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紛糾!AI著作権の検討委員会。3つの課題を同時に解決する名案は?

創作物の権利保護、人間のクリエーター保護、コンテンツ産業の振興というトリレンマ
紛糾!AI著作権の検討委員会。3つの課題を同時に解決する名案は?

8日に開催された「次世代知財システム検討委員会」

 人工知能(AI)の著作権を巡って議論が紛糾している。知的財産戦略本部(本部長=安倍晋三首相)の「次世代知財システム検討委員会」で、クリエーターや情報科学者、法学者らがAI創作物の著作権の取り扱いを議論した。

「経験したことのないスリリングな展開だ」(中村委員長)


 このテーマを取り上げるのは二回目。前回の論点を事務局が整理し、たたき台をまとめた。だが「まとめ案がひっくり返った。今日の議論では方向性は決まらなかった。次回には骨子案をまとめる。本当にまとまるのか、経験したことのないスリリングな展開だ」と中村伊知哉委員長(慶応義塾大学教授)は説明する。

 議論が紛糾しているのは、創作物の権利保護と、人間のクリエーター保護、コンテンツ産業の振興がトリレンマになっているためだ。この三つを同時に実現する名案が浮かばない。

 現状では、イラストや写真、翻訳など技術的に易しいコンテンツから創作のAI化が進み、小説やドラマなど複合的な要素の多いコンテンツに広がっていく。すでにロゴマークや音楽、速報記事などではAI製か人間製か、見分けのつかない作品も生まれている。

 AI創作物に著作権を認めるとビジネスがしやすくなり、AI開発者にとっては有利に働く。だが人間のクリエーターの生産性をはるかに上回る速度で作品が量産される可能性もある。人間の作品が埋もれてしまい、創作活動が萎縮してしまうリスクが指摘されている。

製作した瞬間に権利が与えられる著作権は力が強すぎる!?


 骨董通り法律事務所の福井健策弁護士は「製作した瞬間に権利が与えられる著作権は力が強すぎる。排他的に、ありとあらゆる利用にノーと言えてしまう」という。

 北海道大学大学院法学研究科の田村善之教授は「影響範囲の広い権利を与えると弊害が大きい」と指摘する。コンテンツの独占や類似創作物の排斥を懸念する意見だ。

 ただAI創作物が著作権で守られれば価格を維持できる可能性はあるが、守られなければコピーし放題になり、価値が急落しかねない。東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授は「AI創作物が著作権で守られなくても、AIと同じようなコンテンツしか作れないクリエーターは市場競争に生き残れない」という。

 すでに写真や記事などのコンテンツは氾濫している。AI創作物でコンテンツの需給バランスがさらに崩れたときに、人間の創作物がどこまで抗えるか未知数だ。

創作AIを育てるのは人間。保護しないと人材や産業が海外に流出する


 漫画家の赤松健氏は「当面、創作AIを育てるのは人間のクリエーター。データを学習させ、消費者の感性と合うように調整していく。このクリエーターを保護しないと人材や産業が海外に流出してしまう」という。日本写真著作権協会の瀬尾太一常務理事(日本複製権センター副理事長)は「著作権よりも弱い権利を新設してはどうか」と提案する。

 コンテンツ産業の振興では、米ユーチューブやニコニコ動画などのプラットフォーマーの育成が焦点だ。AI製か人間製にかかわらず、安価に良質なコンテンツを生み続ける仕組みが模索されている。

 AI創作物に著作権が認められれば、現行の運用ルールのまま品揃えが増えるだろう。類似創作物を排斥できるなら、AIに投資してヒットコンテンツの寡占を目指すことも不可能ではない。AI開発と産業振興が一致するため、成長戦略として描きやすい。

STAP細胞事件で何が起こったか


 国立情報学研究所の喜連川優所長は「STAP細胞の事件後、科学論文の盗用検査サービスは海外にデファクトをとられた。ほとんどの大学がAI技術で過去の論文と提出論文を照合している。法律を吟味している間に、サービスのプラットフォームを押さえられると意味がない」と指摘する。瀬尾太一常務理事は「著作権の仕組みが作られた時代とは技術も社会も違う。対処法ではなく、新しい仕組みが必要だ」という。
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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
検討会の後の事務局は「先生たちはまだ何ラウンドも議論する勢いだ…」と青ざめていた。中村委員長は「世界でもちゃんと議論されてこなかったテーマ。難しいのは百も承知。しっかり議論し日本で先鞭をつける」という。個人的には前回、カドカワの川上量生社長が仰っていた「創作物が溢れると、一つひとつを守るよりも、商標権のようにプロデュースした人が恩恵を受ける仕組みになっていく」という案が現実路線だと思う。またビッグデータの価値の議論の「データ<情報<知識」に似ていて、コンテンツの一つ一つはデータのように単体ではあまり価値のないものになり、顧客の嗜好や流行などの知識と結びついて初めて対価を生むのだと思う。年貢計算から続いた人間の計算職は電卓に取って代わられ、価値はなくなった。権利の有無にかかわらず、機械化できない力を磨かねばと思う。 (日刊工業新聞社編集局科学技術部・小寺貴之)

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