【ディープテックを追え】「クリスパーキャス9」だけじゃない!日本発ゲノム編集ツールを産業利用へ
2020年、ノーベル化学賞に選ばれた「クリスパーキャス9」。この発見により、遺伝子を改変する「ゲノム編集」を容易に行えるようになり、普及が進んだ。一方で知財の争いや実用化に向けた技術的課題もある。
こうしたクリスパーキャス9が抱える課題を、別のゲノム編集ツールで解決しようとするスタートアップが数多くいる。広島大学発スタートアップのプラチナバイオ(広島県東広島市)もその一つ。奥原啓輔最高経営責任者(CEO)は「日本発の技術でゲノム編集を産業界に普及させる」と意気込む。
ゲノム編集、期待も大きいが課題も
ゲノム編集は遺伝子の狙った部分を切断し、特定の機能を強めたり弱めたりする技術。ハサミの役割をする酵素でデオキシリボ核酸(DNA)の任意の箇所を切断し、生物が持つDNAが修復する仕組みを利用し塩基配列に変化を起こす。最大のメリットはこれまで交配によって行ってきた品種改良の時間を短くできる点だ。また、遺伝子組み換えとは異なり、外部から遺伝子を導入しない。ゲノム編集の前後で遺伝子数に変化が起きないため、安全性にも優れるとされる。
現在最も有名なゲノム編集ツールがクリスパーキャス9だ。クリスパーキャス9は作成が容易かつ、操作性に優れるため広く使われる。一方で米カリフォルニア大学バークレー校と米ブロード研究所がクリスパー技術について係争を続けている。知財の所有権争いが産業利用を阻んでいる。
産業利用がしやすいゲノム編集ツール
プラチナバイオが特許を持つのは、広島大で開発された「プラチナタレン」というゲノム編集ツールだ。
プラチナタレンの特徴は、DNAに結合する部分が、DNAの二重らせん構造の両方を認識して始めてゲノム編集を行う点だ。これによりクリスパーキャス9と比較して、より正確にDNAを切断でき、狙いと異なる遺伝子を編集してしまう「オフターゲット」のリスクを低減できる。またゲノム編集したいDNAを特定する際、クリスパーでは核酸を使う。対してプラチナタレンでは、たんぱく質がその役割を担う。そのためカルタヘナ法などの規制対象から外れる。奥原CEOは「食品などの分野から期待が大きい」と話す。すでに広島大と低アレルゲンの卵を開発するなど実績を積んでいる。
産業利用においても強みがある。プラチナタレンはクリスパーキャス9とは異なり、特許の所有権が明白だ。技術を使う企業からすれば、使いやすい。ただプラチナタレンの難易度が高い。そこで同社は技術を使う企業のニーズに合わせて、DNAと結合する機能などを開発。プラチナタレンの導入方法など、必要な手法も顧客に提供することでプラチナタレンの難易度は高さを補う。こうして開発した技術を多様な動物や植物に適応できるプラットフォームとしてまとめる構想だ。
ソフトウエアにも強み
プラチナバイオのもう一つの事業領域がゲノムデータを管理するソフトウエアだ。従来の品種改良では、突然変異によって性質の変わったものなどを掛け合わせ品種を生み出してきた。これをゲノム編集で効率化すれば、品種改良の期間を短くできる。しかしゲノムが解読されていなかったり、難しい生物や、ある遺伝配列がどういった機能を持つか解明できていない場合も多い。そこでプラチナバイオはこの課題をソフトで解決する。まずは次世代シーケンサーで対象となる生物のゲノムを解読する。その後、公共データベースを使い、解読したゲノムが配列ごとに持つ生物機能を割り当てる「機能アノテーション」を施す。これらの情報を組み合わせて、合成経路を作成する。加えて、ゲノム編集をした品種の安全性も評価することで社会実装をしやすくする。
まずは大学や研究機関に向けて売り出す。また同社で産業利用されている品種を高精度のゲノム解析を行う。公共データベース以外の情報を活用することで、機能アノテーションなどの精度を高める。奥原CEOは「産業利用されている品種をゲノム解析する流れは最先端だ」と指摘する。今後はソフトとプラチナタレンを使い、技術を利用する企業とプロダクトを打ち出していく考えだ。
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