【ディープテックを追え】豚から人に臓器移植。臓器不足を救うスタートアップの挑戦
2022年、米国で世界で初めて豚の心臓を人間に移植する手術に成功した。1980年代から研究が続けられてきた「異種移植」。拒絶反応など課題は多いが、臓器移植を待つ患者に新たな選択肢をもたらすことが期待される。
明治大学農学部生命科学科の長嶋比呂志教授らが立ち上げたスタートアップ、ポル・メド・テック(川崎市多摩区)は技術的な課題を克服し、異種移植の社会実装を目指す。
深刻な臓器不足
臓器不足は深刻だ。日本臓器移植ネットワークによれば、日本で臓器移植を希望するのは約1万6000人いる(22年末時点)。患者に対して臓器が足りないため、移植を受けるまでの待機期間も長期間に渡る。その解決策として期待されるのが、人に豚などの臓器を移植する異種移植だ。課題となるのが免疫の拒絶反応だ。
拒絶反応には様々なタイプがある。一つが、人が持っていない豚の抗原に対する拒絶反応である。超急性拒絶と呼ばれる激しい反応もあり、臓器が働かなくなってしまう。また、重要な機能を持つ豚の因子が人の体内でうまく働かないことによる反応もある。長嶋教授は「例えば、血液凝固制御因子。人と豚では因子に種差があるため、そのまま臓器を導入するとミスマッチが起こってしまう」と説明する。
そこで豚に人の体内で必要な遺伝子を導入したり、必要のない遺伝子を削除する遺伝子操作を施す。長嶋教授は「操作が必要な遺伝子はおおよそ特定されている。我々も先行研究のグループとほぼ同等の豚の作製が進んでいる。現在はそれをブラッシュアップしている段階だ」と話す。
飼育方法に差別化点
同社の差別化点は豚の飼育方法だ。異種移植に使う豚は無菌状態で飼育する必要がある。従来こうした施設の建設は高額だ。そのため移植が実現した際の医療費が高額になってしまう。同社では専用の施設を建設するのではなく、モジュール形式のデバイスを使う。一つのデバイスで2頭から3頭の豚を飼育できる。必要に応じて、デバイスを拡大することでスケールアップが可能だ。従来のような高額の施設を建設する必要が無くなり、コストを低減できると見込む。
まずはインスリンを作る「膵島」での応用を目指す。同時に腎臓や心臓への応用も見据え、研究を続ける。約70キログラム程度のミニブタを男性に、それよりも軽い30キログラムから40キログラム程度のミニブタを女性や子供向けの移植に使う想定だ。三輪玄二郎社長は「24年中には何かしらの成果を示せるはずだ」と力を込める。
長嶋教授は「ほんの数年前まで、操作が必要な遺伝子は4個程度しか特定できていなかった。それが今や約10個の遺伝子を特定しており、すごいスピードで研究が進んでいる」と話す。その上で「今後は豚の臓器を医療に使っていいのか。そうした規制などの議論も重要になってくる」とし、「我々が医療に使える臓器を提供できることを示し、世の中に議論の材料を提示していきたい」と強調する。臓器不足を解消する一筋の光になれるか。
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