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有酸素運動の効果10年追跡、産総研が健康寿命の延伸へ明らかにしたこと

有酸素運動の効果10年追跡、産総研が健康寿命の延伸へ明らかにしたこと

一過性の脚ペダリング運動が脳機能に与える影響の機能的MRIによる検証(産総研提供)

わが国は、「平均寿命」とともに、「健康寿命」すなわち健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間も世界第1位である(世界保健機関、2019年)。しかし、両者間の差は約10年に及ぶ。一方、総人口に占める65歳以上の高齢者の割合は29%に達し(総務省、22年)、少子高齢化が深刻な問題となっている。個人のみならず、社会全体を含む「支える側」の負担軽減のためにも、「健康寿命の延伸」による「要介護期間の短縮」が急務である。

現在、心血管系疾患と認知症が要介護の原因の約3割を占める。これらの発症リスクは加齢とともに増す。発症原因の一つとして、心臓と脳をつなぐ大動脈や頸(けい)動脈の機能低下が指摘されている。これらの血管は伸展性に富み、心臓からの断続的な血液の駆出で生じる物理的ストレスを緩衝し、脆弱(ぜいじゃく)な脳を保護すると考えられる。しかし、加齢とともに動脈壁の硬化が進み、拍動の緩衝機能は損なわれ、心血管系疾患や認知症を誘発誘引する。そして、加齢に伴う血管機能の低下は20歳代後半から始まる。

産業技術総合研究所(産総研)は、20年前から国内外の大学・研究機関と連携し、習慣的な運動および身体活動による血管機能の改善効果や機序の解明を進めている。例えば、有酸素性運動の効果を10年にわたって追跡し、速歩やジョギングを1日30―60分、週4―5日実施している人では、動脈硬化度の進行は、運動習慣のない人の3分の1以下だった。また、高齢者や軽度認知障害(MCI)患者の血管機能が、運動の習慣を1年間続けることで改善した。

認知症の根本的治療法は確立されていない。アミロイドβやタウたんぱくといった原因物質も見いだされているが、それらが見つかった時には手遅れかもしれない。「原因物質の有無」を調べるよりも「原因物質を生む原因」を解消する「一次予防」が重要である。 健常者に比べMCI患者は血管機能が低いことが知られている。運動の習慣で血管機能は改善・維持できるが、これが認知症の発症予防に寄与するかどうかは明らかになっていない。これらの疑問を早急に明らかにし、科学的根拠に基づく予防の戦略確立とその普及を進めたい。

産総研 人間情報インタラクション研究部門 身体情報研究グループ 研究グループ長 菅原順
運動生理学、循環生理学が専門。人生100年時代に健康寿命100歳を目指し、ラグビーとランニングでトレーニング研究を自ら実践中。認知症予防を目的としたリスクマーカー計測デバイス開発や介入研究を一緒に行う研究パートナーを募集中。
日刊工業新聞 2023年02月23日

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