前田真織)

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『新世代オープンイノベーション JR東日本の挑戦』
入江 洋/原田 裕介 著
日経BP 216p | 2,420円(税込)
「読学」のススメ#114
吉川清史
吉川清史 Yoshikawa Kiyoshi 情報工場 チーフエディター
MICが当初の予定通り5年間で一定の成果を上げられた要因の一つに、組織の「柔軟性」があったのは間違いない。本文にあるように、コロナ禍の状況変化に合わせて「WaaS」という新たなテーマを生み出したことなどは、MICのしなやかな組織があってこそだろう。旧国鉄の、旧態依然の硬直した組織を知る者にとっては、信じられないほどの変わりようだ。分割民営化にあたり、「改革の気風」が作られたことが、MICをはじめとするJRグループの革新に結びついているのではないだろうか。

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