新型コロナ流行を予測、下水疫学のスゴい可能性
公衆衛生のために整備されてきた下水に、新しい価値が加わろうとしている。COVID―19が契機となり、下水中ウイルス濃度をもとに感染症の流行情報を得る下水疫学が50カ国以上で研究されている。国内では、東北大学と仙台市がノロウイルスでの下水疫学の実績を生かし、COVID―19流行予測を国内最速で試行的に公開した。
札幌市も北海道大学と共同で下水中新型コロナウイルス遺伝子物質濃度を公表している。11月第2週、3週と続けて過去最高の値を更新したが、それに先立つ急な上昇時から、第8波の警戒を呼びかけている。
下水疫学の信頼性が高まった背景には、日本水環境学会によるマニュアル作成と公開や、北海道大学による高感度検出法の確立など、科学的検証や精度の高い手順の普及の努力がある。
私たちは降雨予報だと傘をもって外出し、交通機関は台風予測に応じて計画運休する。暮らしに密接な気象予報のように、ウイルス予報もできないかというアイデアは以前からあったが、その実用化を目指す試みの一つが下水疫学だともいえる。
下水中ウイルス分析サービスがいち早く商業化された米国では現在さらに応用が開拓されている。
22年9月にネイチャー誌で紹介された話題だが、ウィスコンシン州の10万人以上の下水処理場で新しい特定の変異ウイルスが8カ月続けて検出された。研究者らが下水をさかのぼり、30人未満の事業所にまで絞り込みに成功した。まさに下水道探偵団だ。事業所名は匿名保護している。6割の従業員が鼻腔検査に協力したが検出されず、腸での慢性感染かつ非感染性ウイルス排出の可能性も考えられている。
ウイルスの変異は、増殖が繰り返される中で起きる。多数の人や動物での感染に限らず、免疫不全の状態にある1人の体内で変異が蓄積した報告もある。免疫不全患者への偏見は許されない前提で、無症状の慢性感染者の把握と治療も公衆衛生の一部だ。下水疫学調査は、個人の人権に配慮しながら新しい変異ウイルスを知る方法として生かせる。
感染症対策には質の高い情報発信と、私たち一般市民の正しい理解と行動が両輪で重要だ。下水疫学をさらに進められれば、将来のパンデミックでは、医療者だけに過剰に頼らず、社会の側でもより良く対策できるようになるだろう。
科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター フェロー(環境・エネルギーユニット) 松村郷史
大阪大学大学院工学研究科応用物理学専攻修了。東レで製品開発、JSTや内閣府で基礎研究、プレベンチャー推進などに従事後、現職で環境・エネルギー分野の俯瞰や研究開発戦略立案を担当。