ニュースイッチ

精密金属加工の浜野製作所はなぜ多くのスタートアップを世に送り出すのか

精密金属加工の浜野製作所はなぜ多くのスタートアップを世に送り出すのか

浜野製作所の浜野慶一CEO(左)と小林亮副社長

「官民あげてスタートアップを支援」

政府は2022年、「スタートアップ育成5か年計画」を策定し、ユニコーン(時価総額約1000億円超)100社創出、スタートアップ企業10万社創出を目標に、投資額を27年に現在の10倍超の10兆円規模とする大胆な支援策を表明した。経団連もスタートアップ委員会を新設し、大企業と連携したエコシステム構築の重要性を訴える。コロナ禍やエネルギー・原材料価格の高騰、世界経済の減退傾向など、日本経済を取り巻く環境は厳しさを増している。だからこそ、既存の枠にとらわれない革新的な取り組みをするスタートアップ企業が求められている。官民がスタートアップに熱い目を注ぐ機運を生かすには、具体的に何をしていけばいいのか。一つの解を提示しているのが、東京・墨田区の下町で精密金属加工業を営む浜野製作所の取り組みだ。同社が開設した「ガレージスミダ」は、これまで多くのスタートアップ企業を育て、世に送り出している。

「熱い志を持つ若者を応援したい」

浜野製作所の浜野慶一最高経営責任者(CEO)が2014年に「ガレージスミダ」を開設するきっかけとなったのは、モノづくりで社会変革を起こそうと奮闘する多くの若いエンジニアたちとの出会いからだった。当時同社は「モノづくりで困ったら浜野さんのところに行け」と言われる駆け込み寺のような存在。分身ロボット「OriHime」で知られるオリィ研究所や、革新的な電動車椅子や近距離モビリティを開発するWHILL、プロペラのない風力発電機を発明したチャレナジーなど、創業期に浜野製作所に助けを求めた企業は多い。

浜野CEO

浜野CEOは彼らの奮闘ぶりを見る中で「モノづくりで起業を考える若者を一貫で支援する拠点が必要だ」と考え、ものづくり実験施設「ガレージスミダ」を開設した。工作機械や3Dプリンター、レーザー加工機などの設備に加え、製品開発の企画、設計、試作、量産化までを同社の社員がサポートするというもの。

中小企業がスタートアップ企業を支援するこの取り組みは大きな反響を呼んだ。今では起業家だけでなく、大企業の新規事業部門の担当者や大学、金融機関、政府関係者など、さまざまな人が集う拠点となっている。

同社はこの取り組みを単なるスタートアップ支援として行ったわけではない。同社が立地する墨田区は大田区と並ぶ中小製造業の集積地だったが、廃業が相次ぎ活気を失いつつあった。浜野CEOは東京でモノづくりを続ける困難さを見るにつけ「下請け型の量産加工だけではない、設計・開発や試作といった、より上流工程に関われる力をつけなければならない」と考えていた。ガレージスミダには、あらゆる業種のさまざまな技術的な課題が持ち込まれる。同社の技術者も一緒になって課題に取り組むことは、同社の開発力を底上げすることにも着実に役立った。

小林副社長

ガレージスミダの活動を通じて、モノづくりのあらゆる工程を熟知する技術者が育ったことは、同社にとって大きな強みになっている。大企業の開発者が同社に相談に訪れることも多く、その関係は対等なパートナーだ。同社の取引先は今では約4000社にまで拡大している。スタートアップ企業の存在は、既存の中小企業をスケールアップさせることにもつながる好事例と言えるだろう。

「人材育成・仕組みづくりが必要」

多くのスタートアップ企業を見てきた同社は、政府のスタートアップ支援強化の方針をどう見ているのだろうか。浜野CEOは「単に投資額を大きくするだけでは意味がない。技術や経営も含めてオーダーメード型で支援する仕組みが必要だ」と指摘する。「残念ながら日本には技術も経営も分かる人材は少ない。一番いいのは両方が分かる人材を育てることだがすぐには難しい。それなら、チームを組んで支援するような仕組みを考えたらいい。中小企業にもその役割が担えるのではないかと思っている」という。

「課題解決型事業で勝負」

ガレージスミダ運営責任者で、浜野CEOの考えを間近で見てきた小林亮副社長は「日本の企業は単独で戦っているが、海外を見ると国と企業が一体となって戦っている。どの事業を選択し伸ばしていくのか。国としての戦略を立て、一体として取り組んでいかなければ太刀打ちできない」と、官民の連携不足を指摘する。さらに「日本は世界で最も早く少子高齢化社会になるなど課題が山積している。だからこそ、課題解決型事業に取り組めば、世界に負けない事業ができる。大量生産で安く作って安く売るというのは、日本のモノづくり産業のあるべき姿ではなくなっている」と、進むべき道を示唆する。

浜野製作所は日刊工業新聞社と共同企画で2月3日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で、スタートアップ支援のあり方を伝える講演会「すべてはKOKOKARAはじまった」などを開催する。浜野CEOや小林副社長、同社が支援したWHILLやチャレナジーの代表が登壇し、日本でスタートアップ企業が育つ条件を具体的に示す場となる。スタートアップに関わる関係者にとって見逃せない機会となりそうだ。

ニュースイッチオリジナル

編集部のおすすめ