ニュースイッチ

痛みから解放、電気で流す「貼る注射」の仕組み

人々を注射の痛みから解放する“貼る注射”マイクロニードル(MN)。日常化したワクチン接種やリモート医療のための自主服薬など活用への期待は大きい。表皮に注入可能なMNは従来の注射より効果的にワクチン投与できるとの指摘もある。東北大学の西澤松彦教授らは、流れを発生させる電気式の貼る注射「マイクロニードルポンプ」を開発。バイオ発電パッチと合わせ、有機物だけでできた使い捨て型ワクチンパッチの実用化を目指す。(曽谷絵里子)

痛みを感じない数百マイクロメートル(マイクロは100万分の1)程度の微小な短針が多数並んだMNは、痛みを感じず低侵襲で簡便だ。すでに美容分野でヒアルロン酸パッチなどが広く普及している。

MNを用いた従来の薬剤投与方法は、ニードル表面に塗った薬剤が皮膚への刺入後に溶け出すか、薬剤を内包したニードル全体が溶けるかの2種類。ただ、塗布や内包できる薬剤は少量で、薬剤によっては塗布や保存が難しい。また、薬剤溶出にも時間がかかる。

西澤教授は多量薬剤の高速投与へ向けてMN内に流れを作れないかと考えたが、「直径1ミリメートルに満たないMNを通して流すというのは基本的に困難」(同)だ。注射器のような圧力式は完全密封された接続が必要で、MNへ実装するとどうしても漏れてしまう。

そこで着目したのが電気で制御できる電気浸透流(EOF)だ。西澤教授らは2019年にEOFを応用した自己保湿型コンタクトレンズの開発に成功しており、この技術を生かす方法を探った。

多孔質材料からなるポーラスMNの開発がニードル内に流れを生む成功のカギとなった。西澤教授は「多孔質材料で流れを実現できたことは画期的だった」と振り返る。

マイクロニードルポンプが生み出す電気浸透流によって高効率の皮膚内ワクチンを実現(東北大西澤松彦教授提供)

ポーラスMNのニードル孔内にマイナスの電荷を固定し、通電するとプラスイオンの移動が溶媒の流れを生み出す。これに酵素で発電するバイオ発電パッチを組み合わせ、電力供給不要な自立型デバイスとした。こうして「被災地や途上国での使い勝手も大きく変わる」(同)先駆的な貼る注射が生まれた。

そして今、ワクチン接種への応用に大きな期待がかかる。1ミリメートルより薄い表皮に注入可能なMNならではの特徴が「皮膚へのワクチンの理想的な打ち方」(同)を実現できるからだ。表皮にはランゲルハンス細胞による優れた免疫システムが備わり、筋肉・皮下注射より優れた免疫効果を得られるとされる。

実際にMNポンプを用いブタ皮膚切片にモデルワクチンを投与し、EOFによる皮膚内へのワクチン吐出の促進を確認。皮膚内ワクチンの効果をマウスで評価した結果、MNポンプによる60分間の吐出で皮下注射に匹敵する抗体産生量を達成、一部抗体では1分間の短時間吐出でも注射以上の産生が得られた。

現在、新型コロナウイルス感染症のワクチンでの実験へ向け、動き始めている。コロナ禍に苦しむ中、「成果は使命として出していく」と西澤教授は力強く語った。

日刊工業新聞 2023年01月27日

編集部のおすすめ