世界市場4000億ドルに、「バイオ医薬」開発の未来
バイオ医薬とはバイオテクノロジーを用いて細胞の中で生産される医薬である。これまで良い治療薬がなかった疾患に高い効果を有する画期的なバイオ医薬が次々と創出され、2024年にはその世界市場が約4000億ドルに達するといわれている。その多くは、抗体や融合たんぱく質などの糖たんぱく質医薬である。これらは単一化合物からなる従来の低分子医薬とは異なり、同じバイオ医薬でも糖鎖はさまざまな構造ができてしまう。ところが、この糖鎖が薬効や安定性に重大な影響を及ぼす場合があることが知られるようになり、糖鎖の解析がバイオ医薬の開発や品質管理の上で重要となっている。
医薬品では品質保証のガイドラインが国際的に定められている。近年ではバイオ医薬の製造においてもQuality by Design (QbD)や連続生産という次世代製造法が求められるようになった。QbDは完成品の品質確認を行う従来の品質保証とは異なり、科学的データに基づいて製造パラメーターを制御することによって、求める品質を作り上げる概念である。糖鎖でこれを実現するためには、迅速かつ簡便な糖鎖解析が必須となる。
バイオ医薬に含まれる糖鎖の種類や量を調べるために、まずたんぱく質から糖鎖をはずす。そして高感度に分析するため糖鎖を蛍光標識する。たんぱく質につながっている糖鎖は、アスパラギン残基に結合するN型糖鎖とセリンまたはスレオニン残基に結合するO型糖鎖の2種類に大別される。前者は酵素で簡単にはずせるが、後者は化学処理ではずさなくてはならない。従来は無水ヒドラジンを用いてこの処理が行われてきた。ところが、ヒドラジンには毒性や爆発性がある上に、処理には専用装置が必要で、時間や手間もかかり、副生物が多いという問題があった。処理法には種々の改良が試みられてきた。しかし、この40年間、大きな進歩はなかった。
産業技術総合研究所(産総研)では「脱離オキシム化法」という新しいO型糖鎖遊離法を開発した。これは有機強塩基を触媒とし、ヒドロキシルアミンを反応させる方法である。副生物が従来法よりも格段に少なく、短時間で簡便にO型糖鎖をはずすことができる。また、産総研ではO型糖鎖の構造解析を正確かつ迅速に行うため、O型糖鎖標品ライブラリーの構築も進めている。これらの技術は多数の検体の迅速分析が求められるバイオ医薬、特に今後成長が見込まれる融合たんぱく質医薬に活用できる。
産総研 細胞分子工学研究部門 分子機能応用研究グループ 上級主任研究員 亀山昭彦
食品会社の医薬品部門で10年間勤務後、カナダに留学、外資系ライフサイエンス企業を経て産総研入所。大学時代から一貫して糖鎖研究に従事。専門は糖鎖化学、糖鎖解析学。バイオ医薬の他、粘膜の粘性成分であるムチンの研究も行っている。今後、開発した分析法、糖鎖標品、バイオ素材などの社会実装を進めていきたい。